後編 異世界勇者、武術大会で無双する

 その後、ショウタはノヴァの後について森を抜けた。その最中、ショウタはすぐに疲れて休もうとするのでノヴァはそのたびに足を止め、敵が近づいていないか警戒する必要があった。ショウタは座り込むと毎回、この体が世界に馴染んでいないとか、スキルが体に慣れていないからだろうとか言ったが、ノヴァにとっては意味不明な文字列としか感じられず、彼女の彼を見る目は徐々に精神に変調をきたした者と距離をとるそれに変わっていった。それでもなおショウタを見放さないノヴァの高邁な精神に、リゼはあとで必ず、世界の管理者的な力を存分にふるって彼女へ埋め合わせをしようと心の底で決意した。


 ともあれノヴァとショウタは無事、街へと辿り着いた。この国の首都であり、頑強な石造りの建物が果てしなく続く大きな街である。広い道には多くの人々が押し寄せ商売をする喧騒が一面に響く。街を行く人はみなショウタの服装を不審そうに見つめ、距離を取って通り過ぎていく。


「ノヴァ、とりあえずこの国の王様ってやつに会いたい」

「お前のような素性の知れぬ者を会わせるわけがないだろう」

 相変わらず偉そうなショウタだった。「仮に素性が明白でも絶対に会わせないと思うけど」とリゼのツッコミが飛ぶが聞こえはしない。


 ここでついに、ノヴァの博愛は尽き果てた。彼女はショウタを旅の冒険者たちが集うギルドへと案内すると逃げるように去っていった。ショウタは彼女の背を見送りながらやれやれと呟く。

 彼が案内されたギルドは、酒場を兼ねた大きな建物だった。ここで冒険者たちが仲間を募り、情報を交換したり仕事を請け負うのだ。中にいる人たちは冒険者とあってみな荒っぽく、体に傷があるのは当たり前、中には眼帯をしている者、腕や足が片方ない者もいて冒険の過酷さを思わせる。そんな真っただ中に、色白で外に出ることにも慣れていなさそうなショウタが現れ、厳しい視線が一斉に注がれた。

 流石のショウタも厳つい男たちの注目を一身に浴びると身じろぎする。


「おいおい、誰だこんなところにガキを連れてきた奴は! ベビーシッターが見つからなかったのか?」

「さぁ大勇者ショウタ第二の試練、荒くれ者の集う冒険者ギルドでのコミュニケーションです」

「べたな展開には、思わず相手の冒険者のセリフもありがちになってしまうのね」


 半裸で岩のような筋肉を見せつける冒険者が、立ち上がって声をあげる。それを合図に、周りにいた冒険者もショウタへ寄って来てじろじろと彼を眺めた。ショウタはしばらく黙って彼らを見つめていたが、やがて腕を組んで口を開いた。


「お前らじゃ話にならん。一番強いのを出せ」

「でっ、でたぁ! なぜかめっちゃ態度がでかい! さっき小鬼にも勝てなかったのにそれよりも五倍くらい大きい男たちにこの自信だぁ!」

「ていうかこいつ、腕を組む以外のアクションが起こせないの?」


 いい加減チート能力なんてないことに気づき始めたか? と企画の進行に不安に感じていたアンとリゼは拳を握り締めて色めき立った。二人とも思わず椅子から立ち上がる。大上段に挑発された冒険者たちは、わずかに間があってからお互いに顔を見合わせて大笑いした。


「マジかよこいつ! 長いことギルドにいるがこんなこと言う奴初めて見たぞ!」

「いい笑い話ができたな!」


 よほどツボに入ったのか、冒険者たちは一向に笑いをおさめる気配がない。そんな彼らをショウタはじっと睨みつけ、ゆっくりと手を腰の剣へと伸ばしていた。冒険者たちはショウタの動きに気づいていない。


「おお? これは……」

「出たよ異世界あるある、転生者を舐める人たちへ剣を寸止めして実力をわからせる的な展開が!」

「そんなによくあるかな、その展開……」


 襲い掛かるにしてはいささか長すぎる時間が経ち、ようやくショウタの右手が剣の柄に触れた。手が開き、柄を握り締めると同時に腕を伸ばして剣を抜き去る。銀色の閃光が飛び、冒険者の首筋へ刃が迫る。

 かと思われたが。


「なっ……」

 剣の先が鞘に引っかかって止まった。

 剣術に不慣れな彼では、素早く鞘から剣を抜き放つことなど夢のまた夢だった。


「あぁっ! 一番かっこ悪いやつ!」

「腕が短いっ! ってアン、大丈夫っ?」

 お腹を抱えて大笑いするアンが、体を反らした拍子に椅子ごと後ろへひっくり返ってしまった。リゼは慌ててアンを起こそうとするが、当のアンは気にせずにじたばたして笑い続けている。

 そして冒険者たちも笑い転げ、ついには膝をついてしまう。


「はっはっはっはっは! やべぇ腹が痛い! 笑い死にさせる気かよ!」

「わはははっ! ある意味最強だぁっ! 死にそうっ!」

 笑いに包まれ収集のつかなくなるギルド。そんな冒険者の山の中から、一人の荒くれ者が姿を現した。

 荒くれ者と言っても、その人は女性だった。ぼさついた真っ赤な髪を一つ結びにしていて、端正な顔を横切るように大きな傷が走っている。革の鎧に押し込められた体はノヴァよりもさらに筋肉質で、ギルドにいる男の冒険者たちと争っても負けない迫力があった。


「イースの姉貴」

 女性に気付いた男の一人が声を上げる。彼女が現れると大笑いしていた冒険者も笑うのをやめて注意を向ける。ギルドはあっという間に静寂を取り戻した。

 イースがショウタに対峙する。


「なるほど。剣を抜かずにこいつら全員倒したってわけかい」

「出た! 謎解釈で主人公への期待値が最初からマックスな人!」

「あるあるなのかわからないけど、こいつに都合のいいキャラなのはよくわかる」

「気に入ったよ!」

「しかし、姉貴……」


 アンとリゼの合いの手の間にも話が進んでいく。ギルドの男たちはイースの言葉にどよめき、一方ショウタは剣から手を放して彼女へ向き直った。

「お前をギルドへ入れてやってもいい。そうすればこの国での冒険には困らないだろう」

「冒険? そんなもんに興味はない。俺は魔王を倒せれば十分だ」

「だからなんでこいつはそんなに偉そうなんだよ。イースさんめっちゃいい人なのに」


 イースはしかし、ショウタの無礼な態度よりも「魔王」という言葉が気になったように眉をひそめた。

「魔王? あぁきっとあれだな。この国から船でしばらく行ったところにある島に住むという、伝説の竜種。別名魔王と呼ばれ、その島へ向かって帰った者はいないという」

「この人、意味不明な言葉をめっちゃ都合よく解釈してくれるじゃん」

 とはいえ、話を進めるのに都合のいいキャラクターであることはリゼにとってもショウタにとっても同じだった。ショウタはすぐさま「どうやったらその島へ行ける?」と問いただす。


 イースは笑って言った。

「港に止まってるでかい船の船長に頼めばいいが……どこの馬の骨ともわからない奴を乗せて危険な島へ行こうっていう馬鹿はいないよ。船長を説得するにはそれなりの実績や名声が必要だ。口八丁で難局を乗り切る気概もいいが、竜に言葉は通じないからね。わかりやすくお前の強さを示す必要がある。そのためには……」

「そのためには?」

「明後日王宮で開かれる、武術大会で優勝すればいい」


「わーほんと都合のいい展開だなー。アン、世界に手を加えてないよね?」

「もちろん。都合のいい世界を探すことはしたけど、さすがに直に細工をしてはないよ。これはショウタの『主人公力』がなせる業だね!」

 リゼはアンが素早く視線を逸らしたのを見逃さなかった。とはいえ、既に手を入れられてしまった世界を元に戻すことはできない。さほどの影響もないだろうと高をくくって、リゼは時間を明後日まで早回しにした。

 二人のいる空間には時間の概念が希薄なので、世界を先へ素早く進めることができるのだ。戻すことはできないけど。



 そういうわけで、武術大会である。これは王国全土から有名無名問わず強い戦士を集めて軍や冒険者ギルドがスカウトするための大会であり、優勝者には王国最強の戦士としての称号が与えられる。ちなみに、この大会では国王親衛隊の隊長であるゾルダーが十年連続で優勝している。


「俺の最初の相手は……ゾルダー? 誰だ?」

「詰んだ」

 ショウタの『主人公力』とやらもここまでだったかとリゼは思った。一方のアンは、

「すごい! 一回戦から優勝候補と当たるなんてベタな展開!」

 と大喜びだった。


「ねえアン。これってあれだよね? この大会でコテンパンにやられたショウタが一念発起して修行して、来年リベンジするみたいな」

「この大会殺戮もありだよ」

「あぁ死ぬわあいつ」


 スカウト目的の大会で殺しもありってどうなんだろうかとリゼは思ったが、それはこの世界の人たちの考え方なのでそっとしておくことにした。それに過去の記録を見る限り、ゾルダーは実に紳士的な人物でどんな相手も殺していない。多分大丈夫だろう。


 画面を見ると、コロシアムの会場でちょうどショウタとゾルダーが向かい合っているところだった。もうすぐ戦いが始まる。

「君がショウタという男か」

 銀色の髪を短く切りそろえた男が、厳しい視線をショウタに向けている。髪色と合わせるように銀色の鎧を身にまとい、細身の騎士剣をすでに鞘から引き抜いている。画面越しにその姿を見るリゼには、ゾルダーが気迫だけで相手を死に至らしめそうなほど殺気を放っていることに気付いた。


「そうだ」

 一方のショウタは、そんなことにも全く気付かず腕を組んでゾルダーの顔を見上げていた。強心臓もここまでくると立派である。

「では……お前を殺そう」

「なんで!」

 声を上げたのはもちろんリゼである。ショウタは腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべる。


「できるのか? お前に?」

「おぉ勇者ショウタ。強気!」

「だからなんでこいつはこんなに自信満々なの……修行でもしたの?」

「いや全然」


「お前、ノヴァという女性を知っているな?」

「あぁ。あいつがどうした」

「彼女は私の婚約者だ。親切にもお前を救ったノヴァを、お前は蔑ろにした。彼女への侮辱は私への侮辱と知れ! 死をもって償うがいい!」

「やっと常識的な反応が……」


 普段のリゼなら、さすがに殺すのはやりすぎだなどとツッコミを入れるところだったが、ショウタの度重なる振る舞いに辟易していた彼女はすっかりゾルダーの肩を持つ気になっていた。

 真ん中に立っていたレフェリーが割って入り、二人を引き離す。両者は離れて剣を構え、互いに相手を睨みつけた。戦いの予感に天まで届くほどの高さにまで設置された観客席から声援が降り注ぐ。


「やれー!」

「殺せー!」

「できるだけ無残にだ! 血を見せろ!」

 観客の罵声に混ざって、リゼが可愛らしい声で物騒なことを言う。

「リゼ、けっこう楽しんでるよね?」


「はじめ!」

 ともあれ、試合開始の号令がかけられた。ショウタは真っすぐ、何の小細工もなしにゾルダーへ突っ込んでいく。ゾルダーはその動きをみると剣を自分の背後へ隠すように構え、素早く前へ振り抜いた。

 剣が一瞬だけ青く輝き、きらめきが帯になってショウタへ飛来した。空飛ぶ斬撃が迫る。

 ショウタの胴が二つに別れて跳ね上がった。


「「あっ死んだ」」

 アンとリゼが同時に声を上げる。そのときにはもう決着はついていた。闘技場の砂はショウタの不健康な血を吸って黒く染まっていく。ゾルダーは剣を納めると無感動な顔でさっさと闘技場を後にした。


「……おしまいかぁ」

「三日もたなかったね」

 映像が消され、テーブルの黒い天板が姿を現す。暇つぶしがあっさり終わってしまったアンとリゼは、二人とも椅子の背もたれに体重をかけて天井を見つめた。


「……さて」

「仕事に戻ろ……ん?」

 真っ白な部屋にけたたましいアラームが鳴り響き、一面が赤に塗りつぶされた。リゼががばりと起き上がる。


「やばいっ。なんか『存在』が勝手に世界を転生したんだ! アンが変なことするから!」

「リゼだって賛成してたじゃん! やばっ……どうしよう……」

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