煙草の灯火に照らされて

1

 今、僕は彼女の家に来ている。


 彼女の家はベランダ付きの1DK。ここに来るのは半年ぶりくらいだ。期待を裏切らず、読みかけであろう本やゲーム機、内容物を飲み干されてしまったペットボトルや空き缶が散乱している。そしてちょっぴり煙草臭い。


 本来ならばこの汚部屋を掃除するのが僕の役目なのだが、実家を出てからというもの、コタツという物を見ていなかった所為か、コタツ引力への耐性が無くなっていたようだ。


 気付けば僕は、本やゴミが生い茂っていた部屋を切り開いて、ぬくぬくとまろやかな暖かさを満喫していた。


「よっこらしょっと。」


 この部屋の主がビール片手に戻ってきた。


「いや、お酒飲む前に掃除してくださいよ。僕も毎日来て掃除できる訳じゃないんですし、そんなんじゃ彼氏できませんよ?」


 自分が掃除しないのを棚に上げて、久し振りに彼女をこき使ってやろうと企んだが......


新大あらたも呑むかい?」


 彼女は僕の言葉は全く意に介さず、ビールのプルタブを引く。


「人の話を聞いてください.....だいいち、僕はまだ未成年です。」


「お堅いねえ、たった一年や二年、大して変わらんだろうに。」


 その365日が大切なんです。そう言葉を続けようとしたその時───


「掃除なんていいのさ、なんたって私には君がいるからね。」


 ───彼女の方が一枚上手だった。心の何処かで自分が必要とされてるんじゃないか、そう期待していたが、所詮は願望と切って捨てていたことをピンポイントで言葉にされ、たじろぎながら、こちらも負けじと反撃する。


「ハイハイ、またそんなこと言って、本当に僕がいなくなったらどうするのさ。」


 今度は間髪入れずに返ってくる。


「君は私の傍からいなくならない、そうだろう?」


 そう言いながら自信満々に見つめられ、不覚にも顔が熱くなるのが分かる。


「ほら、赤くなった。」


 彼女は悪戯っぽく笑いながら、コタツの中でスッっと脚を当ててくる。


 ヒンヤリとした感触が僕の足に広がっていく。その冷たく、柔らかい足が火照った身体に丁度よく、心地良い。


「ちょっと、冷たいですってば。」


「ん〜〜〜、そう言う割には随分気持ちよさそうだけど?」


 コタツの中で足を絡めたり、蹴りあって互いを追い出そうとしたりして遊ぶのはとても懐かしい気がして、多幸感に包まれていった僕の意識は、いつしか大海原へと漕ぎ出していた。

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