エピローグ

 白ちゃん……。


 どのくらい経ったのだろうか。


 きーんと耳鳴りが残る静かな時の中で、ゆっくりと目を開けた。


「……」


 あねごさんのこめかみからは、

 火薬の臭いがゆらゆらと立ち上る。

 どうやら毒の苦しみに耐えきれず、

 自殺を図ったらしい。

 赤いじゅうたんの上にゆっくりと倒れ込んでいる。


 哀れの一言しか投げる言葉がない。


「健助!」


 白ちゃんか血相を変えて、ぼくに駆け寄ってきた。


「今すぐに」


 腹部に刺さったサバイバルナイフを抜いて放り投げる。


 どくどくと血がこぼれ落ちる。

 痛みは感じない。

 まるで魂が抜けていくみたいだ。


「私ね、私ね」


 涙腺に溢れるばかりの悲しみを溜めて、

 ぼくの胸元は飛び込んできた。


「大丈夫だよ、平気だよ、生きてるよ、だから泣かないで」


 右手でそっと髪を撫でる。

 不器用すぎる白ちゃんの選択。

 自分なりに最善を尽くしてくれた。

 だからすべて許してあげられる。

 白ちゃんが生きていてくれた。

 もうそれだけでいい。


 手の感触が薄れていくのがわかる。


 これが最後ってことなのか。


 人は死ぬ前に走馬燈そうまとうが見えるらしい。


 だが記憶喪失のぼくは、何1つ見えなかった。


 結局、元に戻らなかったな。


「思い出して健助。あなたは法月健助のりつきけんすけなのよ」


 胸元で泣いている白ちゃんが必死のぼくの肩を揺らす。

 体温が冷めていくのに気づいたらしい。


 そんな名前だったのか、聞いたところでピンとこなかった。


 もう思い残すことはない。


 そっと目を閉じた。


 あ、ふと目を開ける。


 あとひとつだけ、


 あとひとつだけ、やらなくてはいけないことがあった。


「白ちゃん、君の本当の名前を教えてくれないか?」


 既に察しはついていた。

 だがぼくは、本人の口から直接聞いて確かめたかった。


「宇治宮きりよ。どう? わからない?」


 鼻声でぼくに言った。

 耳にすれば思い出すと勘違いしたらしい。


「……宇治宮きりさんか」


「きりっていつも呼んでのよ」


「これを君に渡したかったんだ」


 ポケットから取りだしたのは、エンゲージリング。


 米粒程度のダイヤモンドが乱反射して光っている。


 白ちゃん、じゃなくて、きりちゃんは優しく手にとって左薬指にはめる。


「ぶかぶかよ。サプライズなんてカッコつけるからこうなるのよ」


 きりちゃんの口調は尖っていた。


 だけど今まで見たことのない、満開の笑顔だった。


 ホッと胸を撫で下ろしたぼくは、ゆっくりと瞳を閉じた。


「おやすみ。待っててね。私もそっちに行くから……」

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ふかいきりのリング 倉敷 塵 @shiyabako86

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