第152話 雨ニハカテズ

「そ、そんな無茶を言われても・・・。」

「ね、ねっ、鈴木ちゃんのパワーで明日一日なんとかしてっ。」

「いくら頼まれても僕には・・・。」

 美冴ちゃんが鈴木ちゃんに詰め寄っている。明日の雨はどうにかならんか・・・と。

「そりゃ僕だって、出来るもんなら晴れにしてあげたいけど・・・。」

「そうよ、美冴ちゃん。いくら鈴木ちゃんだって天気のコントロールまでは出来ないんだから。」

「だってぇ・・・他に頼れる人いないもん。」

 そんなの頼られた人だって困る。

「も~、やっと応援に行けるのになぁ。」

 美冴ちゃんの贔屓の野球チームの、地元でのデーゲーム。今年最初の現地観戦ということで気合が入っていたのだが、生憎あいにくの雨予報。

「ねぇ、鈴木ちゃ~ん。本当にダメ?万万が一にも晴れるってことは無い?」

「ん~・・・まず無いでしょうね。向こう二・三日は・・・ほら、もう降ってきましたし。」

 そういわれるとポツポツと・・・。

「んあぁ~・・・ぁ。払い戻しかぁ・・・。」

「ふふっ、雨には勝てないわよ。」

「ぐぅ・・・。」


 そんな訳で、今年初の現地観戦は雨で流れた。


「んはははっ、良かったわねぇ負けなくって。」

 応援に行くと負ける・・・という美冴ちゃんの呪い(?)は、今も継続している。

「もぉ、なんでそんな意地悪な事しか言えないかなぁ、我が母はっ。」

「いいじゃないのぉ。目の前で負けるのを見なくて済んだんだからさぁ。はははっ。」

「んも~っ。今日こそ勝ったのに。」

「はいはい、そうね。試合があったら勝ったかもしれないわねぇ。試合があったら、ね。」

「んん~・・・お母さんのバカぁ。」

 とか何とか言いつつ、こうして並んでお茶を飲んでいる。

「んふふ、そうね。負けずに済んだのは大きいわね。」

「あ、も~。ヨーコさんまでそんなこと言う・・・。」

「勝つ楽しみが先へ伸びただけなんだから、悪くは無いんじゃない?」

「ん~っ、今日勝ったのにぃ。」

「ん?ふふっ、試合があったらね。」

「ヨーコさぁん・・・。」

 試合が無ければ負けることすらできない。これはもう「呪い」を通り越して「神通力」の領域に・・・。

「ひゃ~、雨だ雨だぁ・・・。」

 妙に嬉しそうに入ってきたのは棟梁。大工は雨だと出来ることが限られるので、仕事が早く終わる。早くに終われば、大手を振って昼間から呑める。

「よぉ、美冴ちゃん。やっぱり雨かい?」

「うん。流れた。」

「あ~、そりゃぁ良かった。負けずに済んだねぇ。」

「ん~・・・っ。ヨーコさんっ、棟梁に毒盛っといて。」

「あっ、ひでぇなぁ、も~。」

「ふふふっ。さっきからずっとその話してるんですよ。負けずに済んで良かったねぇ・・・って。」

「はははっ、そうだったんかい。そりゃぁ悪かった悪かった。」

「あ~、絶対思ってないっ。絶対、悪かったなんて絶~っ対思ってないっ。」

「ははは、そう言いなさんなって。ヨーコちゃん、冷やと揚げ出しね。」

「ん、はいよ~。」

 長く呑む日は冷や酒から・・・というのが最近の傾向。

「ぃや~、それにしても残念だったねぇ。デートだったんだろ?」

「んあ?」

「ほらぁ、釣りのボーヤと。」

「はぁっ?も~、棟梁っ。アイツとはそんな仲じゃ無いって前にも言ったじゃん。」

「あれぇ、そうかい?雨のデートも悪くないと思ったんだけどねぇ。」

「だから、そんなんじゃ無いって・・・そもそも今日だって一人で行くつもりだったんだし。」

「へぇ・・・なぁ、ああいうのってのは、ひとりで行って楽しいもんかい?」

「んんっ?人類皆兄弟っ。」

 同じ球団を愛する者同士、心はいつもひとつ・・・ということを言いたいらしい。

「あ、あぁ・・・ぅん。」

「で、みんなで残念会よねっ。」

「お母さんっっ。」

「ふふふふ、でも毎回そうじゃない。」

「ん~・・・そうなんだけどさぁ。」

「そろそろファンの間でも話題になってんじゃない?『球場であの子を見かけた日は負ける』って。」

「え?えぇ~っ。ヤダ、そんなん絶対ヤダぁ~。みんな仲間だもんっ。そんなこと絶対言わないもんっ。」

「え~、どうかなぁ。人間裏じゃ何言ってるか分かんないもんねぇ。」

「んん~・・・っ。ヨーコさんっ、お母さんに毒盛っといてっ。」

「はははっ、今日はなんだか物騒だなぁ。」

 どうやら最近のマイブームらしい。


「で?ホントんとこ、どうなんだい?」

「ん?」

 だいぶ出来上がってる棟梁と美冴ちゃん。素子さんは明日の準備と先に帰った。

「あの子・・・真面目そうな良い子じゃないか。」

「ん、真面目な人が良い人とは限らないもん。」

「まぁ・・・そうだけどさぁ。」

「アイツとはそんな・・・ねぇ、なんでみんな私とアイツをくっつけたがるの?」

「あ?いやぁ、そういう訳じゃねぇけどさぁ・・・同じ港町に暮らす仲間として、ああいう青年がいてくれたら・・・って、思ってさぁ。」

「そんなに、良いヤツかなぁ。アイツ。」

「あぁ。俺に娘がいたら・・・なんて考えるくらいには、な。」

「ふ~ん・・・。」

 空になったグラスの氷をカラコロと鳴らす美冴ちゃん。

「・・・ん?じゃぁ、私じゃなくてもいいじゃんっ。」

「はははっ。まぁ、そうなんだけどね。なんつうか彼は・・・ほら、美冴ちゃんの扱い方を心得てるっつうか・・・ねぇ、ヨーコちゃん。」

「えっ?あ、ん~・・・まぁ、彼は気にしてるみたいよ。」

「えぇ~、私のこと?」

「うん。少なくとも、嫌われたくは無いみたい。」

「ふ~ん・・・そう、なんだ。」

「美冴ちゃん的には、どうなの?」

「ん?どうもこうも・・・。」

「脈無し?」

「ん、ん~・・・なにが嫌って『近場で済ませた』みたいに言われるのが嫌っ。」

「あ、その気持ち分かるっ。」

「ねっ。なんか嫌なのよね。」

「うんうんうん。でもね、そんなこと言ってると・・・婚期逃すわよ~。」

「え・・・よ、ヨーコさん?」

「ヨーコちゃん・・・そんな過去が・・・。」

「ぇ・・・ん、ん?」

 あれ、私・・・墓穴掘った?

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