第4話 『雪国からの手紙3』

 男は今日も戦場にいた。戦争に参加した当初は懺悔の念から自らの手で殺めた敵兵士の数を覚えていたが、それも三日が過ぎたあたりから止まってしまう。


 人を殺すことに慣れてしまい、倫理観が麻痺してしまったのだ。一度麻痺してしまえば殺し合いが日常となる戦場で正気を取り戻すことは不可能に等しい。それでも殺戮に呑み込まれて人殺しを楽しむ狂気に酔わないのは男の自制心に一つの芯が通っているから。


「葵。葵。葵!」


 大切な恋人の名前を連呼する。嗚咽交じりの叫びは涙腺にまで及んで決壊させた。涙は流れて、鼻水も止まらない。どうにか堪えてきた芯が折れる寸前にある。それでも戦争の手は止むことなく、戦火は広がり、死地に赴く兵士たちは男を気に留めることもしない。あまりの無関心な態度は男の姿が視界にする映っていないようにすら思える。


「……もうだめかもしれないよ」


 男の心は折れるのも時間の問題だった。


                 ◇


 郵便職員は古戦場に訪れていた。荒廃した土地は雑草すら生えない不毛の地となり、人どころか虫一匹すら棲み処としない死の大地である。人の手から長年離れた建物は廃墟と化し、かつて戦場で生死の鎬を削った兵士たちの白骨死体が置き去りにされている始末。その白骨化すらも風化して塵となり、原型を保っている物は数少ない。


 その大地の上を郵便職員は歩き進める。大地に伏せる白骨化した死体や廃墟の建物に一切の目もくれず、あらかじめ目的地を決めていたかのように寄り道はしない。


それは郵便職員が生まれつき持つ能力、“霊感視”。何らかの理由で死亡してもそれを自覚できずに現世に幽霊として留まり続ける相手を探し見つけ、そして視ることができる。それが、郵便屋が死者へ宛てた手紙を届けることができる理由だ。


「――ここにおられましたか」


 葵から授かっていた写真と霊感視で捉えた幽霊を見比べて確認をした郵便職員は声をかけた。声をかけられた幽霊は咄嗟に振り返って、その手に持つ銃を構えて銃口を郵便職員に突き付けた。今にも引鉄を引きそうな勢いで指をかけているも、郵便職員は一切動じることなく鞄から手紙を取り出して男に差し出す。


「結城葵様からお手紙です」


「……葵からの手紙⁉」


 男は銃をその場に捨てて、差し出された手紙を受け取って封を開き、中身を取り出す。手紙には男にとって懐かしくも親しみのある愛しき人の文章が綴られていた。

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