第3話 女王様と寝室
なぜ人には肺が二つしかないのか。無限に空気を吸えない事に疑問を感じたのは初めてだ。
「深呼吸が過ぎるだろ!! 一切吐いてねえじゃねえか!!」
『エリサ様どうかご慈悲を! 今はこの甘やかな空気を堪能させてください!!』
「……こいつ、直接脳内に……!?」
長い髪は黄金の絹、瞳は海の宝玉。肩を出した白いドレスがよく似合うのはみんな知ってるエリサ様。若く美しい女王様、そしてちょろい。最高かな?
そんなエリサ様は誰かに呪われたらしく、ロバの耳が生えていた。マジ萌えパないが、僕のエリサ様を呪う不埒な輩を見つけ出して相応の報いを与えねばならない。
呪った犯人を見つけるため――という口実で寝室に突撃したはいいものの、早くも僕の肺が限界を迎えそう。
「息吐けってばー! 顔真っ青じゃねえか! あと気持ち部屋の空気が薄くなってるみたいなんだけど気のせいかなぁ!?」
「ぷはっ! エリサ様の寝室の香り、しかと細胞に刻み込みました!」
「刻み込んでんじゃねえよ気持ち悪ぃな!! さっさと捜査始めろよ!」
「突然ですが今回のオチ、私がベッドにダイブさせて頂きます」
「絶対させねえよ!! 本当にやったら死刑だぞ死刑!! あとその大量の瓶何だ? 捜査と関係あるのか?」
「……? 寝室の空気を閉じ込めているのですが?」
「はい割るー!」
「あーっ! それは困ります!」
まさかエリサ様、ガラス瓶を踏み割ろうとするとは。美しいおみ足に傷でも付こうものなら執事として自害ものだ。手早く瓶の蓋を閉め寝室の外に出す。
それにしても予想していた通り、実にファンシーな寝室。天蓋付きのクイーンサイズベッドにはハート型のクッションにかわいらしいクマのぬいぐるみ。全体的にピンク。まだサンタさんとか信じてそう。
「いいからさっさと調べろよ。余の寝室に入っといて何も見つかりませんでしたじゃすまねえんだからな」
「それではまず呪われた当時の状況を再現してみましょう。エリサ様はベッドでお眠りになられていたと聞いております」
「は? ベッドで寝ろっての? やだよ」
「私が代わりにベッドに入るかたちでもよろしいのですが? むしろそうさせて頂けますかありがとうございます」
「分かったよ入るよ!! 入ればいいんだろ!!」
ドレス姿でも迷いなくベッドに入るエリサ様。さすが王家。あとでシワになるとか一切考えない。
「はい入りました! これで何が分かるってんだよ」
「失礼ですがエリサ様、いつも目を開けたままお眠りになられているのですか?」
「んな訳ねえだろ!! 閉じてるよいつもは!!」
「では閉じて頂けますか。証拠を探すには忠実に状況を再現する必要がございますので」
「マジか? 嘘だったら絶対許さねえからな」
こんな分かりやすい嘘にも騙されてくれるエリサ様、さすがでございます。そして無防備にベッドで横になっている感じ、すごくいい。すごく……、いいです。
「ちなみに、事件当日はどんな夢を見ていらっしゃったのでしょうか」
「覚えてねえなぁ。朝起きたらロバ耳だぞ? 夢なんか忘れちゃったよ。つーかこれ捜査に関係ある?」
「ではよく見る夢を教えてください」
「よく見る夢なー。動物と遊んでる夢とか? つーかお前、ちょっと離れてない?」
「それはもっとそばに来て、という事でしょうか?」
「違ぇよ!! さっきより離れてないかって聞いてんだよ!」
「ベッドでお眠りあそばす女王様のそばに立つ訳にはいきません。それより、その夢の中に出てくる動物たちは話せるのでしょうか」
「話せるよ。夢の中だぞ、当たり前だろ」
何事も自分が基準。世間一般の基準に合わせるのはなく、基準の方が私に合わせろ。
さすがはエリサ様。僕は今日もエリサ様から多くを学んでおります。
それにしても白と薄ピンクが多いな。かたちはどれも同じ、見せる事なんか考えてないんだろう。
「つーかお前やっぱだんだん離れて……って何してんの――――――ッ!?」
「下着を! 漁っております!!」
思いの外早くバレてしまった。おそらくここにあるのは新品だ。使用済みはまだ探せてないのに。
顔を真っ赤にして全力で駆けてきたエリサ様に持っていたパンティをぶん盗られてしまった。まあ、一つはポケットに確保できたから構わない。
「お前もうやだーっ!! 死刑、死刑っ!!」
「お待ちくださいエリサ様! これには深い訳があるのです!」
「ある訳ねえだろ!! どんな理由がったら人の下着漁るんだよ!!」
「……………………」
「考えてから言え――――――ッ!!」
いやだって難しいよ。どうこじつけたって萌え耳捜査と下着漁りは結びつかない。
まったく、わがままな女王様だ。
「分かりました! では目が覚めたところから始めましょう。これならエリサ様も目を閉じませんし、私が下着を漁る事もありません」
「余が目閉じたらお前下着漁るの!? どういう理屈してんだよ!」
「とにかくほら、早くベッドにお戻りください。このままでは捜査が進みません」
「お前次どっか漁ったらマジで死刑だからな! 本気だからな!」
そうは言いつつベッドに潜り込んでくれるエリサ様。さすがです。
「それでは捜査を進めたいと思います。エリサ様は動物たちとどんな話をするのでしょうか」
「森でドングリ見つけたよー、とか一緒にサンドイッチ食べたりとか? つーかこれ捜査関係ある?」
「ドチャクソかわいいですね。もちろん関係あります。呪われた夜には悪夢を見ていた可能性もありますので」
「……おう。でも別に変な夢は見てなかったと思う。覚えてないけど」
「ちなみに私が夢に出てくる事はあるのでしょうか」
「………………ない」
「嘘はいけません。夢の中で私とエリサ様はどんなシチュでイチャコラしているのでしょうか」
「イチャコラしてねえ――――――ッ!!」
まったくもう照れて照れて。かわいいんだからもう。
「エリサ様、内容を思い出して興奮するのはまた別の機会にお願いします。ちなみに私の夢には頻繁にエリサ様がおいでになられる訳ですが、夢の中のエリサ様はえっ、そんな下着あるんですか!? という――」
「言うな――――――ッ!! 死刑っ、死刑っ!!」
「しかし現実は思ったより子供っぽい下着でございました」
「おいっ! 掘り返してんじゃねえ!! 言うなよ! 誰にも言うなよ!!」
「もっとも私はそれはそれでアリ、でございます」
「もうやだーっ! 誰かーっ! 助けてーっ!!」
しまった、またギリギリのラインを超えてしまったか。仕方ない、適当にごまかそう。
「しっ! 人を呼ぶのはいけません。考えてください、ここは寝室ですよ? メイドなんかが来て私と二人でいるところを見られたら大変です。盛大に勘違いされておもしろ半分で尾ひれ背びれ付いて噂になります。それでもよいのですか」
「………………それは困る!」
「そうですよね。では捜査を続けましょう」
「……あれ? おお、おう」
うーんちょろい。ちょろ過ぎて不安になる。
「エリサ様は起きたらまず何をなさいますか」
「えっ、何だろ。急に言われると分かんない。えーっとね、多分鏡見てる鏡。そこのやつ」
「では再現してみましょう」
「んっ? やるの? 余が?」
「私がやってもよろしいのですが、その場合一度ベッドに潜り込む事になります。しかしながら冒頭でこの話のオチはベッドにダイブと宣言おりますので、つまりオチまではベッドに入れません」
「ごめん何言ってるか全然分かんない」
「とにかくエリサ様に再現して頂くしかないのです」
「しゃーねーなー」
言いつつエリサ様は身体を起こし、うーんと伸びをした。それから大きな窓に目を遣り、かわいらしい笑顔を浮かべて言う。
「おはよう、小鳥さん」
「えっ、それマジでやってるんですか?」
「は? 何かおかしいかよ。忠実に再現してやってんだろ」
これが起き抜けのエリサ様の普通……本当にこんな優雅な生活やってるのか……。
明日にでも外から眺めてみよう。
「すみません、ありがとうございました。では続きをお願いします」
「今何でありがとって言った? ……まぁいいや。ベッドから下りるだろ、で、鏡の前に立つと」
「つかぬ事をお伺いしたいのですが、どうして鏡の前に立つのでしょうか?」
「何で? 考えた事なかったなぁ。メイドが来る前に髪とか整えてるかも。すぐ風呂入るからざっくりだけど」
「私も一緒にお風呂よろしいですか」
「よろしい訳ねえだろ! どさくさ紛れに何言ってんだお前!」
「つい心の声が漏れてしまいました。で、鏡を見ると萌え耳が生えていたと」
「萌え耳って言うなっつってんだろ! ロバ耳だロバ耳! しっかしやっぱ生えてるなぁ。で? 何か分かった?」
「……? 何か、とは?」
この状況で分かる事といえばエリサ様マジかわってだけなのだが。そう言ってほしいのだろうか。
「いや、お前余を呪ったやつの捜査に来たんだろうが」
「……………………?」
「体裁忘れてんじゃねえ――――――ッ!!」
「失礼ですがエリサ様! まさか私が本当に捜査のために寝室に突撃したと思われていたのですか!?」
「はぁ――――――っ!? じゃあお前何しにきたんだよ!!」
「甘い空気を満喫したり下着漁ったりするためでございます!!」
「出てけーっ!! もうもうやだやだほんと無理っ! 死刑、死刑ーっ!!」
「どうせ死刑になるのならベッドにダイブさせていただきます! とうっ!」
ぽふん、と甘い香り漂うベッドにダイブした時、エリサ様が大声で泣き始めた。
という訳で次回、僕、死刑。乞うご期待。
女王様と執事様! ~女王様の耳はロバの耳~ アキラシンヤ @akirashinya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます