最終話 『雪国からの手紙4』
【――拝啓、増渕智樹様。
無事にこの手紙は届きましたでしょうか?
私にはそれを知るすべはないけど、無事に届いたことを信じてこの手紙を綴らせていただきます。
振り返れば智樹さんとは記憶のない赤子の時から幼馴染でしたね。どこに向かう時も一緒でした。
幼稚園の頃は犬が飼われていた家の前を通るたびに咆えられて泣く私の手を取って一緒に歩いてくれましたね。
小学生の頃は男子生徒からいじめられて泣く私を一足先に助けてくれたことは今でも感謝しています。
中学生になってお互いに異性を意識し始めて意図的に距離を作ってしまったことは今になって考えると初々しい反応だったと恥ずかしくなってしまいます。それでも野球を一生懸命に励む貴方の姿を影から応援していましたよ。
そして私たちは同じ高校に進学した。お互いに話を合わせたわけでもないのに同じ高校に進学したのは運命だと思ったの。貴方を異性から意中の人へと変化したのはその時から。昔から泣き虫で奥手な私だったけど、その時だけは行動が早かったのは誰かに智樹さんを奪われるのが嫌だったから。そのおかげで貴方の驚く表情を初めて見れました。
そして恋仲となり私たちは恋を育み、それは大学に進学した後も続くと思っていたところで貴方から軍隊に入ると告げられたときは驚きました。
刻々と物騒な世の中に変貌していく現代。軍隊に入隊すれば戦地へ派遣されることは明白。
本当は反対でした。でもそれ以上に貴方の正義の心を歪めることをしたくなかっ
た。
そして、後悔しました。貴方が戦死した報せが届いてからは未来がまっくらで生きていく気力もわかなかった。
でも、それじゃダメだよね? 貴方が命を賭して守ってくれた今を謳歌しないのは失礼だよね?
だから私はこの手紙を最後に歩み出そうと思います。でも勘違いしないで。これは別れの手紙ではありません。
これは門出の手紙。貴方と育んできた思い出を胸に私は智樹さんの心と一緒に未来を歩んでいくのです。
だからどうか私のことは心配しないでください。もう大丈夫だから。私は前を向いて歩くと決めました。貴方の分も含めて幸せになってみます。
その姿をどうか天国より見守っていてください。
結城 葵より】
手紙を読み終えた男、増渕智樹の心は驚きや寂しさよりも安堵感に満ちていた。
「……そうか、僕は死んでいたのか……」
智樹の体が薄くなっていく。自分が死者であることを自覚したからだ。彼が死者となっても成仏できずに地上に居残り、戦争の悪夢に侵され続けたのは偏に葵を心配してのこと。
ここで倒れたら戦火が葵の住む土地にまで影響を及ぼすのではないか。
ここで倒れたら葵を一人にさせてしまう。
積もりに積もった心配は彼を死者となっても地上に縛り付ける鎖となってしまったのだ。
だがそれも今日で終わりだ。葵は無事で、そして未来へと歩み出す決意と覚悟を示した。ならば自分の存在は逆に彼女を縛る枷となってしまう。
「……ありがとう。君がどうして彼女を知り、僕の居場所を知ったかは分からないけ
ど、でもそんな事は些細なことに思えるほどに感謝の心で一杯だ」
不安が晴れた心を覆い尽くすのは満たされた感情だけだ。今後は彼女の人生を天国から見届けることにしよう。
「もう、僕は行くよ。この言葉を彼女に届けることができないのは寂しいけど、それはかえって彼女の覚悟を鈍らせることになるから諦めるよ」
智樹は郵便職員の手を握ることで改めて感謝の旨を伝えると、そのまま姿を消した。消えた体は光の粒子となって天へと昇っていく。郵便職員はそれを見届けると、鞄から一冊のノートを取り出し、依頼人だった結城葵の名前を線で消した。
「一人目の依頼者はこれにて無事完了。次に向かうとするか」
次の依頼者の下へと向かう為、歩き出す。その足は揺らぎ、その揺らぎは全身へと至ると、まるで幽霊の如くその場から姿を消すのだった。
これは不思議な郵便屋さんのお話。
金曜日の昼12時~13時だけ開店する不思議な郵便屋は死者へとお手紙をお届けします。
『貴方には亡くした人へ届けたい手紙はありますか?』
~完~
不思議な郵便屋 雨音雪兎 @snowrabbit
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