物語は大江山の酒呑童子を退治した後のものだ。酒呑童子を倒す前から、一人の美貌の少年は愁いを帯びていた。そんな少年のことを気にした義兄は、少年の家を訪ねる。しかし、昨晩家を出た切り、少年は帰っていなかった。
ふと目をそらせば、路地裏に累々と積み重なった人々の死体。蔓延する病に、跋扈する犯罪者たち。そして異界に繋がるという桜。
そんな中、義兄はふらり羅生門に馬を向ける。そこには少年の姿があった。
しかし、その少年は——。
思春期という現代の言葉を、時代伝奇ものとしてここまで描ききる力量に舌を巻いた。そして、悲しい人間の性や、人々の暮らす場所の不穏さが、文章からにじみ出ているようでした。
是非、御一読下さい!
淡々とした丁寧な美しい文章を読み進めていくうちに、いつのまにか絵巻物の世界に取り込まれていることに気がつきました。一つ一つの文章が脳内で重なり合い、無限に続く十二単に包まれていく感覚を味わいました。
ただの記号に過ぎない文字で、これほどの極限の美と精神性を表現できるものなのでしょうか。これは静かな衝撃で、作者が持つ世界観と、それを表現する手法に戦慄さえ覚えました。
単に美しい絵画なのではありません。映像的な美だけではなく、金時をはじめとする登場人物たちの想いや悩みを見事に表していることで、立体的な世界になっています。そのために否応なく没入感に捉われます。若さゆえの葛藤で心を滅ぼしてしまう儚さが、読み終えた時の昇華に繋がっています。
この芸術的な作品を生み出した作者の才能に拍手を送りたいです。
酒呑童子が退治される昔話のその後、ということで読んでみました。
まず、文章が美しい。それだけでなく、美しいものと醜いものが混じる都の様子、人心の荒みを見ているがゆえの暗澹とした心情が容易く目に浮かびます。
特に、羅生門の桜を見る場面が私は好きです。かがり火に照らされた夜桜に、美少年。想像するだに、なんとあでやかなことか。容姿に違わぬ金時の心のなんと清らなことか。源氏物語の紅葉賀で弘徽殿女御が、過ぎたものは魔に魅入られると光源氏に毒づいたものですが、その場面も思い浮かびます。
短編小説というよりは、古典を読んでいるような気にさせられる作品でした。