夕刻

 日は沈んで、けれども西の空にわずか夕焼けの面影を残すとき。

 淡く浮き出るビルの影と、甘ったるいジャズのリズムが私を捉えて放さない。そんな夕刻。

 街灯に照らされながら歩くのが、スポットライトの様で妙に後ろめたい。

 私はこんなに美しくないのに、と思う。

 ふと思い立って踵を浮かす。

 左足を上げてくるりとターン。

 すたり、と踵を揃える。

 気恥ずかしく思いながら、星々に見られる前にと。

 夜の星々の優雅な踊りに比べれば、どんなに美しい舞も霞んでしまうけれど、今はまだ、暗い空の踊り子たちは見えないのだから。

 今のうち、今のうち。

 くるくる回る。

 小さく跳ねる。

 身体を揺らす。

 踊る、踊る。

 まだ誰も見ていないから。

 回って、跳ねて、揺らして。

 まだ、誰も見ていない。

 ほとんど消えかかった夕焼けの面影が、星たちの目を塞いでくれている。

 くるり。

 最後にもう一度ターンする。

 身体を起こせば、一番星。

 もしかしたら、最後のターンは見られていたかも。

 そろそろ、帰らないと。

 私は翼を広げて、夜空に飛び立つ。

 もう真っ暗になってしまった空には、踊り子たちが点々と現れてくる。

 黒い翼が、星あかりを鈍く跳ね返す。

 意外と、私だって美しいのかもしれない。

 そう思いながら、私は夜闇を飛んでゆく。

 飛んでゆく……

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短編 さのはー @sanohar

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