第2話 『雪国からの手紙』

 その男は戦場にいた。無数の銃弾が飛び交い、轟音と悲鳴が鳴り止まない。恐怖を誤魔化すように兵士たちは雄叫びをあげて自らを鼓舞する。昨日まで会話していた仲間が明日には姿を見せないことなんて日常茶飯事だ。


 次にいなくなるのは自分かもしれない。明日も見えない恐怖は決まって夜に訪れる。昼間にあった激戦が形を潜め、静寂の時間が支配することで恐怖はその濃度を深める。


 それは睡眠を妨げる。全身に圧し掛かる疲労感を少しでも和らげたいのに目蓋を下ろせば自分の死を鮮明にイメージしてしまうのだ。


 男も例外ではない。食事も喉が通らないほどの恐怖に苛まれる男は日に日にその身を削ったように細くなっていく。軽く叩くだけで壊れてしまいそうなほどに脆くなったのは何も体だけではない。


 一番ダメージを負うのは心だ。人を殺す。仲間の死を見る。そんな環境下で精神状態を正常に保つことなど難しい。それでも男がどうにか正常でいられるのは偏に故郷で待つ大切な人がいるからだ。


「……葵」


 胸ポケットから取り出した一枚の写真にうつる女性の名前を呼ぶ。故郷に置いてきた彼女。将来を約束した大切な花嫁。彼女の為に生きて帰る。ただその思いひとつで男はまた戦場に赴く。


                ◇


 郵便職員は雪道を歩いていた。白銀の大地を踏むたびに足が沈んでいく。長靴など意味を成さないほどに積もった雪が足に纏わりついて体を重くする。世界各地を仕事場とする職員でも苦労する悪環境だ。


「雪国や地方に住んでいる人を尊敬するよ」


 ノートに記載された住所と周囲を交互に確認していく。雪が積もっていない季節ならば目印もあって探索が捗るが、こう全方面が白銀の世界と化した現状では高い位置にある看板だけが目印だ。それでも迷わず確実に歩みを進めていけるのは長年の経験からくるものだろう。


「……あった。ここか」


 雪道を歩くこと数時間。目的地に到着した職員はインターホンを鳴らす。少しして一人の女性が姿を現した。


「はじめまして、郵便屋です。死者に宛てた手紙を受け取りにきました」


 職員は定例の挨拶を済ませた。

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