第3話 『雪国からの手紙2』

 家主である結城葵が郵便屋の事を知ったのはインターネットの掲示板に流れていた噂からだ。誤情報が飛び交うネット世界で流れる突拍子もない噂。そこに信憑性などあるはずもないが、住所が記載されていることに加えて開店時間と曜日が指定されていたことが彼女の目に留まった。そこから詳しく調べてみればこの郵便屋が手紙を届けるの“死者”だけということを知った。


「死者に届ける手紙……」


 机に飾る写真立てを手に取る。写真にあるのは仲睦まじく肩を組んで笑顔を浮かべる男女。


 結城葵と恋人の増渕智樹だ。将来を約束するほどの間柄にまで発展していて、予定では一週間後に結婚式を挙げるはずだった。過去形なのは何も喧嘩別れしたわけではない。むしろそれだったらどれだけ楽だっただろうとすら考えてしまう。


 増渕智樹は戦死した。軍人としてとある国に治安部隊として派遣された増渕は激化する戦火の渦に呑み込まれてしまったのだ。


 結城葵に戦死の報せが届いたのは増渕智樹が派遣されてから僅か二週間後の事だった。それ以降の彼女は絶望に打ちひしがれて生きる活力を失い、怠惰な毎日を過ごす。日に日に細くなっていく姿に両親はもちろん、恋人の両親からも心配された。


 その心遣いが結城葵を目覚めさせた。最愛の息子を亡くした彼の両親も悲しいはずなのに乗り越えようとする姿を見せられて自分だけいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。


 こうして手紙を用意したのもいわば決意表明だ。自分を残して先に逝ってしまった心苦しさと申し訳なさに苛まれているであろう恋人に自分は大丈夫であることを伝えたい。その一心から筆を執って想いを書き留めた。


 手紙を入れた封筒を郵便職人に手渡す。


「どうかよろしくお願い致します」


「確かに受け取りました」


 結城葵から授かった手紙を鞄に仕舞う。


「ご安心を。必ず増渕智樹様の下へ届けさせていただきます」


 一礼をして、職員は宛先人である増渕智樹の下を目指して移動を開始した。

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