第2話 始まるスローライフ
「……キミさ」
「俺の事?」
「そう。キミ」
「俺がどうしたの?」
「確かに支援術師は、直接相手を倒す力はないけど、実は最強だって知ってた?」
「最強?」
「そう最強。キミはもうレベル99でSSSランクなんだ。だから、君の支援術を受けたものは、レベルが99上乗せされたのと同じバフ効果を得る事ができる」
「それはすごい!」
「今までこの勇者パーティがまともにモンスターと戦えていたのは、全部キミのおかげだったんだ」
「やっぱりな!」
「その支援術をキミ自身にかけたらどうなる?」
「れっ、レベル198?」
「計算が違うよ。198億。小学生からやり直したら?」
「198億?!」
「ランクはSSSSSSSSSSS……兎に角、たっくさん! 一万兆!」
「すごい……」
「今の勇者ハヤトの6京倍以上の強さだよ! そんな君には世界の誰も勝てない」
「そっかあ……」
「だから、わからせてやりなよ」
「なにを? 誰に?」
「このバカ共にキミの力を! キミならできるよ!」
だってキミは最強なんだから。
「わかった! ウンブリエ」
俺は大声で呪文の詠唱をし始めた。それは第七位階極大支援術式『ゴッドスペシャルインフィニティブースト』の呪文だ。
すると、そこへハヤトがやって来て右肩を掴まれた。
「お前、さっきからいったい誰と……」
彼がすべてを言い終わらないうちにジャケットの懐から取りだしたナイフをハヤトの胸に捻り込んだ。
ごりっ、と肋骨に当たった感触がしたが、そのままナイフを右に左にと回しながら捻り込む。
悲鳴があがった。周囲から。
「……うっ」
大きく目を見開き、唇を震わせる勇者ハヤト。
彼の胸からナイフを引き抜く。シャツに空いた穴の周りに深紅の滲みが広がる。どぷどぷと血が吹き出す。
俺は勇者の血潮を浴びながら勝利の笑みを浮かべる。
どうだ。これが貴様の否定した最強支援術師の力だ。俺は貴様の6京倍強いんだ!
気がつけば室内が騒然としていた。狭い入り口に人が殺到している。その最後尾にモエカの背中が見えた。
さあ次は、キミを裏切ったあの売春婦だ。やっちまえ!
そのウンブリエの声に従い、俺はモエカの元へと一気にかける。
入り口では逃げ惑う人々が詰まってパニックになっていた。それに身体がとても軽い。支援術のおかげだろう。今の俺の素早さはきっと無量大数に違いない。
モエカに充分追いつける。
やったぜ、NTRざまぁだ!
俺はモエカの背中めがけてナイフを振り上げた。
すると、その瞬間だった。
目の前に賢者アルフレッドが立ちはだかる。
「アルフレッドっどぉおおおおおおおッ!! 貴様ぁああああああッ!!」
雄叫びと共に突き出したナイフをアルフレッドが右手で掴む。
モエカが振り向いて悲鳴をあげた。
俺はナイフを思い切り引っ張る。
すると、アルフレッドの薬指と小指の先がパラパラと床に落ちた。まるで何かの幼虫の様だ。気持ち悪い。
「うぎゃああああああ……」
あの冷静なアルフレッドが豚の様な悲鳴をあげて屈み込む。
そのうしろの扉口では、腰を抜かしたモエカが幼子の様に泣きながらへたり込んでいた。
この二人以外には誰もいない。全員、俺を恐れて逃げ出した様だ。ははっ。ざまぁ見ろ! これが最強支援術の力だ!
「アルフレッド。君は俺の真の仲間じゃない。死ね」
クールにクレバーにそう言い放ち、アルフレッドの首筋にナイフを突き立てる。突き立てる……。
ついに俺はたぎる様な熱いバトルの末に、あの宿敵アルフレッドを倒したのだ!
そして、パッパカバーン!
またレベルアップだ。
もうレベル∞だよ!
「ひゃっはっはははは……あははははははははっ。Sが百億兆万個ぉおおおおおぉ!」
アルフレッドが俺の足にすがりつくように崩れ落ちたので蹴り除け、踏み潰してモエカへと迫った。
「モエカ……モエカ……なんで、俺を裏切ったんだよ?」
モエカは腰を落としたまま俺を見あげ後ずさり、開かれた扉口から廊下へと出た。
床が濡れていた。ツンと鼻を突くアンモニア臭。
どうやらモエカは、おしっこを漏らしたらしい。
まったく、まだまだ子供なんだから。
「モエカぁ、モエカぁ……君だけは俺をわかってくれると思っていたのに」
俺はモエカにむかってナイフを振りおろそうとした。
すると、突然の破裂音。
「えっ……」
廊下の向こうからやって来た衛兵にマジックミサイルで胸を撃たれた。
俺はナイフを取り落とし、モエカに覆い被さる様に倒れ込んだ。
此方へ駆け寄る大勢の足音が、遠のいて聞こえる。
視界が闇に閉ざされた。
2018年某日、東京都※※区※※の※※企画のオフィスで起こったその事件は酸鼻を極めた。
この会社に勤める山田紘太郎(43)が突然、彼の上司である
これがすべての始まりだった。
次に山田は、逃げ遅れていた松村萌花(23)に飛びかかろうとした。
すると、同じオフィスにいたアルフレッド・オーウェン(35)が山田の前に立ちはだかる。
もみ合いとなり、アルフレッドは右手薬指と小指を切断。首元を執拗に刺され死亡した。
そして、山田は次なる目標を松村萌花に定め、彼女へと襲いかかる。
そこへ駆けつけた警察官が、今にもナイフを振り下ろさんとしていた山田を射撃。
彼はその銃弾を受けて意識不明の重体となり、都内病院へと運ばれた。
現在も山田の意識は回復していない。
しかし、これは、後に日本を震撼させる恐ろしい事件の、ほんの氷山の一角に過ぎなかった。
[山田紘太郎と親交のあったTさん(42)へのインタビュー]
――まずは、あなたと山田の関係を教えてください。
Tさん:山田とは同じ会社で働いてて……部署は違うんですけど。
――普段の山田の事を教えてください。
Tさん:温厚な奴でしたよ。ただ、最近、少しだけ言動がおかしくて。僕もそれに嫌気が差して、最近はずっと疎遠でした。
――言動がおかしいというと、具体的には?
Tさん:なんか現実とフィクションの区別がついていないっていうか……勇者パーティがどうした、とか魔王がどうこうとか。
――それは、彼が『カクヨム』というWebサイトに投稿していた小説と関係があると思いますか?
Tさん:さあ。それはわかりません。そういう趣味があったと聞いてはいますが。
――では、山田は、同じ職場のMさんに対して、ストーカー行為を働いていたらしいですね。この事についてはご存知でしたか?
Tさん:はい。そのMっていう女性が同郷らしいんですけど、なんか将来を誓い合った幼なじみとか言って……。
――そういった事実があったと?
Tさん:いいえ。そもそも、Mって人とは歳が倍近く離れていますし、彼女が生まれた頃には山田は上京してますから、幼なじみも何もないはずですよ。
――次に、山田の部屋にお邪魔した事があるそうですが、その時、何か変わった事に気がつきませんでしたか?
Tさん:いいえ。特に何も。ただ、芳香剤が至るところに置いてあって臭いがきつかったですね。まるで、トイレの中にいるみたいで……でも、彼の作ってくれた仔羊のシチューは凄く美味しかった。案外、料理がうまいんですよね、彼。
後日、警察が山田の住んでいたアパートを捜索したところ、彼の寝室の押し入れから、ミイラ化した猫の死体が二体。そして幾つかの発泡スチロールの箱から女性の腐乱したバラバラ死体が四人分見つかった。
四人の身元は以下の通り。
木梨紗英(24)会社員。ケイティ・ブラットマン(32)英語講師。敷島六花(17)高校生。新藤奈緒深(14)中学生。
遺体には、無数の切り傷が刻まれ、欠損して見つからない部分も多かった。
更に、この四人のうち、ケイティ・ブラットマンの左右の乳房と、敷島六花、新藤奈緒深の女性器が冷凍庫の中から見つかった。
いずれもサランラップによって、丁寧にくるまれていたのだという。
彼女達とは、SNSを通して知り合ったものと思われる。
なお、このアパートの大家によると、山田の部屋から酷い悪臭がすると、以前より苦情が寄せられていたらしい。
「……コウタ」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
その声に意識をすくい上げられて、目を醒ました。
すると、俺は温もりと吹き抜ける風を全身に感じる。
膝に乗せた俺の顔を覗き込みながら、良く知った女性が聖母の様な微笑みを浮かべていた。
「もうっ。やっと起きた。本当にねぼすけさんなんだから」
「わりぃ、わりぃ」
俺は上半身を起こし、その女性――幼なじみのモエカに謝る。
普段はまさに慈悲深い女神の様な彼女であったが怒らせると本当に怖い。まるで破壊神の様に……って、今のはなしなし! モエカには秘密にしておいてくれよな!
「それより、リッカ、サエ、ナオミ、ケイティ、ミケとリンはどうした?」
リッカは元王国の姫騎士。
サエは東方から来た腕利きの女剣士。
ナオミは腕の良い女盗賊。
ケイティは回復魔法も攻撃魔法も万能のエルフの女司祭様。
ミケとリンの二人は元気一杯の猫族の女の子。とっても、もふもふしてる。
いずれも劣らぬ美少女達で、俺の大切な真の仲間達だ。
「六人は、お昼ご飯を狩りにいってるわ。すっごく張り切ってたわよ。コウタに美味しいものを食べさせるんだーって」
俺とモエカは、訳あって魔王討伐の勇者パーティを抜け、今は世界をのんびりと旅して回っている。
その行く先々で、この六人と知り合った。
と、そこで草原の向こうから、くだんの六人がやって来た。
「おーい」
リッカが手を振っている。
サエは相変わらず澄ました顔をしている。彼女はツンデレなんだよなぁ。
ナオミは両手を後頭部にやって、ニヤニヤしている。きっとまた、楽しい悪戯を企んでいるに違いない。
そしてミケとリンの二人は、大きなワイルドボアを吊した棒を肩に担いでいた。あいつは食いごたえがありそうだぜ。
「ねえ……コウタ」
モエカが遠い眼差しで遠くに連なる霊峰を見つめながら言う。
「このあと、どっちに行くの?」
「風の向くまま、気の向くままってね。そうだな……」
俺は空に浮かぶ白い雲を眺めながら、こう答えた。
「西へ」
「どうして?」
「久し振りに海が見たい」
「……うん」
俺の答えを聞いたモエカは、優しい笑顔で頷いた。
「ねえ」
「なんだいモエカ」
「私、赤ちゃん、できちゃったみたい」
モエカは自分のお腹をそっと右手で抑えながら、幸せそうに目を細めた。
終わり
勇者パーティを追放された支援術師、実はS×1万兆ランクで最強につき、美少女達と子作りスローライフチーレムしちゃいます! 谷尾銀 @TanioGin
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