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 随分と長い間寝ていたようだ。


 コタツの中で寝ていたせいか、ガンガンとした痛みが頭に残っている。


「あ痛たた......」


 若さとはどこへやら。気の抜けた言葉を発しながら起き上がる。

 物を退かしきらないで寝転がっていたため、変な風に寝違えたらしい。

 さあ、よく寝たことだしこの部屋を片付けてしまおうか。

 思いついたが吉日、早速彼女を起こそうと反対側に目を向けると───いない。


 部屋全体を見渡してもいない。目に入るのは缶、ペットボトル、ポテチの袋、そして大量の本。


「部屋にいないということは.....」


 そう言ってカーテンを捲る。


「おっ、いたいた。」


 ベランダに出ると、彼女はこちらをチラリと見て、また煙草をふかす。


 闇夜の中、煙を吸い込む度にポッと赤くなる煙草の先がぼんやりと照らし出す彼女の横顔に視線が吸い込まれる。


「吸う?」


 唐突に放たれた言葉で我に返ると、彼女がにへらにへらとこちらを見ながら、吸いかけの煙草を差し出している。


 そんなにも見ていたか、と心の中で呟きながら


「吸う。」


 と言葉を返す。新月の夜はお月さまが出てない所為か、気分が緩んでしまう。どうせ誰も咎めるまい。


 そう自分に言い聞かせて、煙草を口に咥え、煙を吸い込む。

 勢いよく吸ったため、辛い煙が肺と喉を突き刺し、反射的に咳き込んでしまう。


「あ〜〜〜ハッハッハッ。」

 いかにも面白そうに笑う彼女をよそに、僕はゴホッゴホッと大きく咳をする。


「新大、強く吸いすぎ。もっとゆっくり吸い込んであげないと......ふぅ、まあ要は慣れさ。まだ新大には早かったかな。」


 手摺に肘を預け、首を傾げてこちらを向く彼女のしたり顔は、暗闇に一点の輝きを放っているように感じられた。


 ひとしきり互いに笑い合うと、お次は静寂がやってくる。

 夜、男女二人きりのベランダ。

 見つめ合ったまま、数十秒が過ぎる。それは、とても微笑ましい睨み合いでもあった。


 やがて、互いが磁石のように引っ張られ身体が密着する。服越しに、彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。


 先手を打ったのは彼女だった。

 僕より背の低い彼女がピンと背伸びをし、首に腕を絡めてにんまりと笑う。"そういうこと"だろうか。きっとそういうことだろう。据え膳食わぬは男の恥である。


 意を決して僕は彼女の唇に唇を重ねた。


 刹那、絡めていた腕で急に引き寄せられ、逃亡を封じられた僕の口の中に舌が侵入してくる。

 口内を縦横無尽に走り回る舌になんとか反撃しようと自分の舌を絡めると、彼女が吸っている煙草の辛くて苦い、ちょっぴり大人の風味がした。

 今、自分の舌も彼女と同じ味がしているのだろうか。そう考えると意識が混濁としてくる。

 真っ黒な寒空の下でたった二人、ただひたすらに唇を貪り合う。

 とても、とても淫靡な時間が過ぎていった。


「大人のキスよ。」


「なにそれ、続きはナシってこと?」


「んふ。そんな訳ないだろう。今日は泊まっていきたまえ。」


「いや、僕あし───」


 言い切る前に腕を引かれ、暖かい部屋に呑み込まれる。


「バイト先にはもう連絡しておいたぞ?"どうぞお楽しみに"だそうだ。」


 何をされても、この憎たらしい笑顔さえあればなんでも許せてしまう気がする。やっぱり僕はこの人には敵わない。そう思いながら、全てを流れに任せて快楽に溺れることに決めた。


 誰もいなくなったベランダでは、投げ捨てられた煙草だけが淡い光を放ち、ジリジリと燃え尽きていく。


 さあ、ええいままよ!

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煙草の灯火に照らされて @syumi_bot

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