第35話 的外れ

 もしかしたらハカセさんが。

 ゴクンと息を呑む。

 ヒメの部屋の前を通過。

 階段を避けてすぐの部屋へ止まる。


「中に入ってみてくれ」


 ぼくはゆっくりとドアを開ける。

 照明をつけると微妙に、

 ぼくの部屋と家具の配置が違っていた。


 中央には何もなく、

 右奥に窓があり、

 その手前に丸テーブルと椅子が2つ。

 そして左奥にベッドが横に置いてある。


 血の臭いがする。

 注意深くベッドに近づく。


「ハカセさん?」


 ベッドにはハカセさんが大きく口を開けていて、

 サバイバルナイフが1本垂直に刺さっていた。

 両目は飛び出るくらいあんぐりと見開いていて、

 シャツは黒い血が止めどなく滲み出ていた。


「ハカセさん、ハカセさん! 

 しっかりしてください」


 手遅れだとわかっていた。

 けどぼくは、

 ハカセさんの両肩を潰れるくらい握りしめて必死に蘇生を促す。


「無理だよ。

 もう動かないよ。

 見てわかんないのかよ」


 鼻をすする音も交えてあねごさんが背中越しに言った。

 まさか次の犠牲者がハカセさんなんて……。

 現実に直視できないぼくはスローで2、3歩後退りをした。


 ぼくがいけないんだ。

 犯人の目星もトリックも知っているのに、

 悠長に向こうから攻めてくるのを、

 待っていたから取り返しのつかないことに。


「どうするんだよ、あたしも殺されちまうのかよ」


 背後から包み込むように、

 あねごさんが腕を回して抱きついてきた。

 声は相変わらず鼻声気味。


 ぼくは反転して向き合い、

 あねごさんの肩を優しく掴んだ。


「大丈夫です。

 ぼくたちはきっと脱出できますって」


 今できる精一杯の励ましの言葉を乗せた。


「死ね!」


 ドスの効いた声と共に、

 ぼくの左脇腹に鋭利な刃物が突き刺された。


 痛い! 熱い! 


 何1つ現状が把握しきれないまま、その場に両膝をついた。


「あ、あねごさん?」


 集中して仰ぎ見ると、

 あねごさんはべっとりと血のついた手を舐めるように見ている。


「あーあ、汚えな、

 てめえの血であたしの手が汚れちまったじゃねえか」


 あねごさんのローキックが、

 腹部に追い打ちをかけるようにヒットする。

 ぼくは左側にぶっ飛んで壁に頭を打った。


「なんでこんなことを!」


 力を振り絞って立ち上がろうとすると、

 額に銃口じゅうこうを突きつけてきた。


 苦しい、息が苦しい。


 頬から生暖かい汗がこぼれ落ちる。

 すべての黒幕はこの人だったのか? 

 ぼくの推理は的外れなのか。


「死に損ないが、黙って見てろ」


 左手をふところに当てて、

 マジシャンのようにピストルを抜き取った。


「おい白、出てこいや! 

 茶番は終わりだ。

 出ないと太朗の頭にでっかい風穴ぶちまくぞ!」


 引き金を引き、天井に向けて1発だけ撃った。


 今来たら殺される。ぼくはとっさに、


「白ちゃん逃げて、来ちゃだめだ」


「すっこんでろって、言っただろ」


 あねごさんは、

 ぼくの額に当てていたピストルで1発床をぶち抜いた。


「お前は白を誘き寄せるエサなんだよ、バーカ」


 ニヤリと白い歯を光らせて悪魔のようにあざ笑う。

 手慣れしている。

 プロだ。

 素人技ではない。


 書斎のおっさんも、

 熊さんも、

 ヒメも、

 ハカセさんも全部あねごさんがあやめたのか? 


 ってことは、

 ぼくが疑っていたヒメは本物? 

 どうなったいるんだ? 

 わからない。


 廊下からばらばらと足音が走る。

 白ちゃんか? 

 来ないでくれ。

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