4.女神の瞳

 吉田の言葉に魔法使いは肯定するように笑みを浮かべた。


「次って……これがまだ続くの?」

「魔女ってそんなにいるんですか?」

 七緒に次いで桐山が疑うような声を出した。


「さあ? 続くかどうか分かりませんし、魔女の数も知りません」

「あ? 分らんだと? 犯人の目星は? 肋骨を生で見たら分かるって言ったよな?」

「分かると言っただけです。断言はしていません」

 悪びれる様子もなく言ってのける魔法使いに「この野郎っ」と掴みかかりそうになる吉田を桐山が必死に止める。

 その様子を一瞥し、七緒は片手を顎に当て考え込むようにして魔法使いを見た。


「さっき契約書って言ったわね? 内容も分かる?」

「はい。魔女にも幾つか団体があってその団体に入る時に契約をするんです。肋骨に刻むのは『死の契約』の一種で、かなり古いものになります。団体を脱けようとしたり契約を破れば魔力を失うか永遠の死が訪れるのが一般的です」

「犯人は被害者が魔女だって知ってたってことよね? 偶然の可能性もゼロではないけど仮に知ってたとしたら犯人も同じ魔女? 魔法を使わずに刃物を使って物理的に正義の鉄槌を下したって訳? それともさっき関係ないって言ってたけど、その契約が死因ってことを隠してる?」

「肋骨の魔術は発動していませんので死因ではありません。これは確かです。でも犯人が魔女である可能性は高いですね。物理的とおっしゃいましたが、この遺体を見る限り目や胸の辺りに魔術の痕跡が残っています」

 魔法使いのその言葉に七緒の表情が一変する。


「悪いけど医術に身を置く者として非科学的な話は信じない主義なの。肋骨の件は私には説明できないけど、目と心臓は明らかに鋭利な刃物を使用して抉り出されてる。これは医学で説明できるわ。あなたが偽物だってこともこれで証明されたわね」

 その言葉で吉田はやはり七緒は七緒だと思った。

 七緒がそれまで魔法を受け入れたかのように魔法使いの話に耳を傾けていたのは、その話に矛盾を見つける為の演技だったのだと気づいたからだ。


「何事も『結果』だけに囚われるのは良くないですよ? そこに至るまでの『過程』や『手段』にも目を向ける必要があるのでは? 例えば心臓を抉ったモノは刃物ではなく素手かもしれません」

 そう言って魔法使いは遺体の胸の上に右手の掌を翳した。

 すると緑色に光る粉が遺体の胸辺りから浮き上がり、魔法使いの掌へと吸い込まれていく。

 と、同時に肋骨に刻まれた文字も緑色に光り始めた。


 その光景に三人は一瞬その場で固まったが、「何してるのっ」と七緒が魔法使いの手を掴むと吉田と桐山も魔法使いを止めようと腕を伸ばす。

 が、魔法使いが三人に笑みを向けた瞬間、七緒は魔法使いから手を離し、三人はまるで時が止まったかのように動きを止めた。


「吉田さん、見ただけでは分かりませんでしたがこれで犯人の目星はつきました。動機もなんとなくですが見当はつきます。でもこれは警察では解決できない事件ですがどうしましょう?」

 魔法使いは右手を握り締め、三人に向き直ると怪しい光と同時に肋骨の文字も消えた。


「本当に……魔法が使えるの?」

 怪訝そうに七緒が問う。

 その視線は魔法使いから次いで吉田へと向けられた。

 が、吉田もまだ魔法使いとの付き合いは浅い。

 知り合って約一年ではあるが、その間に会ったのはまだ数回だ。

 何度かそれっぽいものを見たが手品ではないとも言い切れないものばかりだった。

 だが、遺体の肋骨が光るというのは手品の域を超えている気がする。

 第一魔法使いが遺体にトリックを仕掛けることは不可能だ。

「魔法使いだと何度も自己紹介していますが?」

 にこりと笑む魔法使いと仏頂面で押し黙る吉田を見、七緒は懐疑的な表情のまま両腕を組んだ。


「あなたが凄腕の手品師かぶっ飛んだ魔法使いかまだ判断できないけど、とりあえずあなたが出した結論を聞かせてくれる?」

「私の結論は警察あなた方にとって信じ難く都合の悪いものですが……」

「そんな前置きはいらないから結論だけを言って」

「分かりました。被害者の三人と犯人は魔女です。恐らく同じ団体に属していて、犯人がそこから脱退する為に犯行に及んだと思われます」

「犯人も魔女なら肋骨に契約が刻まれてるんじゃないの?」

「ええ、勿論。契約から逃れる為には自らの死か契約者の死、いずれかのみです」

「それじゃあ契約者を次々殺し回ってるってこと? 団体の規模がどれ程か知らないけど一人ずつ殺すより一か所に集まったところを爆破する方が効率的だと思うけど?」

「私もそう思います。黒魔術を扱う魔女にとっての正義なんて理解できませんがね」

「意外ね。この世に正義も悪もないわよ。だって誰かにとっての正義は誰かにとっての悪だもの。利害が一致しないから争いが起こるのだし、それぞれが正義を主張している以上、悪なんて存在しないわ」

「確かにそういう見方もありますが、光と影のように全ては常に『対』で存在します。魔術においても左道さどう右道うどう、つまり黒魔術と白魔術とはっきり区別されます。ですから悪とされる者が正義を騙るのはやはりおかしいんです。これ程までに手間暇かけて正義の女神を模したのは次の犠牲者への宣戦布告という意味もあったでしょうが、蛮行に及んだ自分を正当化しようとしたのかもしれません」


「目玉を持ち去った理由は?」

 それまで黙っていた吉田が口を挟んだ。

「魔術に用いたのだと思います。恐らく次の標的の居場所を知る為に」

「犯人の目星ってのは魔女ってだけか?」

「魔術の痕跡があったお蔭で個人の特定までできました」

「なら逮捕しに行くぞ」

「逮捕は無理です。蛮行を止めるだけです」

「あ? 無理って何だよ。お蔵入りにするつもりか?」

「いいえ、事件は解決しますよ。奇抜な真実よりも確かな嘘の方が世間は納得するでしょう?」

「逮捕せずに解決って、まさか適当な奴に濡れ衣でも着せる気かっ」

「そんなことをするつもりはありません。魔女の願いは団体から脱け出すこと、我々はこの事件を解決すること。ただそれだけでしょ?」

「どうするつもり?」

 七緒が詰め寄ると、魔法使いはそうですねぇ、と腕を組んで室内を見回す。

 その視線が部屋の隅に置かれたビニール袋で止まった。

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