決意

 一度目にしてしまった信乃を、意識の中から締め出すのは至難の業だった。

 それどころか、意識しないようにとすればするほど、秀一の中で、信乃の存在が膨れ上がっていく。

 目は、宣誓の文言をしたためた紙を追っていたのだが、ともすると秀一の全神経は信乃の気配を探し出し、そこへ向かっていこうとする。

 こんな事もあろうかと、文章をほとんど暗記していたことが、役に立った。秀一の焦りとは別に、言葉は意識せずともつらつらと出てくる。おかげで新入生代表という大役は、なんとか無事にこなすことができた。

 秀一の心のうちの葛藤など、誰にも知られないままに、入学式自体は滞りなく進んでいった。


 その後、一年壱組の教室に入ってからも、秀一は自分の意識をコントロールすることに、大変な力を使わなければならなかった。

 秀一たち一年は三階に教室がある。二年生の教室は一階である。

 ふとすると秀一の神経は、この学園の中にある僅かな信乃の気配を求めて、研ぎ澄まされていく。その分、それ以外の感覚についてはついつい疎かになり……結果、教師の話など、まるで頭に入ってこない。

 

「一ノ瀬涼!」


 思いがけず大きな教師の声にはっとして、秀一の意識はクラスの中へと戻ってきた。


「はいいっ!?」


 と、かなり大きな声で返事をして、椅子をガタつかせながら立ち上がったのは、今朝友達になったばかりの、白玉こと一ノ瀬涼だ。


「高校生活第一日からボケッとしているとは、ずいぶん余裕だな!」


 涼をたしなめる教師の言葉に、秀一は自分自身の気を引き締めることができた。ボロを出さずに済んだのは、涼のおかげだ。

 その後はスムーズに学活が進み、高校生活第一日目が終わっていく。

 学活が終わると、ほとんどの生徒は、後ろに並んでいた父兄と一緒に教室を出て行った。

 父兄の中には学園の寮や付近の宿泊施設に一泊していく者もいるらしいが、秀就と露は大神の家のこともあるし、入学式が終わればすぐに帰る予定になっていた。


「寮に荷物も届いているでしょうから、いろいろと大変でしょう、お手伝いしていきたいのですけど……」


 寂しそうに言う露に「大丈夫ですよ」と、にっこりと笑ってみせる。

 ここで「ありがとうございます」などと言おうものなら、それじゃあ……と寮にまでやってきて、本当に荷解きの手伝いをし始めかねない。


「ゴールデンウィークというお休みが、すぐにあるんですって。帰ってきて下さいね」

「生活してみた上で必要なものなども出てくるかもしれんし、何かあったら連絡するといい、それまでに用意しておこう」

「そうですね、その時はお手数おかけします。ではゴールデンウィーク?……には、一度家に帰るようにしてみます」


 そんな会話をしていると、三人の中にそろそろ別れのときが近づいたのだという空気が流れる。


「行こうか……」


 それでもまだ何か言いたげに秀一を見上げる露を、秀就は静かに促した。

 露が秀一に背を向け、教室から出ていこうと歩きかけた時、一度教室を後にしたはずの白玉……もとい、一ノ瀬涼が、ひょっこりとクラスに戻ってきた。

 キョロキョロと周囲を確認していた視線が、秀一を見つけると、ぱあっと輝いた。


「秀一! お客さんだよ!」


 だが秀一は、涼の言葉よりも先に、自分に会いに来てくれた「客」を見つけていた。

 涼の後ろに少し困ったような、少し緊張したような……そんな面持ちで、立っている。


 ――信乃!


「信乃ちゃん!」


 まっさきにそう呼びかけたのは秀就だった。

 露も飛び上がらんばかりに喜んで、信乃のそばへと駆け寄っていく。

 信乃は二人の相手をしながら、時折ちらりと、秀一の方へ目を向けた。

 秀一は、信乃を見た途端に肺が活動停止したのではないかと思った。慌ててこっそり深呼吸をして息を整える。

 そうして、ゆっくりと信乃へ目を向ける。

 ほんの少しだけ背が伸びただろうか。ほんの少しだけ大人びただろうか。けれど、記憶の中の信乃とほとんど変わりがない様子に、会えなかった時間があっという間に消え去っていくような気がしていた。

 信乃に駆け寄り、ぎゅうっと抱きしめてしまいたくなる気持ちを、必死に押し殺す。

 不思議だ。

 二年前までは、信乃に対してこんな衝動を覚えたことはなかった。

 あまりにも久しぶりだからなのか?

 なんとかかんとか平静を取り戻し、秀一はようやく信乃へと近づいていった。

 自分の目の前に立った秀一を、信乃の黒目がちな瞳が見上げる。

 こうして近づくと、以前よりも大きくなった身長差を、はっきりと感じることができた。信乃の身長の伸びよりも、秀一のそれのほうが遥かに大きかったのだ。

 信乃の表情が変わる。

 もともとは色白の透き通るような頬に赤みがさし、切れ長な目の中にみるみる涙が溜まっていった。

 その信乃の変化を、秀就が察したのだろう。 


「じゃあ、失礼するよ。ああ、見送りはいらない」


 と言うと、信乃の肩をポンポンと二度ほど叩いて、教室を出ていってしまった。露も信乃と秀一に笑いかけると、すぐに秀就の後を追って行ってしまう。

 泣き出してしまいそうな顔をした信乃が、独りぽつんと秀一の前に取り残されていた。

 秀一は、その場にまだ残っていた涼に向かって


「涼くん! ありがとう、また後で寮の方で!」


 と声を掛けると、周りの目から信乃を隠すように肩に手を回し、そのまま足早に教室を後にした。


 秀一が信乃の背中を押すように歩き始めたはずなのに、いつの間にか信乃のほうが秀一の手を引くようにして歩いていた。

 九十九学園高等科の校舎には、東側と西側の二箇所に階段がある。無言でどんどん歩く信乃は、西階段も通り過ぎようとしていた。


「西階段より先は、生徒は立入禁止じゃないんですか?」


 歩みを緩めて秀一は問いかけたが、信乃に立ち止まる様子はない。

 指先だけで繋がれた手は、立ち止まればすぐに解けてしまいそうで、秀一は引かれるままに信乃の後に続いて西階段の先の学生立ち入り禁止のエリアに入っていく。

 信乃の歩みに迷いは無いようで、校舎三階の一番西の隅までまっすぐにやってくると、ようやくそこで立ち止まった。

 廊下の一番奥まったところにある小さな引き戸を開けて、部屋の中へと入っていく。

 クラス名を表示するプレートには何も書かれていない。

 そこは一般の教室の半分程度しかない広さの部屋で、入り口には靴脱場があり、その奥はなんと和室になっていた。畳の上には古い茶箪笥やら、屏風やら、巻物、小箱……そんな物たちが所狭しと置かれている。

 つないでいた手がそっと離れて、くるりと信乃が振り返った。

 ギュッと引き結ばれた小さな口。ほんのりと赤くなった鼻の頭。こちらを見上げる瞳は、うるうると涙の膜ができている。

 なのに。そんな、今にも泣き出しそうな顔をしながら、信乃は睨むようにして秀一を見上げていた。


「うわ……」


 泣くな!

 そう言おうとしたのだが、かあっと顔が火照りだすし、どうして信乃が泣きそうになっているのかもわからないしで、秀一は気ばかり焦ってしまう。

 おもわず手を伸ばして信乃の頬に触れた。途端に、それまで堪えていたらしい雫がつうっと一筋二筋こぼれだし、秀一をますます慌てさせた。


「すいません」


 こうなったら、もうあとは謝るしかないではないか。

 冷や汗を流しながら、伸ばした両手で信乃の頭を抱え込んだ。


「すいません。……すいません。もう、独りにしたりしませんから……。泣かないで……」


 そう必死で謝ったのに、腕の中でひくっとしゃくりあげた信乃が、どんっと突き放すように秀一の胸を押した。

 そのまま一歩下がって秀一から距離を取る。

 流れた涙をセーラー服の袖でゴシゴシと拭うと、ますます厳しい顔で秀一を睨んできた。


「だけど秀一は……私のことが……面倒になったんじゃ……ないのか?」


 絞り出すように、信乃が言った。


「面倒……?」

「守護者になってくれるって、その言葉を信じようとしたけど……でも……。私といたら、またいつ襲われるのかもわからない。異界に渡るかも知れない。きっと、嫌なものをたくさん見なくちゃいけなくなるんだ。だから距離を起きたかったのかもしれないって……そんな考えが、何度も浮かんでくるんだ……」


 涙につかえながら、そんな事を言う。

 秀一が信乃の側を離れたのは、自分の無力さを痛いほどに感じたからだ。自分は強いと自惚れていた気持ちが、木っ端微塵になったからだ。信乃を護りたい。だけど、それまでの自分ではそれがかなわないと悟ったからだ。

 だから、力を蓄える時間が欲しかったのだ。

 本当に、それだけのことだ。信乃のことを面倒だなどとは、微塵も思ったことがなかった。

 あまりに想像外の言葉に、はじめは信乃が何を言っているのかわからなかったが、次第にその意味を理解する。

 

「俺を……俺を誰だと思ってるんですか……」


 怒り、ではないのだろうが、それと似た感情がふつふつと湧いてきて、信乃の瞳を覗き込み、睨み返した。


「……な……?」


 秀一の勢いにたじろいだ信乃が、一歩後ろに下がろうとしたが、靴脱場のフローリングと畳との境目の段差につっかかり、そのままよろけて後ろに倒れそうになった。


「……っぶない!」


 秀一は後ろ向きに倒れていこうとする信乃に手を伸ばした。

 引き寄せて、両手いっぱいで信乃を抱きしめると、ふわりと懐かしい香りが鼻腔の奥に広がった。

 少年時代の、あの夏の日の出会い。友人として過ごした日々。そして信乃を奪われ、己の小ささを知った日。

 次々に信乃との思い出が浮かんでは消えていく。


「しゅ……いち」


 秀一の胸に顔を埋めた信乃から、くぐもった声が聞こえた。


「この二年間、俺が何もしてなかったとでも思いますか? あんたとの約束を果たすために、あんたの側にいて、あんたを守り抜く力を手に入れたくて……俺がどれだけ努力したと……」


 そこまで言って、秀一は口をつぐんだ。

 どれだけ努力しても追いつかない。それはわかっている。それでも、ただ傲慢だった自分から抜け出したくて、自分を律し続ける日々だった。力だけではなく、あらゆる面において自分を高めようと努力した。

 もちろん、その努力をひけらかすような恥ずかしいことをしたことはない。ない、はずなのに……信乃に会った途端この体たらくだ。


 ――何なんだ、今のセリフは!


 恥ずかしさのあまり、自分の頭をかち割りたい衝動に駆られる。


「私の側に……いるか?」


 秀一が恥ずかしさにのたうっていると、腕の中にいる信乃の声が聞こえた。

 秀一にとって、信乃のそばで彼女を守るというのは、いちいち口に出すまでもないほどに、当たり前のことである。そのための二年間だ。


「います!」


 半ばやけくそのように、答える。


「これからずっとか?」

「ずっとです!」

「許さないからな、こんどこそ、約束を破ったりしたら、絶対絶対……」


 秀一の学生服を小さく握りしめながら、信乃はまた涙をこぼしていた。

 信乃の髪に、信乃の頬に、信乃の唇に、秀一はそうっと触れた。

 信乃は抵抗をしなかったから、秀一は信乃の輪郭を確かめるように、信乃の小さな頭部を抱きしめながら、頭を擦り付けていた。

 ふいに、唇が信乃の頬に当たる。

 思いがけない感触に驚いて、少し顔を離して信乃を見つめた。

 信乃の濡れたまつげが、瞬きを繰り返し、真っ黒で大きな瞳がその下から顔を出す。


「信乃」

「……なんだ」


 まつげとまつげが触れ合うのではないかというような距離だった。


「俺は、死ぬまでそばにいる。護る。二度と離れるつもりはない」

「秀一……君を、私の第一守護者に……。その代り……私は、私の全部を君にあげる。全部だ、私は君のものだ」

「俺は、信乃のものだ」


 吐息が触れる。そしてそれは、お互いの唇の感触へと変わっていった。


「ほうほうほう、若いとはいいことだねえ」

「ちょいと爺さん、のぞき見なんかするんじゃないよ」

「だって、この人たちが僕らの部屋に入ってきたんじゃないか」

「そっとしといてあげなさいよ!」

「そんなこと言って、お前さんが一番興味深げに眺めとったではないか……」


 部屋の奥から、複数の声が聞こえてきて、秀一は飛び上がった。

 信乃を背中にかばうようにして、一歩踏み出す。

 すると、部屋の奥、所狭しと並べられた品々の間から、ひょこひょこひょこひょこと、妙ちくりんな者たちが姿を現した。


「な……なんだ?」


 興味津々といった様子で、物陰からのぞいていた者たちは、わらわらとこちらへ近づいてくる。

 敵意は感じられなかったが、結構な人(?)数でこちらに押し寄せてきたから、秀一は幾分腰を落とし、威嚇のために構えてみせた。

 そんな秀一の肩に、信乃は手を置き首を振る。


「秀一、大丈夫だよ。やあ、皆……。起こしちゃった? ごめんね」


 少しかがみこむようにして、信乃はこの妙ちくりんな者たちに向かって語りかけた。


「え……知り合いなのか?」

「うん。彼らはこの部屋のぬしたちだよ」


 秀一は目の前に集まってきた者たちへ、再び目を向けた。

 金髪にフリフリのドレスを着た女の子もいれば、壺に手と足が生えただけのようなモノもいる。イノシシやら熊もいるが、それは本物のイノシシや熊ではなく、どう見ても木彫りの置物である。その木彫りの置物が動いて、話す。十二単を着た小さな小さな女の子もいるが、顔は引目鉤鼻のしょうゆ顔で、まったく表情は読めない。金や銀の鈴が、奥の方からリンリンと音を立てて転がり出してくる。


「主?」


 あっけにとられる秀一の前に、朱色の花模様がびっしりと浮かぶ艶やかな着物に身を包んだ女が進み出た。


「そう、あたしらは、この部屋に住む付喪神だよ。あちこちで忘れられ、打ち捨てられていたあたしらを、この学園の園長の勝治の奴が、集めてここに置いているのさ。あたしは齢三百年になる焼き物の壺なんだけどね。そうさね、伊万里とでも呼んでおくれ。最近ようやく人間としての姿を手に入れたのさ。付喪神になったばかりは、ほら、そこの鈴みたいにさ、姿も変えられなくて、転がるしか能がないんだよ」


 伊万里のはだけた着物の裾からは真っ白な足がのぞいていて、周辺を鈴たちがリンリンと飛び跳ねていた。


「ところで信乃」


 今度は金髪ツインテールの美少女が進み出た。


「あなた、入学式の後片付けがあるんじゃなくて?」


 金髪美少女の口からは流暢な日本語が流れる。


「あ!」


 信乃が勢いよく体を起こした。


「マリエル、ありがとう! みんなも、騒がしちゃってゴメンね。今度街へ降りたら、大野屋のたい焼き買ってくるよ」


 信乃は集まってきた付喪神にちらりと一瞥をくれると、ガラガラと勢いよく戸を開けて、走り出した。


「待てよ! 俺も行く!」


 慌てて信乃を追いかける秀一の背後から「我も! 我も!」「おい、儂も忘れるな!」「あんこ!」「クリームじゃ!」という、かしましい声が聞こえてくる。


「ちゃんと、みんなの分買ってくる!」


 廊下で一度止まり、振り返って信乃が叫んだ途端、あたりはしいんと静かになった。

 秀一は信乃に追いつき、暫く並んで走ったが、少し走る速度を早める。

 あっという間に信乃を追い越し、振り返ると、後ろ向きに走りながら信乃の手を取った。

 ぐい、と手を引き、つんのめる信乃をすくい上げる。


「え!? ちょっと……秀一!」


 そのまま抱えあげて、更にスピードを上げた。

 人の気配のなくなった校舎の中、信乃を抱えて全力疾走する。

 ふと、はじめてであった日を思い出す。

 異界から逃れようと、信乃を抱き上げて、赤樫の巨木に向かって必死で走った。

 信乃を抱いたまま、階段を大きく跳躍して一気に降り、廊下の一番端の講堂へと続く渡り廊下にたどり着いたところで立ち止まると、ようやく信乃を下ろした。

 渡り廊下の両脇には、桜の木が植えられていて、少し傾き始めた日差しは暖かく、ぷっくりと膨らんだ蕾は枝先をほんのり朱色に染めている。

 二人は校舎側の出入り口に並んで立っていた。


「秀一。私はね、秀一がそばに居てくれると思ったら、ホッとするんだ」


 信乃は桜の枝の向こうに広がる水色の空を見上げていた。


「満月の晩は、あの明るい光に照らされてると……異界が迫ってくるようで怖いんだ。でも、秀一がいてくれるから、そうして月の影を遮ってくれるから、私は安心する」

「……」


 秀一にとって月とは、制御することさえできれば、頼もしい力の源だ。月が隠れることは、自分の力が欠けていくようで、実はあまり好きではない。

 ならば。


「満月の晩は、いつもそばにいます」


 信乃は、くりっと目を大きく開いた。


「それは……ありがたい。でも、女子寮は男子禁制だよ」

「そんなの……どうとでもなります……」


秀一の答を聞いた信乃は「君、やっぱり変わってないよ」と言ってすりと笑う。


「さあ、行きましょう。片付けが終わってしまいます」


 振り向いて信乃に声を掛けるが、信乃はちょっと首を傾げ、秀一を見上げたまま動こうとしない。


「ねえ、どうして敬語なんだい?」


 聞かれれば、とたんに恥ずかしい気がしてきて


「けじめです。気持ちの問題です!」


 と、多少乱暴に答えた。


「信乃だって、いつから自分のこと私って言うようになったんです?」


 反撃をすると、見る間に信乃の頬がピンク色に染まった。


「しゅ……秀一が女の子でも友達だからなって言ったじゃないか……それに、秀一が頑張ってるんだって聞いてだな……わ、私だって少しは女の子らしくとかだな……あ!」


 話している途中でぱちりと瞬きをした信乃の視線は、上を見上げたまま止まっていた。

 なんだか話をはぐらかされたような気もしたが、信乃の視線が気になって、秀一も振り返ってみる。

 信乃の右手の人差指が、天に向かって伸びた。指の先には、真っ赤に膨らむ桜の蕾が揺れている。


「あ……」

 

 その中の一輪が、ふわりと綻びこちらを見下ろしている。


「おー! 信乃! 遅かったじゃないか!」


 講堂の中から大きな呼び声が聞こえた。


「ごめん! 人に会ってたんだ! 今いくよ!」


 講堂の方へ身を乗り出すようにして、信乃も大きな声を返した。


「秀一! まずは入学式の後片付け、手伝ってくれ」

「了解です」


 二人は講堂へと続く渡り廊下を走り出す。


 ガタン、コトン、ガコン!


 足元のすのこが賑やかに鳴り響く。

 学校の敷地内に並ぶ桜の木をよく見れば、あたたかな春の風を受けて、あちこちで淡いピンク色の花が開花しはじめていた。

 山々の纏う木々にはぽやぽやとした新緑が芽吹き、講堂からは作業をする学生の賑やかな声が聞こえている。

 私立九十九学園。

 若い妖たちの集うこの学園にも、春が訪れようとしているのだった。


 了

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蝕・イクリプス 観月 @miduki-hotaru

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