Case2. 運命
1.黒い糸
吉田は仏頂面で両腕を組み、パトカーの後部座席に収まっていた。
ある事件がきっかけで警察の外部アドバイザーになった男は、自称・魔法使いというなんとも怪しすぎる人物だった。
それでも不可解な事件を解決に導いてくれてはいる。
あの男と一緒にいると魔法が本当に存在するような気にもなる。
特に先日起きた連続殺人事件では解剖された遺体が動いた上に若い女性になった。
思えば出会うきっかけとなった『あの事件』から早一年が経とうとしていた。
その間、何度か会っているが一緒に解決した事件はまだ二件。
未だ本名すら知らないし、打ち解けてもいない。
が、また珍妙な事件が起きた為、アドバイスを乞いにあの男の元へ出向かなければならない。
が、どうしても素直に飛んで行く気になれず、ひとしきり悩みに悩む時間が吉田には必要だった。
で、こうしてパトカーの後部座席に収まっている訳である。
「あのぉ、そろそろ……」
駐在所の若いのが困った風に声を掛けるので、吉田は仕方なく重い腰を上げた。
吉田が降りるなりさっさと走り去るパトカーを眺め、吉田は深い溜息を吐いた。
「行くか」
吉田は自身を奮い立たせるように吐き捨て、ようやく漢方薬専門店へと足を向けた。
「お久し振りです、刑事さん。おや、今日はお一人ですか?」
吉田を出迎えた自称・魔法使いは吉田の背後を背伸びまでした見やった。
「あいつは今日は非番だ」
「それは残念。今日はどういったご用件で?」
「……心不全を引き起こすような黒い糸に心当たりあるか?」
「幾らでもありますけど……とりあえず中へどうぞ」
「い、いや。やっぱりもう一度医者を当たってみる」
吉田はなぜだか急に中へ入ることを躊躇い、そう言って背を向けた。
「その糸、まさか小指に巻き付いてたりしませんよね?」
魔法使いのその言葉に吉田は帰りかけた足を止め振り返る。
「亡くなったのは誰です?」
「今のところ中学生が二人だ。でも学校も塾も別で今のところ接点は見当たらない。唯一共通するのが黒い糸だ」
「中学生、ですか? それは意外ですね」
「意外って何が?」
「地位のある大人か犯罪者かと思ったもので」
「何でそう思った?」
「それは……」
魔法使いはそう言いかけて家の中を振り返った。
誰かいるのか? と吉田が中を伺おうとすると、魔法使いはにこりと笑んで大きくドアを開き、中へと促した。
吉田はホラーハウスの前に立つ小さな子供のような心境でごくりと唾を飲み込み、渋々中へと足を踏み入れた。
「クロッ」
ドアが閉まる音と同時に珍しく大きな声を上げる魔法使いに吉田はびくりと体を震わせる。
犬か猫でも飼い始めたのかと一瞬思ったが、すぐにあの時の鴉のことだと思い至った。
「おい、家の中で放し飼いにしているのか?」
「同居人ですから」
魔法使いの返答に動物嫌いの吉田は嫌悪感を浮かべながら応接室のドアノブに手を掛ける。
「今日はそちらではなく奥のリビングへどうぞ」
魔法使いの家には何度か上がったことがある。
だが、応接室以外に通されるのは初めてのことだった。
長い廊下を抜けた先に開けたホールのような吹き抜けのある、白を基調とした内装のリビングに辿り着く。
ソファと対のローテーブルは黒を基調としたアンティークで高そうなもので、座り心地も良かった。
漢方薬を隠れ蓑に
吹き抜けの高い天井からは高そうなシャンデリアがぶら下がっており、部屋の奥には黒い螺旋階段が二階へと続いている。
窓はなく、壁も床も白一色で絵画や時計の類も何も掛けられていない。
家具や調度品もソファとローテーブル以外何もなく、引っ越して来たばかりのような有様だ。
いつも通される応接室は『普通』だったのに、と吉田はこのあっさりしたリビングに居心地の悪さを感じた。
一通り室内を見渡し、視線を正面に戻したところでちょうど魔法使いが更に奥の部屋から戻って来るところだった。
その手には茶器の載った盆があり、左肩には鴉が乗っていた。
鴉は首輪らしき銀色のリングを嵌めていて、賢そうな目で吉田を一瞥し、次いで吉田の向かいのソファに飛び移った。
魔法使いも鴉の隣に腰を下ろし、茶を差し出した。
茶の良い香りに促されるように吉田は事件について口を開いた。
最初の事件は一週間前。
女子中学生が自宅で倒れ、救急搬送されたが病院で死亡が確認された。
二件目は今朝。
女子中学生が授業中に教室で倒れ、救急車が呼ばれたが移送中に死亡が確認された。
死因はいずれも心不全と診断されたが二人に持病はなく、原因も不明だった。
「病死なのに刑事さんが担当しているのはなぜですか?」
魔法使いの問いに吉田は渋い顔をした。
「直前までピンシャンしてた若い娘が心不全なんておかしいだろ? 一件目の娘の祖父が元刑事でよ、俺の先輩だ。病理解剖までしたらしいが原因は分からなかったらしい。それで俺に相談して来たんだが、孫は絶対に病死じゃない、頼むから捜査してくれって頭下げられたら断れねぇじゃねぇか。だからこれは俺が秘密裏にやってることだ」
「黒い糸の話はその方から?」
「ああ。二件目は担任から聞いた」
その元刑事は死亡した孫と同居しており、倒れた際も一緒にいたという。
夕飯を食べ終えた直後、何の前触れもなく突然倒れたらしい。
息をしていなかったのですぐに救急車を呼び、人工呼吸を施した。
その時に小指に黒い糸が巻き付いているのを見たという。
だが、救急車の中では既に消えており、不思議には思ったがさして気に留めていなかった。
ただ自然と外れるようには見えなかったので誰かが外したのだと思い、後で家族に聞いたが誰もそんな糸は見ていないと答えたので吉田に相談したようだ。
二件目は担任の教師と周りにいた生徒が見ていた。
「先輩はな、はっきりとは言わなかったが家族を疑ってるみたいなんだ。糸で心不全を引き起こすってあり得るか? 医者に聞き込みした時にも確認してみたが分からなかった。で、お前なら、なんか分かるかと思って……それで……来てみたんだが」
それまで流暢だったのが後半途端に歯切れが悪くなるのに対し、魔法使いは笑みを浮かべた。
「実物を見ていないのでまだ断言はできませんが、黒魔術だと思いますよ」
Conceptual Crimes:山田(仮名)とうろんな仲間たち 紬 蒼 @notitle_sou
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