エピローグ
「あの女はどうした? 俺達に何をしやがった?」
吉田は魔法使いを睨みつけながら問うた。
気が付くと検視台の上には遺体がちゃんとあって、黒髪の女性の姿も魔法使いの姿も消えていた。
気を失っていた時間は一時間程だった。
変な夢を見ていたような感覚だったが、三人が同時に同じ夢を見る訳もなく、吉田は桐山を伴って魔法使いの家に急いだのだった。
「一体何がどうなってる?」
吉田の質問に魔法使いは困った風に笑んだ。
「この事件は今夜解決します。お年を召した女性の遺体が出ますが」
「あ? 警察の前で死人が出るとかどういう了見だ、おいっ」
吉田はそう叫んで勢いよくソファから立ち上がった。
「筋書きはお話したはずですよ。犯人が捕まらないより自殺という形で事件を終わらせるのが賢明だと思いますが?」
対する魔法使いは静かに紅茶に口をつけた。
「人殺しだからって殺して解決していい訳ねぇだろ。何の為に法律があると思ってるんだ」
「私が殺す訳じゃありませんよ。自殺だと言ったでしょう? 犯人自らが死ぬんですから」
「お前が
「立証できればの話でしょう?」
いつもの笑顔は消え、冷ややかな声音に吉田は思わず押し黙った。
魔法使いはティーカップをテーブルの上に戻し、吉田を上目遣いに見やる。
「今の法律は科学的な問題にしか対応できません。幽霊や魔法なんてものは存在が認められていないし、立証が困難だからです。そんな事件を無理矢理法律で解決しようとしても無理です。立証できないものは存在しない。存在しないものをどうやって裁くんです?」
問われて吉田は答えられなかった。
「私の役目はこういう事件を法律で裁けるようにすることでしょう? その為のアドバイザーです。今回は被害者も犯人も魔女です。殺害方法も動機も『普通』じゃない。立証できないことばかりです。今回は犯人が服毒自殺ということで処理して頂ければ無事解決します」
「……あの女は了承済なのかよ?」
「いずれにせよ既に実行済ですから手遅れですよ」
「あ? 実行済って言ったか? どういうことだっ」
吉田はテーブルに片足を掛け、魔法使いの胸倉を掴んだ。
それを桐山が「吉田さんっ」と慌てて制する。
「吉田さん、何度も言ってますが法を犯すようなことはしません。服毒自殺というのは死を偽装するのに一番簡単な方法です」
魔法使いのその言葉で吉田は掴んでいた手を緩めた。
「偽装? 偽装って言ったか?」
吉田の問いに魔法使いは肯定する代わりに笑みで返した。
「なら初めからそう言えっ。何でこんな回りくどい言い方……」
言いかけて吉田はそういう奴だった、と項垂れた。
魔法使いのこういうところが吉田の癪に障るのだ。
「ですから自殺幇助の罪は犯していません。それに遺体損壊の件ですが
魔法使いの言葉に桐山が小さく「確かに」と頷いて「あ」と短く声を上げた。
「そういえば今夜見つかる遺体は『お年を召した女性』って言ってませんでした? 若い女性じゃなくて?」
桐山が疑問を投げかけると吉田も「あ」と思い出したように項垂れていた顔を上げた。
「偽装とか言ってあの女の身代わりを先行き短い年寄りにさせようって魂胆じゃねぇだろうな?」
「そんなことしませんよ。彼女は魔女ですから外見を自在に変えることくらいできます。謂わば証人保護プログラムみたいなものですよ。若い女性の姿のまま死んだことになったら生き返った時に困るでしょう? ですから適当な戸籍を操作して別人に成りすまして亡くなる予定です。その辺りは警察に手間とご迷惑をおかけしませんのでご安心ください」
「適当な戸籍ってそれこそ立派な犯罪だろ」
「元々あった犯罪を利用するだけです。魔女は幾つか戸籍を持っているんですよ。魔女の中には数百年生きる方もいらっしゃいますから戸籍が一つじゃ暮らしていけないので」
その話に吉田はツッコミたい衝動を抑え、そして諦めた。
魔女の存在も魔法も信じた訳じゃない。
吉田にはおよそ説明できない出来事が立て続けに目の前で繰り広げられたが、吉田に説明できないだけであって、どこぞのど偉い先生だか博士なら科学で説明してくれるはずだ、と淡い期待をしている。
だから警察という組織に属するその端くれとしては何が何でも法で裁きたかった。
だが、証明できない以上、何事にも落としどころは必要になって来る。
この事件の落としどころは吉田が目を瞑ればいいだけの話だ。
そう自分に言い聞かせた。
一刻も早く目の前の
その一心で吉田は目を瞑った。
いわゆる現実逃避だ。
結局、真相がはっきりしないまま、この事件は表向きは犯人死亡で解決したことになった。
老女の遺体も司法解剖されることなく、親族に引き取られた。
服毒自殺の場合、通常なら司法解剖される。
例え遺族が同意しなくても鑑定処分許可状があれば解剖できる。
あれだけの事件で警察が許可状を要請しなかったというのは不自然だった。
だが、死を偽装したなら解剖されては困る。
故に司法解剖をどうにかして避けたとなれば、老女もどこかで元気に生きている可能性はある。
魔法使いの言葉を信じるなら老女もあの若い女も同一人物な訳だから、今頃は若い姿でその辺を歩いているかもしれない。
刑事としては本当に殺人が行われていないか確認すべきだが、吉田はそれも途中で諦めた。
調べようとすると勘違いで呼び出されたり、煩雑な事務処理が急に大量に回って来たりとなぜか邪魔が入るのだ。
偶然だろうが吉田にはなぜか魔法使いの仕業のように思えた。
どこかで監視されているんじゃないだろうかとさえ思う程だ。
だがそれも数週間が過ぎる頃には単なる気のせいとして自分の中で整理が付き、またいつもの日常に戻っていた。
のだが、一通の封書で再び思い出すことになる。
白い封書から出て来た紙には『領収書』の文字がある。
いつもならアドバイザー料として『請求書』が送られて来る。
不思議に思いながら内容を見ると『鴉の死骸一羽』とあった。
そういえば、と吉田は思い出して深い溜息を吐いた。
Conceptual Crime:山田(仮名)とうろんな仲間たち 紬 蒼 @notitle_sou
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