第36話 真相

「健助!」


 聞いたことのない声が鼓膜を突き抜ける。

 白ちゃんは肩を弾ませながら、

 自分の背丈せたけと同じくらいのライフル銃を、

 あねごさん目がけて1本に伸ばした。


「おい、白ちゃんよ。

 喋れない設定じゃなかったのか?」


 銃口を向けられてもピクリとも動揺しないあねごさん。

 その自信はどこからいているのだろう。


「あなたこそ記憶かないはずよ。

 なんで……」


「地下でこいつに発砲したとき目覚めちゃってよ。

 参った、参った。

 記憶喪失ってのはお互いさまだろ。

 早く銃を下ろせ」


 だが白ちゃんは、力強くトリガーを握る。


「おい、聞こえなかったのか? 

 銃を下ろせって言ったんだぞ」


 あねごさんは、ぼくの額に銃口を擦りつけてきた。

 左手のピストルは白ちゃんと対峙してピクリとも動かない。

 ぼくの方向をチラ見した白ちゃんは、

 いさぎく足元にライフル銃を投げた。


「あなたたちさえ、

 あなたたちさえ、ここに来ていなかったら、

 平穏な日々を送れたのよ」


 氷水を頭からかぶったように、白ちゃんの声は震えていた。


「しゃーねーわな。

 居酒屋の後ろの席で、

 こいつと一緒に聞いちまったからな」


 首を素早く2回、後方に送る。

 後ろには、

 ベッドの上で仰向けに、

 サバイバルナイフを飲み込んでいるハカセさんの姿のみ。

 まさかハカセさんとあねごさんは共犯なのだろうか。


「あたしとこのメガネ、

 黒飛侑斗くろとびゆうとって名なんだけどさ、

 宝石泥棒をやったってわけ。

 もちろん1度や2度じゃ済まねえ。

 宇治宮鉄次うじみやてつじって男が、

 記憶喪失の薬を調合してるって依頼を耳にした結果、

 この山奥の屋敷を割り当てて、

 拝借させてもらおうってことにしたのよ」


 偶然に耳にしたラジオで流れた指名手配犯が、

 このふたりになるのか。

 更にあねごさんは続ける。


「もちろん川の橋も壊したのもあたしら。

 ほんっとビックリするほど、

 ここのセキュリティって甘ちゃんだよな。

 庭で草むしってるデブを盾に侵入して書斎に行ったらさぁ、

 宇治宮のおやじとヒメとこいつがいてさぁ、

 銃口を見せて黙らせてやったよ」


 こいつと言った瞬間に、

 あねごさんはぼくの額に強く銃口を押しつけた。


「そうそう、面白いこと教えてやるよ」


 半月のように口角こうかくを尖らせたあねごさんは、

 ぼくに向けて不気味に笑う。


「ヒメがお前の腕にしがみついて、

 あにきー、怖いよーっておびえてたんだぜ」


「えっ、じゃあヒメって」


「……つむぎちゃんは健助の妹よ」


 白ちゃんがボソッとつぶやいた。

 う、ウソだろ。ヒメがぼくの妹なんて。


「良かったな。真実が明かされて。

 クヨクヨすんなよ。

 あと数分したら地獄で面会できっから」 


 ショックだった。

 わき腹の痛みが消えるくらい頭の中が真っ白になった。


「どこまで話したっけ、

 そうそうデブを人質にしてメガネと一緒に書斎に入ったとこだ。

 そしてお前たちのケータイを没収して、

 あたしの銃でぶち抜いてやったってことよ。

 太朗なんか2つも持っててリッチなヤツだなー」


 その話を耳にした途端に、

 白ちゃんは歯を食いしばってこちらを睨みつけた。

 もしかしてぼくの所持していたのって白ちゃんの?


「そしたらさぁ、

 宇治宮のおやじが机の下にある催眠スプレーのボタン押しやがって。

 まあその瞬間に頭をぶち抜いてやったんだよ。

 宇治宮のおやじは即死。

 あたしたちは強制睡眠てこと。

 さて、この続きを話してもらおうか?」


「私はお茶の準備をしてキッチンから中央間に続く廊下で、

 福永さんがあなたたちに連行される姿を目撃したの。

 これは只事じゃないって。

 死角になるように廊下に身を伏せていたら銃声が数発轟いて、

 その後にもう1発轟いて。

 そうしたらドアの隙間から、

 もくもくと白い煙が漏れ出してきて、

 父から聞かされた緊急の催眠ガスってピンときたの。

 ガスマスクを地下から取って被り、

 書斎のドアを開けたら、

 あなたたちが床に倒れてた。

 椅子にぐったりともたれて父は死んでいた。

 仕方なく私は全員に記憶喪失の薬を打った。

 万が一のことを考えて、

 健助と紬ちゃんを1階の別室に運んだの。

 福永さんは私の力では運べなかった。

 そして父のパソコンを使って第3者の存在を明確にするために、

 予告メッセージをプリントして紙をばらまいた」


「そうしておまえは2階の部屋に身を隠して、

 あたかも記憶喪失のフリをして発見されるのを待っていた。

 そしてボロが出ないように喋れない設定を付け加えた。

 合ってるよな?」


「半分が正解。

 口を閉じた理由はもう1つ、

 私の声で記憶が蘇るかもしれないって。

 最初は意図的に封じたけれど、

 健助からもらった失声症の薬でありがたくしのがせてもらったわ」  


 あの薬ってマイナス効果に働いてたのか。


 クスクスと不気味に微笑みながら、あねごさんは言った。


「おまえ本当っにバカだよな。

 全員眠らせているんだったら、

 あたしとメガネの手足を紐で結ぶだけで済むだろうに。

 それが無理だったら誰か叩き起こして対処できるだろ。

 怖えよな、

 人間パニくったら何するかわかったもんじゃねぇぜ」


 違う、白ちゃんはやらなかったんじゃなくて、

 手足を紐で縛ることができなかったんだ。 

 起こすにしてもヘタしたら連鎖して、

 あねごさんたちを起こしてしまう可能性もあったはず。


「あたしの手足を拘束したってパッと解けるけどな。

 そこんとこは記憶喪失の薬を打つのが正解。

 そもそもみんな記憶喪失にしてどうするつもりだったんだ? 

 ここから脱出できると思ってたのか? 

 このおチビちゃんは」


 あねごさんの嘲笑はゲラゲラと高らかに響く。

 一方白ちゃんは、

 下唇を噛みしめながら棒立ちしてぶるぶる震えていた。


「おい、聞いてんだから答えろや!」


 トリガーを引いたあねごさんの銃口から1発だけ弾薬は発射し、

 白ちゃんの足元数センチ免れてめり込んだ。

 威嚇射撃いかくしゃげきだった。


 あねごさんはプロの殺し屋だろう。

 このままではぼくだけでなく、

 白ちゃんも殺される。

 せめて白ちゃんだけでも。


「あなたたちが書斎に入ったときに、

 耳を立てて聞いていたの。

 川の橋をダイナマイトで壊したって。

 ここへの道は私有地で立ち入り禁止区域になっていて、

 カーナビからも映らない秘境なのよ。

 通信手段を失った私たちが力を合わせて、

 川を渡るか外部に助けを求めるしかなかった。

 私の読みではここから脱出したときに、

 あなたたちが警察に連行されて、

 記憶喪失のまま社会から剥離はくりされて

 罪を償うのが目的だったのよ」


「呆れすぎてため息しかでねぇ。

 仮にその作戦が成功したって、

 こいつらの記憶が元に戻る方法があるのかよ。

 それにおまえの地位だって怪しいんじゃねえの?」


「この記憶喪失の薬は、

 父が歳月を重ねてこの山奥で研究してきたものなの。

 目的は犯罪による被害者のトラウマ体験を消すため。

 それをあなたたちの欲望のために使うなんて、

 絶対に許さないんだから」


「そんなことを聞いてんじゃねぇ。

 おまえの地位のことを聞いてんだぞ。白ちゃんてばぁ」


 明らかに白ちゃんの説明ゼリフはピントが外れていた。


「そうね、私も罪人になるかもしれないね。

 でもどんな形でもいいから健助には生きててほしいの。

 たとえ私のことを忘れてもいいから」


「残念だな、あたしに打った薬が甘かったって反省するんだな」


 右手のピストルを人差し指で、

 くるくると回転させるあねごさん。


「記憶が戻ったからって、

 なんで福永さんも紬ちゃんも殺されなくちゃいけなかったのよ!」 


 白ちゃんは声を張って叫んだ。


「わかんねえな、そっちの名前で言われても」


「熊さんとヒメちゃんのことよ。

 熊さんは福永さんでこの屋敷の管理人。

 そしてヒメちゃんは紬ちゃんで……」


「それはさっき聞いたからいいわ。

 まずデブね。

 あいつを真っ先に殺したのは食糧がなくなるから。

 あのデブ見てるとさぁ、

 1食に付き2人分は食べてるんだぜ。

 だから殺した、

 正当な理由だろ」


「そんな単純な理由で熊さんを!」


「てめえは黙ってろ。

 って言わなかったか? 

 それとナイフは抜くんじゃねぇ」


 ぼくの額に押しつけてある銃がカチッと音を上げた。

 なんてヤツだ。

 人の命をそんなつまらない理由で。


「あんときはビックリしたよ。

 当てずっぽとはいえ、

 メガネのヤツがあたしを犯人扱いするんだぜ。

 こいつも宝石強盗乗り気じゃなかったし、

 自首されたらこっちも足が着いちまうし、

 いずれにしろ始末するつもりでいたからな。

 まとめてぶっ殺してもよかったんだが、

 それじゃ面白くねえ。

 白に恐怖のエサを与えてやったってわけ」


 ゴクンと生唾を飲む白ちゃんの音だけが鳴った。


「次にヒメか。

 これか傑作のトリックになってさ、笑っちまうよ」


 あねごさんは死神に取り憑かれたように話を続ける。


「あの日の夜、寝る前にあたしが出した麦茶あるだろ。

 あの中に睡眠薬を丸々1瓶入れたのさ。

 あたしが飲む分は別として。

 まあ次の日の午前中くらいまで寝てるだろうって。

 次にメガネを始末するか考えたんだ。

 あいつがいると記憶がないとはいえ、厄介だし。

 それにあたしとメガネが両方生きていると、

 白に感づかれて殺しに来るかもしれないってな」


 ぼくが足にを滑らせて転倒したときに拾った睡眠薬の瓶は、

 その為に使っていたのか。

 ちくしょう、あの時気づいていればこんなことに。


「メガネをぶっ殺しにリビングに向かったんだ。

 そうだな、大体8時くらいだったかな。

 3人とも死んだように眠っててさ。

 メガネの枕元に立ちながら、

 どうやって殺そうかなーって、

 考えてたらバタバタ足音がしたんだよ。


 入ってきたのはヒメ。

 強盗! って唇を震わせて飛び出して行って。

 あたしは発砲しながらヒメを追いかけたんだ。

 こいつ厄介なことに記憶が戻りやがってってな。

 そしてヒメと鬼ごっこ。

 廊下を抜けてガチャって鍵のかかった音がしたから、

 ヒメは左に曲がって2つのどちらかの部屋にこもったはず。


 そしたらこっちのもんだ。

 両方のドアノブに手をかけて確かめれば済む話。

 鍵のかかってるドアノブをぶち抜いたら、

 逃げずにキョトンとしてこっちを見つめていてよ、

 有無を問わずにこいつで額に貫通させてやったぜ」


「酷い! 人間のクズ、ろくでなし」


 訴える白ちゃん。

 確かに残酷だ。

 だが小骨が詰まったように何か引っかかる。


「すべての発端はおまえなんだよ。

 その後、ヒメを風呂場に持ってって、

 物置からノコギリ数本かっぱらってきて、

 関節をぶった切り、

 宝探しゲームみたいに隠してやった」


 やはりおかしい。

 その時の朝8時だったら、

 ぼくたちが手分けしてヒメを捜索していた時間帯。

 あねごさんの発言はミスマッチしている。


「そっかあ、

 その表情だと太朗は気づいているようだな。

 おチビちゃんのほうは頭に血が昇って、

 それどころじゃないってか」


 余裕の表情で見下すあねごさん。

 これで何度目だか数え切れない。


「正解を教えてやるよ。

 おまえらあの睡眠薬入りの麦茶を飲んで丸1日眠ってたんだよ。

 ほんんとすげえな、この自家製の薬は。

 つまりおまえたち3人してすやすや寝ていたとき、

 ヒメに銃をぶっ放したり、

 バラバラに解体したり、

 あちこちに隠したりしていたんだ。

 バラバラにするのには半日以上かかって肩が凝ったけど。

 まあヒメは薬に強い体質かは知らないけど、

 それが災いになったってこと。

 オッケー?」


「そんなぁ。ぼくたちが丸1日眠らされてたなんて」


 雷に打たれたような衝撃だった。

 白ちゃんも目と口をぱっくり開けて止まっている。

 そういえばハカセさんが死体の腐敗が早すぎるって言ってた。


 それにあねごさんが数えて、

 4日しか経ってないのに5日って言ってたし。

 いつの間に一人称があたいからあたしに変わっている。

 あの時見抜いていたら。


「んでもって目覚まし代わりに、

 橋を爆破させて起こそうとしてもピクリとも起きねえし。

 最後には太朗の身体をさすって起こしてやったよ。

 1日ズレてること知らねえで、

 ヒメを探し始めてとき、

 腹を抱えて笑いそうになっちまったよ。

 ほんっと救いようのねえバカどもだよな」


 これ以上おかしいことはないというふうに、

 目に涙を浮かべてあねごさんはゲラゲラと笑う。


「バカはあなたのほうよ。バカ田バカ子」


 口元を緩和させて白ちゃんが反旗はんきひるがえす。

 どこに自信があるのかわからない。


「はあ? ふざけんじゃねえぞ。

 あたしの名は、すずり 美礼みれいだ。

 冥土に土産に教えてやるよ。

 言っておくけど、宝石強盗が主流じゃねえんだよ。

 この腕で何人も地獄に葬ってきた裏社会のスナイパーさ。

 昔は人をたくさん殺してきたヤツが栄誉を称える時代だったのに。

 狂ってんだよ、世の中。

 弱肉強食、

 弱いヤツが死んでいくのは当たり前なんだよ」


「自己主張が多いことだこと。この脳内筋肉バカ」


「うっせんだよ」


 闇を切り裂くような銃声が1発轟いた。

 白ちゃんの右こめかみをかすって部屋から飛び出した。

 こめかみからは、

 赤い涙が一滴だけ頬を伝わり地へ落ちていく。


「どうだ? この命中力。

 わざと外してやったんだ。

 白には死んでもらっては困るしな」


 静かな沈黙のあと、白ちゃんはゆっくり口を開いた。


「だからあなたはバカなのよ。

 人の目覚まし代わりに橋を爆破させて。

 どうやってここから脱出するつりかしら。

 救助の当てもないくせに」


 正しくその通り。

 橋を渡ってから壊すならわかるが、

 自ら残って出口を塞いでいるようなもの。

 例えぼくらを殺したとしても、

 食糧が尽きれば餓死しか見えない。

 面白半分でやったことが、

 結局自分自身の首を締めてしまっている。

 自業自得だ。


「ぷっ、あははははは」


 一瞬だけ吹き出したあねごさんは、

 下品に口大きく開けて狂ったように笑い出した。


「後先考えてねえで、

 あたしが橋をぶっ壊すわけねーだろうが。

 あたしにはこいつがあるんだよ」


 すーっとポケットから抜き取ったのは、

 携帯電話だった。

 確かにそれは使えないはず。


 いや違う!


「ふふふふふーん。

 記憶の戻ったあたしは暗証番号なんてお手のもの。

 連絡取り放題で救助も来てくれる。

 おまけにこんな山奥でもバリバリに電波入るし。

 いやあ、便利な世の中になったもんだ」


 再びジャケットの内ポケットにケータイを入れて、

 白ちゃんに銃を傾ける。

 世の中を肯定したり否定したりと急がしい人だ。

 言葉を失った白ちゃんは、

 視線がさまよってどことなくソワソワしていた。

 そんな様子を目の当たりにしているあねごさんは追い打ちをかけた。


「さっきまでの自信はどこに行ったんだ? ほーれいってみろや」


 動揺している白ちゃんが反応したのは数秒経ってのことだった。


「私たちをどうするつもり?」


「白にはおっさんの後を継いで記憶喪失の薬を作ってもらう。

 目的はあたしが警察の目から逃れるため。

 それとビジネスのためだ。

 ガキどもを誘拐して記憶喪失の薬を打ってやる。

 そして海外に売り飛ばす。

 もしくは臓器売買ってのもアリだ。

 特に腎臓はウン千万で売れるらしいから儲けもんだ」


「お願い、健助を! 健助だけでも」


「こいつは手遅れだ。

 とっちみち死ぬ。

 その代わり臓器提供してやっから心配すんな」


「お願い!」


「しつこいぞ!」


 一歩踏みしめた白ちゃんの足元に銃口が傾いた。

 ぼくの視線がくらっと歪む。

 腹に刺さったナイフから血と共に力が抜けていくようだ。


「こんなことしてどうするの? 

 あなたにだって家族や仲間がいるでしょ?」


 警察のように説得に入る白ちゃん。やぶから棒に。


「くだらねえこと聞いてんじゃねえよ。

 時間稼ぎのつもりか? 

 そんなことやってたらこいつのほうが死ぬぞ。

 あたしの記憶が戻ったのを見抜けなかったのが悪い。

 つーか、あたしも聞き分けのない鬼でもない。

 白が一生奴隷となって、

 働くって約束するなら太朗を助けてやってもいい。

 さあ、どうなんだ? 

 白ちゃんよ」


 あねごさんの発言がブレた。

 ぼくのことを最初っから殺すつもりだったのに。

 白ちゃんの執着心しゅうちゃくしんがあまりにも強力なので、

 エサに切り替えて揺さぶってきたらしい。


 頼む、ぼくのことは諦めて逃げてくれ。

 だが、この状況であねごさんに襲いかかったとしても、

 白ちゃんではスピード的に逃げ切ることはできない。

 絶体絶命なのか? 


「ほら、どうした? 目が泳いでるぞ。

 しゃーねーな、もうひとつ選択しをくれてやる。

 さっき言ったヤツだ。

 あたしと組んで強力な薬を開発しねえか? 

 ペースト状のやつで吸い込んだだけで記憶がぶっ飛ぶくらいの。

 そしたらこの世はあたしらのもんだ。

 ゲームとかマンガで大魔王が望む世界征服ってヤツだ」


 ぼくと白ちゃんに向けられた銃口を、

 あねごさんは素直に下ろした。


 腕が疲れたのだろうか。

 それはわからない。

 再び白ちゃんは黙っている。


 だが、あねごさんはあおりもせずに、

 真っ直ぐ白ちゃんの返事を待っている。


「ノーコメントかよ。

 んじゃもう1つ選択肢をくれてやるよ。

 そのライフル銃で太朗の頭をぶち抜け。

 そしたら命は助けてやる。

 どうだ?」


 白ちゃんが助かるなら、

 白ちゃんに殺されても構わない。

 だがその言葉は具体的ではなくアバウトだった。

 危険な臭いしかしない。


「……そうね、私はあなたの記憶が蘇ったことを知らなかった」


 静かに白ちゃんが口を開く。

 その言葉はあねごさんの質問とミスマッチしていた。

 言い返せば、3歩ほど答えが遅れている。


「頭でもおかしくなったか? 

 まあいい。さっさと選べよ。

 早くしないと太朗くんが成仏しちまうぞ」


 あねごさんは、ぼくの行く末を鼻を高くして軽く笑う。


 くっそ! なんとかして一泡吹かしてやりたかった。


 ん? 待てよ? 

 あねごさんの注意が白ちゃんに向けられている。


 これはチャンスだ。


 ぼくがあねごさんの足を掴んで押し倒し、

 白ちゃんがライフル銃で仕留める。


 やるしかない。


 ぼくは両足を起こして全力で飛びかかろうとした。


「動くんじゃねーって言っただろ。

 殺気がぷんぷん臭ってくんだよ、

 プロをなめんじゃねーよ」


 再びぼくの額に銃口が押しつけられた。

 その圧力は重く、

 身体全体を麻痺させる。


「すまねえな、話の腰を折って。

 続けてくれ」


 何1つ動揺しないあねごさんは、

 鋭く目を尖らせて白ちゃんと向き合う。


「あなたの記憶が戻ったなんて知らなかった。

 そして私は考えた。

 だったら宝石泥棒犯ふたりを殺せば解決するってね!」


 白ちゃんの眼光が、

 ヌーの群れを発見したライオンのようにまぶしく光る。


「殺すって実際に殺せなかったくせに。

 ちゃっちゃらおかし、」


 突如あねごさんは手で口を塞ぎ、

 膝を折ってしゃがみ込む。

 そして床に向かって、

 叫ぶように口を大きく開いて大量の血を嘔吐おうとした。


 一瞬の出来事で頭が真っ白になった。


「貴様、毒を盛りやがったな!」


 あねごさんは水たまりならぬ、

 血たまりの上で四つん這いになり、

 白ちゃんを仰ぎ見る。 

 目はギラギラと充血していて、

 鼻息は荒く、

 口元からはドス黒い血が垂れてきている。


「紬ちゃんがバラバラで発見されたとき、

 誤ってあなたかハカセさんの記憶が、

 戻ってしまったのではないかと疑問が生じたの。

 それ以外殺される理由なんてなかったから。

 そして私は決行した。

 夕食のカレーに毒を仕込んだってわけよ。

 やり方は簡単。

 私が食べる分は別にして、

 鍋のカレーにトリカブトの毒と、

 フグ毒のテトロドトキシンを入れたのよ。

 ハカセさんの豆知識で。

 即効性のトリカブトをフグ毒に混入して服用することで、

 作用発現を約2時間遅らせることができるってこと。

 黙って寝てしまえば苦しみもなく、

 夢の中で成仏できたのに残念ね」


 まさに形勢逆転のパターン。

 心臓が口から飛び出るくらいの嘔吐を繰り返すあねごさんを、

 白ちゃんが見下している。


「どう? 

 あなたが睡眠薬を盛った麦茶を差し出した方法と瓜二つよ。

 あなたがカレーをむさぼりながら食べる姿を見て、

 思わず声が出そうになったわ。

 苦しいよね? 

 残念。

 解毒剤を用意してなかったわ。

 今から調合してあげましょうか? 

 何日かかるかわからないけどね」


 まさかあのカレーにそんな仕掛けがあったとは。

 そっか、カレー鍋の近くにあった小瓶はそれだったのか。

 ん、でも、それじゃぼくも食べていたら……。


「なんてえげつねえ女だ。太朗まで殺す気でいたなんて……」


 あねごさんの声が徐々に力を失っていく。


「健助とはカレーのことで何度も衝突してきたから。

 万が一、カレー嫌いの健助が口に運ぼうとしたときは、

 皿ごとひっくり返して、おじゃんにするつもりでいたの。

 あなたがカレー大好きだったなんて作った甲斐があったわ」


 白ちゃんの見せる悪魔の微笑みは、

 ぼくにとって天使の美粧びしょうに見えた。


 これで終わりだな、あねごさんもぼくも。


「うおおおおおおお!」


 一段落できるかと思いきや、

 あねごさんはピストルを握りカチッと鳴らす。


 まずい、白ちゃんを道連れにする気だ。


 鼓膜を突き抜けるくらいの銃声が1発轟く。


 ぼくは反射的に目を閉じた。

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