異世界正月

半社会人

異世界正月


よりにもよって、こんな時に轢かれなくても。


よりにもよって、こんな時に死ななくても。


その思いが湧き出て止まらない。


湧き出る涙も止まらなかった。


「ようこそ、異世界へ」


目の前で、女神のような顔をした美女が微笑む。


というかこの凛とした佇まいは本当に女神だと思う。


「い、異世界?」


どもる俺を前に、にっこり笑う女神。


「そうです。残念ながら、あなたは元いた世界で亡くなられて……」


その言葉で思いだす。


正月を迎え、特にやることもなかった俺はこたつでボーっとしていたのに。


母に餅の買い物を頼まれ、家をしぶしぶ出た所で。


トラックに轢かれたのだ。


よりにもよって正月に。


「まさか、俺、死んだのか?」


あの衝撃は忘れようがない。


それでも分かりきった質問をせずにはいられない。


「はい」


そんな酷な質問に、何故か笑顔で応えてくる女神。


えぇ……


ひどすぎない?


だがニコニコ女神はその笑みを止めず。


「あなただけではないので」


「……は?」


「ほら、見てください」


そういって両腕を広げる女神。


俺はつられてあたりを見回した。


すると。


突如、光と共に現れてくる人々。


一人はおっさん。


一人は女性。


一人はおっさん。


一人は青年。


一人は爺さん。


色々な人間が、転生してくる。


生まれ出てくる。


「あなた一人ではないのですよ」


そういってにっこり笑う彼女。


だが俺は困惑が深まるだけだ。


おいおいおい。


異世界転生って……普通は一人だけに起こるものじゃないのかよ。


こんな、大量に……


トラック大活躍か!!


「中にはお餅も混ざっています」


女神が俺の心を読んだようなことを言う。


「なんでこんな大量に……」


自分が死んだという事実以上に、これほど大量の人間が転生してくることが驚きで。


目を丸くしている俺にしかし女神は落ち着いて。


そしてとんでもないことを言った。


「正月ですから」


「は?」


「あなた達にとっては異世界かもしれませんが、本来あなた達人間はこの世界から生まれ出でる存在なのですよ」


そして優しく付け加えた。


「お正月は、何をする日ですか?」


そういって、ゆっくり笑う彼女。


それは、まるで『家族』を迎える人の顔だった。


※※※※※※※※


「あけましておめでとう」


俺の口からは、自然とその言葉が漏れ出ていた。


帰省。









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