第153話 おからをパン粉のように
「ふぅ~ん・・・ぅん・・・。」
なにやら源ちゃんが難しい顔をして、珍しく本などを読んでいる。
「んん・・・?」
ちょっと覗き込むと「ロープの縛り方・・・」とか書いてある。源ちゃん、そんな趣味が・・・?
「ヤダぁ源ちゃん、難しい顔でなに読んでるかと思ったらそんなハレンチな・・・。」
「はぁっ?こりゃ、アレだ・・・アイツが・・・ほら、美冴んとこの釣り坊主が『船で使うロープの縛り方を教えて欲しい』ってんでこうやってなぁ・・・」
まぁそんな事だろうとは思ったけど、この程度のことで
「そりゃぁ、やって見せんのは簡単だけど『なぜこのやり方をすんのか』ってのを説明してやんのは、なかなか言葉に出来ねぇから・・・だからこうやってうまく解説してんのを参考にしてやろうと思ってだなぁ・・・。」
「な~んだぁ、私はてっきりそれで真輝ちゃんのこと縛り上げるのかと思った。」
「はぁ~っ?そ、そんなこと真輝のヤツにするわけねぇだろっ。そもそもまだ・・・そんなとこまで、進んでねぇし・・・。」
「ふ~ん『まだ』なんだ?」
「あ・・・?な、なんだよぉ。いいだろ、別に・・・ってか、そんなもん人に話すことじゃねぇだろ。」
「ん?私は聞いてみたいけどなぁ。」
「あのなぁ・・・悪趣味だぞ。」
「んふふ・・・。」
そんな話をしているところに、タイミングよく真輝ちゃんが入ってきた。
「ヨーコさぁん、ちょっとこれ・・・あ、ん?ちょっと、源ちゃん。今なに隠したの?」
反射的に本を隠した源ちゃん。だからそうやって狼狽えてると・・・。
「は?な、なんでもねぇよ。」
「ふふっ、ロープの縛り方ですって。ねぇ真輝ちゃん、源ちゃんにはそういう趣味があるらしいわよ。」
「え、源ちゃん・・・そんな・・・。」
「あ、だ、だからこれはだなぁ・・・。」
「で、でも・・・もし、源ちゃんが・・・。」
「真輝っ、これはだなぁ。」
「源ちゃんが望むなら、私・・・いつでも縛ってあげるっ。」
「・・・は?」
「ま、真輝ちゃん・・・?」
「・・・ふふふ、なんちゃって。」
真輝ちゃんのイタズラ心は、案外切れ味が鋭い。
「真輝、お前なぁ・・・。」
「んふふ、でもホントにいつでも縛ってあげるからね~。ん~っ、腕が鳴るなぁ~。」
「真輝・・・?」
「あ、もちろんじゃない方でもいいわよっ。源ちゃんが望むんなら、ねっ。」
真輝ちゃんの「ずっと片思いの中に閉じ込めていた思い」が、徐々に解放されているのです。
「あ、あぁ・・・覚えとく。」
ちょっと源ちゃん。誤解を招く発言よ。
「あぁ、で、真輝ちゃん?」
「あっ、そうそう、ヨーコさんコレ。それなりに上手くいったと思うんだ。」
(やっと本題に入れそうです・・・)
「あ~、良い具合ねぇ。ん~・・・うん、香りも良いし。」
真輝ちゃんに「おからをパン粉のように出来ないか?」と話していたのを、試作して持ってきてくれた。
「でもねぇ~、どうしても細かくなっちゃってね。あんまりザクッと感は出ないかもしれないんだ・・・。」
「ううん、これはこれで・・・ちょっと揚げてみるね。」
フライヤーにそのまま入れると、ジュワ~っと良い音と共に一瞬で浮き上がってくる。この反応の仕方はパン粉とよく似ている。
「うん、良いわね。」
すぐ引き揚げる。色、香り、食感。このままで充分に使えそうだ。
「よ~し、なんか揚げてみるか。ねぇ、何がいい?」
「う~ん、ここはやっぱりアジフライっ。」
「うん、源ちゃんは?」
「あ?俺はいい。」
「んん、源ちゃん?そういうこと言ってると・・・。」
「縛り上げるわよっ。」
真輝ちゃんの「愛」が・・・。
「あ~っ、もう分かったよ。じゃぁ半分こしてくれ。」
「んふふ、はいよ~。」
源ちゃんも「半分こ」だなんて、仲の良いこと。
いつものように小麦粉振って卵つけて、パン粉の代わりにおからの粉付けて・・・ん「おからの粉」じゃ風情が無いわね。何かちょうどいい名前考えなきゃ。
「うんうん、キレイについてる。」
油の中に泳がせると、ジュワ~っと食欲を誘う音。
「んふっ、いい音してる。」
揚げるのにそんなに時間はかからない。頃合いを見てサッと引き揚げる。この揚がり具合、見た目にはパン粉との違いは感じないが、少々油揚げのような匂いがしなくもない。
「は~い、揚がったよぉ。」
ちゃんと半分にして、それぞれ皿に乗せて出してやる。
「お~、良かったぁ。きれいに揚がってる~。」
「うん、パン粉でやるのと同じようにやったけど、使い勝手は変わらないわね。味はどうかしら?」
「うん、いただきます。」
「お、おう・・・。」
ぶっきらぼうが続く・・・が、この男に違いなんか分かるのだろうか?
「ふ~ん・・・ぅんうん。やっぱり細かい分いつものザクザク感は無いけど、ちゃんと美味しいっ。」
「ふふ、ねぇ、ちょっと油揚げみたいな味しない?」
「ん?そんなこと・・・ん、ちょっとするかも。でも、それも含めて美味しいですよ。ねっ、源ちゃん。」
「お、おう・・・。」
「ちょ、ちょっと、もう少しなんか無いの?」
「あ?あぁ・・・ソースより醤油の方が合いそうだな。」
「あ~、なるほどねぇ。うん、そうかもしれないわね。」
おからも醤油も元は大豆。相性は良いだろうね。
「あ~、でもヨーコさん。これ、量産は出来ないかも。」
「あぁ、やっぱりそう?」
「うん。低めのオーブンで焦がさないように見ながら空焼きにするって、結構大変。思い付いたまでは簡単そうだったんだけど、やってみると案外そうでもなかったわぁ。これならクッキー焼く方が楽。」
「あらあら、それはご苦労様。おかげで勉強になったし、新たな使い方も発見できそうだわ。」
「ふふ、お役に立ててなによりです。」
「うん、じゃぁちょっとデザートでも作ろうかね。」
「デザート?」
残った卵にこのおからの粉と砂糖を入れて・・・。
「あ~、それ美味しそうっ。」
「あ、分かっちゃった?」
「うん。あ、ちょっと待ってて。粉砂糖持ってくるっ。」
「ん、ん?なんだ?」
ぶっきらぼうは勘が鈍い。
「んふふ、すぐ分かるわよ。」
適当な大きさに丸めて、油の中へ。
「あ・・・がんもか?」
「ドーナツよっ。」
このぶっきらぼうは、本当に勘が鈍い。
「へぇ~、不思議・・・お茶がドーナツに合うなんて。」
「ね。意外と揚げ菓子には合うのよ。」
「う~ん。これなら『茶葉を入れたドーナツ』なんてのもいいかも。」
「あ~、良いわねぇ。紅茶の入ったシフォンケーキとかあるものね。」
「えぇえぇ、そんな感じの。」
「あ?ケーキにお茶っ葉か?渋くねぇの?」
「あ、あのねぇ。渋みより香りが立つ程度に入れんのっ。そんな渋くなるほど入れたら美味しくないじゃない。」
「だからよ~・・・もぅ。」
「ふふふ、も~・・・ホントに、アンタは漁以外はからっきしね。」
「んふふ、ホントホントっ。」
「・・・んあっ?」
真輝ちゃんも「こういう源ちゃん」だから好きになったのかもね。
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