50.日曜の夜

日曜日の夜は憂鬱な気分になる。安月給の職場と、そこで繰り広げられる5日間(場合によっては6~7日間、もっと増える場合もある。今は繁忙期ではないので、週1の休みは死守されているが)の日々を想像してしまうからだ。

そういう気分を払う為に、山崎 優斗(やまざき ゆうと)は恋人と呼んでいる男とベッドに倒れ込み、行為に及んだ。しかし全てが終わった後も、憂鬱は晴れない。

それを見透かしたかのように、向井 忍(むかし しのぶ)は彼の前髪を撫でた。

「キツそうだけど、どうかした?」

優斗は忍の瞳を見る。

相変わらず大きな目だ。自分より年上の筈なのに、この童顔のせいで、ずっと年下に思える。そして年下に心配されると、体育会系で叩き込まれた年功序列の考え方のせいか、少しだけ自分が情けなくなる。

「いや、なんでもない。ちょっと明日の事が憂鬱なだけ」

「月曜だしね。オレも嫌だよ、月曜は」

「忍は自営業だろ? 月曜も日曜も関係ないんじゃないの」

「そういう問題じゃないよ。世界的に月曜は憂鬱」

「そうは言っても、オレみたいな営業やってるリーマンよりは楽じゃない?」

「比べても仕方ないよ。働くのは誰だって嫌だろうし」

「ははは、そりゃそうだ」

「でしょ? 優太郎も嫌だろうけど、オレも嫌なの」

優太郎、優斗の偽名だ。ちなみに営業なのも嘘だ。恋人と言っても、2人は出会ってから一か月くらいしか経っていない。簡単に言えば遊びであって、セフレである。

「あー、ダメだ、ダメ」

優斗は思った。せっかく気晴らしに来た遊びの場に、日常の愚痴が出てしまう。こんなんじゃ遊びにならない。

「忍、ごめんな。愚痴って悪い」

「こちらこそ、誰だって月曜は憂鬱だよ」

「ま、そうかもしんねぇけど。こういう話をするってことは、オレらも……」

「そろそろ別れ時……かな?」

意見が合うな。話が早くて助かる。

「だな。じゃ、今日で別れようか」

「そうしよう。これ以上は良くない気がする。ただでさえストレス多いのに、ガッツリ付き合ったら、もっとストレス増えるし」

やっぱり意見が合う。

「それな。こうやって適当に遊ぶくらいが、ちょうどイイ」

そう言って最後のセックスをして、服を着て、キスをして、ホテルを出る。

「それじゃ、リーマン生活がんばって」

「そっちも。自営業は大変らしいけど、頑張ってな」

こうして優斗は忍と別れた。

そして優斗は、やっぱり別れてよかったと思った。

別れの挨拶がこんなんじゃ、まるで友達か同僚みたいだ。そういうのは求めていない。このままズルズル付き合っても、初めてヤッたとき以上の興奮は望めないだろう。だったらスパッと切って、新しい出会いを探した方がいい。

「今週末、またどっかに顔を出してみるかな」

そんなことを考えながら、優斗は家に帰った。



何がどうなっても、やはり月曜日の朝は変わらない。憂鬱で、今一つ体の歯車が噛み合わない気がする。それでもデスクについて、PCのスイッチを入れなければならない。

優斗はいつも通りPCを立ち上げて、いつも通りメールのチェックを始めた。朝礼が終わると、実作業と並行して、社内掲示板で他部署からの質問にアレコレ答える。

そうやって過ごしていると、

「げっ」

変な声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

「あん?」

声がした方、背後に目をやると

「えっ」

優斗も変な声を出してしまった。そこに立っていたのが、昨夜セックスをして別れた向井 忍だったからだ。

「おれ? 2人は何か知り合いなの?」

忍の横には上長がいた。不思議そうにこちらを見ている。

「いやいや、そういうわけじゃないです。えっ、えっと、そちらの方は、どちら様でしょうか?」

「ん? ああ、こちらの方は、ほら、あれだよ。君のヘルプの件。彼に入ってもらおうと思ってね。派遣で来てもらった、勝田 雅紀(かつだ まさき)君だ」

かつだ まさき? 全然、違う名前じゃないか。と言うか派遣って、自営業じゃなかったのか? アレ、全部ウソだったのかよ。

忍あらため雅紀は気まずそうだが、優斗も同じ気まずさを味わうことになる。

「こちら、うちのサーバー部門でやってる山崎 優斗君だ。雅紀君には、これから優斗君のヘルプをやってもらう」

とりあえず「よろしくお願いします」と頭を下げる。すぐに雅紀は上長に連れられ、休憩室やら喫煙所やらの説明に出ていった。

「ヤバい……」

優斗は頭を抱え、深いため息をついた。



「こういうこと、あるんだなあ」

昼休み。会社が入っているビルの屋上で、雅紀が言った。

「ああ、さすがにビックリした」

その隣で優斗は頭を抱える。この腐るほど人がいる街で、よりにもよって自分にこんなことが起きるなんて。信じられないが、天を呪っても仕方ない。

「って言うか、営業じゃなかったんだね? 名前も違うし」

「そっちなんて、自営業でも何でもないじゃないか。名前は原型もねーし」

「だって、セフレにホントのこと言っても仕方ないじゃん」

「そりゃそうだけどさ。って言うかセフレとか言うなよ」

「付き合ってるときは言ってたじゃん」

「ここ職場だから」

「2人きりだから関係なくない?」

「そういう問題じゃなくてだな……」

いかんいかん、お互いにウソをついてたんだから、このことを話し続けても何の意味もない。それより建設的な提案をしよう。

「これからは同僚なわけだし、昨日までのことは忘れよう」

「う~ん、了解。難しそうだけど、なるべく頑張ってみるよ。お互いただの同僚。昨日までのことは忘れて、普通にする」

やはり話が早い。助かるなと思いつつ、

「よし、デスクに戻ったらタスク確認と分配、スケジュールを立てよう」

しかし優斗がそう言うと、

「ん? 待って。優斗は普通のエンジニアだよね? そのへんってマネージャー的な人が管理してるんじゃないの?」

「いや、うちでは全部自分でやる」

「管理の連中は?」

「時たま現場に来て、タスクを増やすだけ」

「あちゃ~。そりゃストレスが溜まっても仕方ないね」

「だろ? だから――」

「誰彼かまわずヤッちゃうと」

酷い言い草だ。そこまでは言うつもりはなかった。

「待て待て。そんな言い方ないだろ。人を何だと思てんだ」

「オレはそういう感じよ。今は誰彼構わずって感じ」

「威張って言うことか。って言うかオレは違うし」

「ウソだ~! オレに声をかけてきた時なんて、こう、ちょっと流し目っぽい感じで、『今夜は誰でもいいから、ヤりたい気分なんだ。それで……付き合ってくんね?』って言ったじゃん」

……言った。たしかに言った。でも、こんな真昼間に会社の屋上で再現しなくてもいいじゃないか。って言うか誰か聞いてたらどうするんだ?

「あっ、あれは、ほら、深夜だし! 繁忙期も終わって、テンションが上がってただけで……そ、それにだ! そういう話はしないって約束したばっかりだろ!」

「いや~、やっぱ無理じゃない? 悪いけど約束できないよ。だってさ、ぶっちゃけ体の相性は良かったし、これ2人で残業して、終電逃したりしたら、オレら間違いなくホテルに直行してヤっちゃうと思う」

「だからそういう話はするなっての! オラ、戻るぞ!」

「ふ~ん、会社だとそういう感じなんだな。セックスのときは……何て言うのかな、しおらしいくせに」

「やめなさい!」

思わず変な口調になった。

無理だ。そういう話をするなと言ったが、自分でも無理だと分かる。たった一か月、されど一か月。裸で乱れあった。何より、いつも言いたくても言えないこと、やりたくてもやれないことを言い合って、やりあった仲だ。そういう話なんて山ほどある。

「まぁまぁ、そんな怒るなって。よろしくね、優斗くん」

そう言って雅紀は優斗の肩を叩いた。

「しゃーない。頭を切り替えていこう」

月曜日の午後、本格的に今週が始まる。優斗は自分の頬をパチパチと叩いて気合いを入れると、雅紀の背を追って仕事場に戻った。

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短編BL横丁 加藤よしき @DAITOTETSUGEN

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