転生者にチート能力があると勘違いさせて放り投げたら一週間持たない説

新橋九段

前編 平凡な中年だった俺が異世界に転生したわけ

「ねーリゼ、お仕事の調子はどう?」

「退屈よ、アン。あっちの世界からこっちの世界に人を流すだけの私の仕事に、調子がいいも悪いもある?」


 眩暈がするほど真っ白な部屋。中心には対照的に真っ黒で重厚なテーブル。それを挟んで二人の少女が向かい合い座っていた。彼女たちはいずれも色素の薄い金髪と蒼い目を持っている。違うのは、リゼと呼ばれた少女が腰まで伸びる長髪で、アンのほうが毛先の跳ねっかえる短髪であるということくらい。

 リゼのぶっきらぼうな答えに、アンが床に届いていない足をバタつかせる。部屋に溶け込むように白いワンピースの丈が蹴飛ばされて揺らめく。アンは不満そうに口を尖らせた。


「でも最近仕事多いよねー、ブラック企業ってやつだよ」

「しょうがない。私たちが担当してる地球は前任者がバカやったせいで『存在』が過剰になってる。ほかの世界に急いで振り分けないと壊れちゃうから……ブラック企業って?」

「地球の日本で流行ってる言葉だよ。すごく大変な仕事ってこと」

「そうでもない。めんどくさいだけ」


 体を左右に振って落ち着きがないアンとは反対に、リゼの反応は淡々としていた。彼女の神経は目の前にいる双子の姉ではなく、テーブルに映し出された様々な世界の映像のほうに集中しているからだ。

 二人の仕事は、担当する世界の『存在』の量的バランスを保つことだった。場合によっては生きている人間をほかの世界に『転生』させることで調整をする。


「転生は最後の手段! だったから最初はドキドキしたんだけどね。こう何度もしちゃうと新鮮味も薄れるよね」

「最後の手段といっても、やることは死人の輪廻と変わらないから。違うのは転生者に説明しないといけないくらい」


 リゼはそう言って、部屋の片隅へ視線を向けた。そこにはテーブルと同じように真っ黒で重々しい椅子が一脚だけ設置されている。「転生」の際には、まずその椅子に転生者を呼び出して事情をあれこれ説明する手筈になっている……のだが、最近はもう面倒だし時間がないので、説明を割愛して転生先の世界へすっ飛ばすのが常態化していた。


「そうだ! いい遊び思いついた!」

「遊び?」

 楽しそうなアンへ、リゼが警戒するような顔になる。妹は姉の思いつきに振り回されるのが常になっていたのだ。

 そんなリゼの不安を知ってか知らずが、アンは饒舌に説明を開始する。


「リゼは知ってる? 地球の日本ってところではいま、異世界転生ものが流行りなんだよ。しかも『チート能力』ってやつをもらって転生する物語がね」

「『チート能力』? そういえば前、日本の中年男性を転生させるときにその言葉を連呼されたけど、いったい?」

「『チート能力』があると、どんな敵にも勝てたりどんな異性にもモテモテになったりするんだよ。みんな異世界転生するとそれがもらえると思ってるんだよ」


 リゼはため息をついた。意味不明だった言葉が、思いのほかくだらないものだった落胆である。世界の崩壊を防ぐため、例外的にそうした能力を与えてから転生させる事例は確かにあった。邪悪な竜によって滅びかかっている世界に転生させる者に、竜に対してなら無敵になれる能力を与えるように。

 だがそれはあくまで選ばれた人間になされる措置である。にもかかわらず、リゼがいままでに経験した、『チート能力』なるものを要求してきて人たち(なぜか男ばかり)は、みな何の取り柄もない有象無象、脇役にもなれないモブたちだった。

 もっとも、特別な能力を持つ者、『存在』の大きな者を別の世界に送ってしまうと、あっさり世界のバランスが崩壊してしまうので、転生者がモブばかりになるのは当然なのだが。


「なぜそんな特別な能力を、自分に与えられると思い込めるの」

「さぁ。でも面白そうじゃない? こいつら使って遊ぼうよ」

「どうやって?」

「ほら、こいつら『チート能力』が欲しくてたまらないわけじゃない? だからあげるふりしてそのまま異世界に放り出すの。異世界転生ものでは『チート能力』を得た人が偉そうに活躍するのがよくある流れみたいだから、きっと面白いことになる」

「なんでもできると思っているけど、実際には何もできない……」


 アンの屈託のない笑いに、リゼもつられていた。悪戯の後始末はいつも面倒だけど、あの無礼な人たちが右往左往して困り果てる姿を見られるなら面倒を引き受けても構わないという気になっていた。なんだかんだ言っても、アンの妹である。


「じゃあ早速呼び出すよ。それ!」

 アンが高らかに宣言した。



「さぁ始まりました! 第一回異世界転生者にチート能力授けるふりして放置したらどうなるの!? 実況はワタクシ、アン。解説は転生一筋三十五年のリゼさんに起こしていただいています」

「年齢ばれるからやめて」

 二人はテーブルのそばに並んで座り、映像を見ていた。テーブルには森の真っただ中に転がる小太りの男が映し出されている。


「今回の選手は東京都にお住いの加藤ショウタさん三十八歳。異世界転生ものの小説を五十冊以上所有する生粋のマニアです」

「お金の無駄」

「早速話しかけてみましょう。あ、リゼは余計で辛辣なこと言いそうだから黙っててね。もしもーし」


 アンが口元に手を当て、テーブルに向って呼びかける。そうすると、ショウタへ声が届いたのか彼は立ち上がって空を見上げた。彼の服装はチェックのシャツにジーパンという、転生先の世界とは当然ちぐはぐなものだった。


「ショウタさん。私はあなたを転生させた天使的なサムシングです。あなたはこの世界の魔王を倒すために転生させられました」

「アン。この世界には魔王はいない。それどころか悪政を敷く愚かな政治家すらいない」

「リゼは黙ってて」


 都合のいいことにリゼの言葉はショウタには届いていない。魔王、という言葉にショウタは反応し、腕組をした。

「つまり俺は、その魔王を倒せばいいのか?」

「さっきそう言ったじゃん」

「リゼは黙ってったら。そうですよー、あなたに魔王を倒してほしいんですよー」

「でもどうやってだ? 俺は普通の中年男だぞ?」

「能力は平均を大きく下回ってますけどね」


 リゼはテーブルの隅を指でなぞり、別の画面を表示させる。それはショウタの、地球における能力評価表だった。彼女の言う通りショウタの能力はおおむね平均以下で、運動もダメ、勉強もダメというありさまだった。

 アンはリゼのボヤキを無視して、明るく続けた。


「心配ご無用! あなたにはチート級の能力を授けましょう! 具体的には全ての武器の熟練度をマックスにして、どんな女性にも好かれるチャームスキルも最大で差し上げます」

「なんでゲーム風の表現に?」

「そういう決まりなんだよ、異世界転生ものでは」


 ショウタは腕組をしたまま、短く唸った。そして腰へ手を当てるように動くと天を見据えていった。

「武器もくれよ。腕に見合う武器がないと魔王は倒せないだろ」

「図々しいなこいつ」

「しょうがない……はい、伝説の双剣ですよー」

「なんで双剣?」

「主人公は双剣って決まりなんだよ。ともあれこれでスタートだね」


 アンの号令が聞こえたわけではないだろうが、ショウタはそのタイミングで森を歩みだした。当然森なので案内板もなければ道もなく、どこへ向かえばいいかの検討などつかないはずだが彼の歩みには一切の迷いがない。


「それでは早速、第一の異世界あるあるです」

「趣旨変わってない?」


 アンが画面に表示されていたボタンを押すと、ショウタのいる世界に女性の叫び声が響いた。彼の耳にはばっちり届き、その方向へと駆け出していく。

 ショウタがたどり着いたのは森の開けたところだった。巨木が空間の中心に鎮座し、地を這う根は太く足元はでこぼこにうねっている。その空間に緑色の肌をした小鬼が三匹、ショウタへ向かい合うように群がって棍棒を構えていた。小鬼は正面に鎧を着た女性を見据え、じりじりと間合いをはかっている。女性は真っすぐ伸ばした金髪に碧い瞳の美人だ。


「これは?」

「おっとチート勇者ショウタ、さっそく小鬼に襲われている姫騎士を発見しました。彼女はノヴァ、この森を領土に治める王国の貴族です」


 アンがおどけて言っている間に、ショウタは早くも腰の双剣を抜いて女性へと駆け寄っていた。威勢よくノヴァの前へ出て、小鬼たちを威嚇する。


「大丈夫か、あんた。下がってろ。ここは俺に任せな」

「早速出ました! 何もできないくせにやる気だけは人一倍! しかもなぜか口調が未熟な若者風!」

「突然現れたおっさんにノヴァも唖然としてるわ」


 リゼの言う通り、ノヴァは突如として自分の前に出現した、珍妙な姿の中年男性に戸惑い口を開けたまま硬直していた。彼女はちょっとずつ小鬼からもショウタからも距離を取り、剣を構えて様子見に入る。ショウタはその動きを自分の指示に従ったものだと解釈したのか満足げな笑みを浮かべた。

 小鬼が先に動く。三匹のうち一番小さい小鬼が、棍棒を持った腕をぐるぐると振り回しながらショウタへと接近する。小柄なので歩幅は狭く、近づいてくるまでに間があった。ショウタは両手に握った双剣を高々と掲げ、目の前で交差させるように力いっぱい振り下ろした。


「攻撃方法までダサい」


 リゼの辛辣な合いの手から一拍遅れて、剣が固いものにぶつかる音が森に響いた。小鬼の死体が地面に転がる……のではなく、代わりに吹き飛ばされた双剣が宙に舞った。小鬼が双剣を迎撃すべく棍棒を振り上げ、自分に迫る剣を跳ねたのだ。矮躯の小鬼とはいえ人を襲うことで食ってきた魔物、武器を振るう力は並大抵ではなかった。一方のショウタはただの運動不足。片手で金属の塊をしっかりと握りしめ振り回すなんて到底無理な話だった。


「ぐあぁ……」

 ショウタは呻くと、剣を手放した手を振った。武器が交錯した衝撃で痺れが走っているのだ。無論、近接戦闘でそんなことをしている暇などない。ショウタが痛みに喘いでいる隙に、横から棍棒が降り抜かれる。

 あわや激突という……ときだった。棍棒を振るっていた小鬼が突然吹き飛ばされ、ショウタのはるか前方に転がった。ほかの小鬼が目で追ったときには、すでに丸焦げの肉塊に様変わりしている。

 ノヴァが後ろから魔術で火球を放ったのだ。


「どけっ! そこの男!」

 ノヴァは剣を構えて小鬼へと突撃する。突然の仲間の死に虚を突かれた小鬼は慌てて棍棒を構えるが、すでに剣は彼らの体を両断していた。二匹同時に。胴体へ別れを告げた首が、おもちゃのように転がる。


「おお、記念すべき初戦闘を何とか乗り切りました我らが勇者!」

「あいつ何にもしてないけど」


 素早い動きにもかかわらず。戦闘が終わったノヴァは息を切らしていなかった。平然と小鬼の死体を見下ろし剣を鞘へ納める。ショウタはというと、のそのそと剣を拾い集めノヴァのことをちらちらと盗み見ていた。彼は剣をしまうと、おかしいなとでもいうように首をかしげる。ノヴァに話しかけようとしているのか、口を開いたり閉じたりするが言葉は出てこなかった。


「男、危なかったな。お前はいったいどこから湧いて出てきた」

「あー……逆に助けられちまったな。俺はショウタ。最近この世界に飛ばされてきたんだ。転生者ってやつか?」

「おっと勇者、さっきの失態がなかったかのようなふるまいです」

「これはもうむしろハートが強くて立派なのでは?」

「甘いよリゼ。これくらいで驚いてちゃこの先もたないよ」


 腕を組むショウタに、ノヴァは警戒するような視線を向ける。当然だ。ノヴァの服装は中世風の鎧。彼女の力強くも女性らしさを損なわない肉体をしっかりと包み込む頑丈な防具だ。一方のショウタは腰に差した双剣こそ立派なものの、魔物のいる森へ入るには明らかに薄着で、しかもノヴァが見たこともないスタイルの衣服だった。

 しかしそこは貴族というべきか、彼女は高貴な博愛精神を発揮してショウタを放置するようなことはしなかった。


「ショウタ? 聞いたことない類の名前だな。それに転生者? いったい何を言っているのだお前は?」

「まぁわかんねぇだろうな。俺にも正直よくわかんねぇんだ。道を歩いていたらトラックにひかれて……」

「トラック? さっきから本当に何を言ってるのだ……」

「会話が成立しないですねー」

「自分の中にある設定を解説するのを優先してるよねこれ」


 ていうかこの人が死んだのトラックが原因だっけ? 徹夜でゲームをやった末の心不全じゃなかったっけ? とリゼの頭の中に疑問がわいたが、彼女はとりあえず黙って会話の続きを見守ることにした。


「よくわからんが、気が動転してるのかもしれないな、うん。……おいショウタとやら。この森は戦いなれない庶民には危険だから、町へ連れて行ってやる。ついてこい」

「そうだな。そうしてもらえるとありがたい。頼む」

「なんでこいつさっきからちょっと偉そうなんだろう」

「敬語の使えない最近の若者みたいだね」

「三十八だけど」

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