第2話 女王様と捜査

 僕が仕える若く美しい女王様、エリサ様。

 下ろした長い髪は黄金の絹、大きな青い瞳は海の宝玉。肩を出した白いドレスなんですが、実は僕が仕立て屋に金を握らせました。グッジョブ僕。ちなみに経費で落とした。

 しかし、エリサ様にはロバの耳が生えていた。どうやら誰かの呪いらしいが、すぐに犯人を突き止めるつもりはない。まずは存分に楽しまないと。

 今しかできない事がある。そんな訳でまたエリサ様の座る玉座の隣だ。


「エリサ様。その萌え耳なのですが、呪ってくる相手に心当たりはないのですか?」

「萌え耳!? 勝手に萌えてんじゃねえよ余の身にもなってみろ!」

「なれるものならなってみたいですね! なれたらすぐおっぱい揉みます! すぐです!」

「気持ち悪ぃやつだなおい! 本人の前でそういう事言うんじゃねえよ!」

「ではエリサ様は一私と身体が入れ替わったらまず何をなさいますか」

「腹を切る!!」


 聞きましたか即答です。

 これは、何度か私と身体が入れ替わった時の事を妄想していたという事ですね。


「きゃっ、大変! これってエリックの身体じゃない! どっ、どうしよう……? えっと、恥ずかしいけど、やっぱりおちんちん見てみ――」

「黙れ――――――ッ!!」

「どうされましたエリサ様、急に大声を出されて」

「妄想が口に出てんだよ! あと何で余目線なんだよ! まずチンポ見る事にしてんじゃねえよ!!」

「おや、エリサ様はチンポ派でしたか」

「女王に向かって堂々と下ネタブチかましてんじゃねえよ! ドン引きだからなさっきから!!」


 おっと危ない。どうやらギリギリのラインを少し超えてしまったようです。修正しましょう。


「きゃっ、大変! これってエリックの身体じゃない! どっ、どうしよう……? えっと、恥ずかしいけど、やっぱりおチンポ見――」

「そういう事じゃねえ――――――ッ!!」


 頭を振り乱すエリサ様もお美しい。

 絹のような髪が揺れて漂うこの芳香、永久保存できないものか。


「話を戻しましょう。エリサ様、普通のお耳はどうされたのですか?」

「そんな話してたか……? まぁいいや、普通だ普通」

「普通とは? これはケモナーの中でも激しく意見の分かれるところですので、慎重な発言をお願いします」

「うん、余が悪かった。人間の耳は残ってるよ。それが普通かどうかは知らねえけど余の場合は残ってました」

「慎重なご判断ありがとうございます。では人間の耳は残っていると。よろしければお見せいただけますか」

「やだよ。何でお前に見せなきゃいけねえんだよ」

「照れちゃってかわいいんだからっ」

「てっ、照れてねえよバーカ! いいよ見せればいいんだろ!?」


 まったくもう照れて照れて。こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃないか。

 甘酸っぱい空気を楽しんでいると、エリサ様は嫌そうな顔で髪をかき上げて耳に掛け、小ぶりな耳を見せてくれた。


「うわっ、かわいい……」

「普通だ普通! 大体耳なんてそんな変わんねえだろ!」

「失礼ですがエリサ様! ご自身が萌え耳なのをお忘れでは!?」

「萌え耳って言うなつってんだろ何回も言わせんな!!」

「失礼ですがエリサ様。言うなとご命令された事は一度たりともございません」

「じゃあ萌え耳って言うなはい今言った! 面倒くせえやつだなお前!」

「やはり耳に髪を掛ける仕草っていいですよねぇ」

「あーもー! 誰かこいつ何とかしてーっ!」


 おっと。この流れはいけない。僕とエリサ様のあいだに邪魔者が入ってしまう。


「話を更に戻しましょう。呪ってくる相手に心当たりはないのでしょうか」

「そんなのある訳ねえだろ。余だぞ」

「しかしながらエリサ様も一国の主、知らぬあいだに誰かの恨みを買っている可能性もございます」

「ねえったらねえよ。何? 余、何か悪い事した?」

「そのお美しさ、罪作りでございます。大罪にございます」

「面倒くせえ流れだなおい。そういうのいらねえっての」

「しかし、逆恨みされている可能性はあり得るのでは? エリサ様の美貌を知らぬ者などおりませんし」

「あー、なるほどね。あるかも。でもその線だと犯人探すの難しくない? 国民の半分が容疑者じゃない?」

「最も美しいのは自分だと疑わない姿勢、さすがでございます」


 決してエリサ様の過剰評価ではない。事実としてエリサ様より美しい女性はこの国にいない。部下に随時探させているから間違いない。

 しかし、犯人はこの中にいる! と女性国民全員に布告するとしたら少しばかり規模が広い。犯人は男かもしれないしよその国の者かもしれない。

 それに、もしかしたら。


「ロバから恨みを買っている可能性も考えられますね」

「は!? ねえだろ!! 何きっかけでロバに恨まれるんだよ!」

「最近ロバを虐待したとか」

「してねぇし。つーかうちの国ロバいんの? 実物見た事ないんだけど」

「………………」

「おい、何で黙るんだよ。何か言えよ」

「……いえ、まさか自国の畜産状況までご存じないのは想定外でしたので」

「別にいいだろ!! 余、政治ノータッチだし!」


 仰る通り、エリサ様は国政に関与していない。これは国民の誰もが知るところで、何であればよその国でも広く知られている。

 言うなれば完全にお飾りな訳だが、僕はそれでいいと思っている。エリサ様がお美しいから移住してくる者までいる訳だし、お飾りとして最大限の効果は発揮している。

 アクセサリに実用性を求める必要があるだろうか。いや、ない。

 むしろRPGにおけるアクセサリ枠よろしくバフ効果は絶大だ。


「そうした点で言えば政策における恨みの線はないと考えられますね。仮にその場合、まず恨まれるのは私という事になりますし」

「は? 何でまずお前なんだよ。政策打ち出してる家臣だろ普通」

「私もその一人ですが」

「は?? いやいや、お前執事だろ。大臣でも何でもねえだろ」

「実は部下が考えた政策に最終的なゴーサインを出すのは私でございまして。つまるところ国の政策を決めているのは私でございます。あれ、言ってませんでしたっけ?」

「聞いてねぇ――――――ッ!!」


 エリサ様、僕は心配です。

 ツッコミに声を張り過ぎて喉を傷めてしまうのではないかと。


「え、何で何で!? つーかいつから!? お前国の最高責任者じゃん!!」

「最高責任者はあくまでエリサ様ですが、いつからといえばエリサ様が戴冠したその時からでございます。理由はごにょごにょですが」

「ごにょごにょすんなよ! 一番大事なとこだろうが!」

「細かい事はいいじゃないですか。そういえば以前の眼鏡女子軽減税率は失敗しましたね。いささか趣味に走り過ぎました」

「お前そんな政策出してたのかよ!! 余の国で余計な事すんなよ!」

「だって眼鏡女子いいじゃないですか。掛けてるだけでかわいさ五割増しですよ?」

「お前のフェチで国動かしてんじゃねーよ!! 他に余計な事してねえだろうな!?」

「貨幣と硬貨をすべてエリサ様の肖像画に変更したのも私ですね」

「あ、それはいい。お前いい仕事するじゃん」


 適当に持ち上げておけばすべて許してくれるエリサ様。お心の広さ、まるで宇宙。


「そんな事より早く犯人捕まえてこいよ。呪い解かせた上で死刑だ死刑」

「そうしたいのもやまやまですが、未だ容疑者の絞り込みが進んでおりません」

「じゃあ早く絞り込めよ。ちゃちゃっと片付けないとお前も死刑だぞ」


 うーん、さすがはエリサ様。この国に死刑制度がないのもご存じない。国政に参加させないで本当によかった。


「では、もう少しエリサ様から情報を頂く必要がございます。萌え耳が生えている事に気付いたのはいつ頃でしょうか?」

「はい萌え耳って言ったー! 言うなって言ったのに言ったー!」

「そういうのいいですから。具体的にいつなんですか」

「えっ? あっはい。……三か月ぐらい前かな? 朝起きたら何か生えててさー、引っ張ったら痛いんだよ。マジビビった」

「私も引っ張ってみてよろしいでしょうか」

「いい訳ねえだろ!! それ捜査と関係ねえだろ!!」


 この流れならイケると思ったんだが。見通しが甘かったか。

 だがいつかは触るし引っ張る。甘噛みするしペロペロ舐める。絶対にだ。


「なるほど。では事件は寝室で起きたと」

「うん? まあそうなるのかな。寝る前は生えてなかったし。つーかそこ重要?」

「もちろんでございます。現場百回、某国における捜査の基本でございます。という訳でさっそく寝室に向かいましょう」

「は?? 男を寝室に入れる訳ねえだろ! 余の寝室は聖域だぞ聖域!!」

「存じ上げております! ではメイドに任せるしかございませんが、そうなるとそのかわいらしい萌えるしかないお耳について打ち明けなければいけません」

「長ったらしいわ!! ロバ耳でいいだろロバ耳で!!」

「メイドなんかが知ったらあーっという間に広まりますよ! あいつらめちゃくちゃ口軽いですからね! びっくりするわ!」

「えっ、何? お前メイドと何かあったの?」


 しまった、口が滑った。僕の話にエリサ様が身を乗り出してくれるのは嬉しいが、とても話して聞かせられる内容じゃない。


「とにかく、メイドは口が軽いのでございます。私が行くしかないのです」

「いや流すなよ。メイドと何があったんだよ」

「それではさっそく参りましょう!」

「ちょ、お前勝手に行くなよ!! あとメイドの話教えろよ!!」


 という訳で次回、エリサ様の寝室からお送り致します。

 ……ワクワクが止まらねぇな!!

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