不思議な郵便屋
雨音雪兎
第1話 『不思議な郵便屋』
不思議な郵便屋がある。
開店するのは毎週金曜日の一回だけ。それも開店時間は昼の十二時から十三時の僅かな時間帯だけ。
店内にはあるのは受付と書かれたネームプレートが置かれた小さな木製の机。ネームプレートの隣には一冊のノートも置かれていて、傍には一本の鉛筆がペン立てに入れられている。
ノートを開くと名前の羅列が何ページにも渡って書かれている。
一人が書いた文字ではない。筆圧や文字の大きさ。少し癖のある文字もあれば見本のような丁寧な文字もある。解読に苦労しそうな達筆な文字もあれば殴り書きのような汚い文字もあった。
文字にはその人の本質を映す鏡だと言った誰かの言葉を思い出す。確かにこのノートに書かれた文字に同じものは何一つない。
名前が書かれた欄には住所も書かれている。来訪者は国内に留まらず、世界からも訪れていた。この郵便屋を知らない人が見れば誰もが首を傾げるだろう。
国境を超えてまでこの郵便屋に頼る必要があるのかと。
手紙を送るなら自国どころか地元でもいい。配達される日程を考慮したとしても、現代なら余程のトラブルがない限り数日で届くはずだ。
この郵便屋さんには他にも不思議な点がある。それは手紙や小包を投函するポストもなければ手続きしてくれる職員もいない。
無人の郵便屋。到底そこに需要があるとは思えない。そもそも名前と住所をノートに記入するシステムも理解しがたい。その行為に意味があるとは思えないからだ。
だがそんな無人の郵便屋にも決まった時間帯に職員が現れる。
曜日は土曜。時刻は夜中の二時。手にランプを持って現れた職員は机の上に置いてノートを照らす。壊れ物を扱うように記入された文字を指で優しく大切になぞっていく。
「今週は五人か……」
普段より少ない。それを喜ぶべきか悲しむべきか職員には分からない。それは郵便職員として関係のないことで考える必要がないからだ。
「さて、と。仕事を始めるとするか」
ノートを閉じて肩にかけた鞄に仕舞う。ランプの灯を消して入り口から外に出ると振り返り鍵を閉めて職員は建物を後にした。
ここは不思議な郵便屋。
請け負う郵便は【死者に宛てた手紙】になります。
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