5.魂の器
「それは?」
「ああ、これは鴉の死骸。さっき持ち込まれたんだけど死因が不明なの。鳥は専門外だから明日専門家が来る予定よ」
それを聞いた魔法使いは両手をパンッと叩いて「ちょうどいいっ」と喜んだ。
「あ? 何がだ?」
「これで事件解決できますよ。筋書きはこうです。凶器はメス、動機は三人への恨み。でもその恨みは犯人の妄想だったと。目的を達成して犯人は自殺……」
「自殺ぅ? それはお前が手品で殺すってことか? そんなの俺の前で許さんぞっ」
「私は魔法使いですが今は警察の外部アドバイザーとしてここにいます。法を犯すようなことはしませんって。だからその鴉、私に下さい」
「証拠品だから駄目よ。それに肋骨の文字を消したのも遺体損壊という立派な犯罪よ。あの時黙ってたけど見逃した訳じゃないから」
腕を組みなおす七緒に吉田は「あっ」と短く呟いた。
「そうだよ。法を犯してるじゃねぇかよっ」
吉田が魔法使いを指差すと魔法使いはにこりと笑んだ。
「生きた人間の肋骨に文字を刻む方法を警察は説明できるんですか?」
その言葉に吉田は反論しようと口をもごもごさせたが言葉にはならなかった。
代わりに七緒が口を開く。
「だからってあなたを逮捕しない理由にはならないけど?」
七緒の鋭い視線と口調に魔法使いは肩を竦めて見せた。
「最初の遺体が見つかったのが一日だと言っていましたっけ? その日はヴァルプルギスの夜、あるいはサバトと呼ばれる魔女にとって重要な日です」
魔法使いの唐突な話に「なぜ急にそんな話を?」と七緒は眉間に皺を寄せた。
「そんな日にこんなことを始めたのは被害者も犯人も魔女だと気づかせるため。遺体を正義の女神に模したのは大きく報道させるため。そして何よりこういう事件になれば私が関わると犯人は知っていたから。それで私に何をさせるつもりですか? そろそろ起きて答えたらどうです? その為に文字を消したんですから」
魔法使いがそう言って遺体に厳しい視線を送ると三人もつられて遺体に視線をやる。
すると遺体がゆっくりと起き上がり始め、桐山が「ぎゃあっ」と叫んで吉田にしがみつき、吉田は口を半開きにして固まった。
一番傍にいた七緒は驚いた表情で半歩だけ遺体から距離を取った。
完全に上半身を起こした遺体は一瞬黒い闇に包まれ、それが霧散すると黒いワンピースを着た若く美しい黒髪の女性に変わっていた。
「な、なんだ? どういうことか説明しろっ」
吉田が叫ぶ。
「彼女が犯人の魔女です」
「犯人だと? この女が?」
「で、私に何をさせたいんですか?」
魔法使いが問うと「鴉は嫌よ」と女は言った。
「他にあるでしょ。その為にここに潜り込んだのよ?」
「私が来なかったら?」
「来たじゃない。あなたなら絶対遺体を確かめに来ると思ったわ」
二人の会話に七緒が「ちょっと待って」と割って入る。
「何の話をしてるの?」
「部外者は口を閉じてて」
女がそう言うと七緒の口が強制的に閉じられ、驚いた七緒が唸る。
「契約のせいで私はできないけどあなたならできるでしょ。一度やってくれたら次は自分でやるわ。勿論、タダでとは言わない。何でもするわ」
「いいでしょう。なら名前を教えてくれますか?」
魔法使いの声音が変わり、女は口を震わせながら自身の名を口にした。
「クラウディア・サビーナ・ゾフィー」
「クラウディア、法で裁けなくとも罪は償わねばならない。それが道理というものでしょう?」
「おい、ちょっと待て。何をやるつもりだ?」
不穏な空気を感じ取って吉田が割って入る。
「ここから先はお見せできません」
魔法使いがそう言って人差し指を口許に当てると三人はその場で気を失った。
その夜、最初の遺体が見つかった川土手で老女の遺体が発見された。
遺体に外傷はなく、服毒自殺と断定された。
遺体の手には凶器と思しきメスと遺書が握られており、そこには一連の事件についてと犯行動機が綴られていた。
被害者の眼だけはついに見つからず、遺書にもそれに関しては書かれていなかった。
それだけが唯一謎に包まれたままであったが、これで事件解決とされた。
***
書斎に戻った魔法使いは絨毯を端から転がすようにして捲った。
床には赤い色で描かれた魔法陣があり、その中心にビニール袋から鴉を取り出して寝かせた。
そして呪文を唱えながら上着の内ポケットから青白い光が入った小瓶を取り出し、鴉の嘴をそっと開け、そこに小瓶の中身をゆっくりと移す。
そうして呪文を唱え終わると、死んだはずの鴉は目を開け、翼をバサバサと動かし、何かを確かめるように足を踏み鳴らした。
「魂の交換は久し振りでしたが上手くいって良かったです。
魔法使いがそう言うと鴉は不服そうにしたが、そっぽを向いて部屋の中をぐるりと一周旋回すると彼の頭の上に着地した。
「私の頭に糞でもしたら絞め殺しますよ?」
そう言って腕組みする魔法使いの額を一突きし、額を抑えて痛がる魔法使いから飛んで逃げるとソファの上に舞い降りた。
「魔力で人を
そこで玄関のチャイムが鳴り、出ると吉田と桐山だった。
客間に通すとソファの上に陣取って二人を睨みつけてる鴉に吉田が「おわっ」と変な声を出す。
「おい、鴉が入り込んでるぞ」
吉田が怯えた声を出すと魔法使いはしれっと「ペットです」と答えた。
「まさか使い魔とかですか?」
桐山が半笑いで皮肉ると魔法使いは手を叩いてそうです、と肯定した。
「名前はクロです」
「黒いから?」
桐山の勘違いを魔法使いは訂正せずに笑みで返す。
「でも鴉をペットにするのは違法じゃなかったか?」
吉田が刑事らしいことを言うと魔法使いは壁に掛けられた額の一つを指差した。
「狩猟免許取得しているので合法です」
その満面の笑みに吉田と桐山は同時に深い溜息を吐いた。
「そんなことより昨日俺達に何しやがった」
言いながら吉田は鴉を手で追い払ってソファに座り、その隣に桐山が浅く腰掛けた。
「長くなるので紅茶を淹れてきますね」
そう言って魔法使いは怪しく笑んだ。
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