クリスマスポジティブキャンペーン

T_K

素敵なクリスマスを・・・

「じゃぁね。お疲れ様ー」



いつもの帰り道。同僚と一緒に帰っていた。


けれども、今日はクリスマスイブ。


途中で同僚は彼の元へ。


私は真っ直ぐ、一人寂しく6畳一間のアパートへ。


去年は寂しさを紛らわす為に、一人で居酒屋へ出掛けたものの、


結局そこでも楽しそうにするカップルや、団体客を目にするだけ。


余計に寂しさが込み上げてきて、逃げる様に家へ帰った。



クリスマスイブ、私はいつも一人だった。


ずっと付き合ってた彼氏もいたけれど、


この日に限ってその彼が短期出張だったり、私自身が忙しかったり、


何故か不思議とクリスマスイブだけは、いつも一人で過ごしていた。


それが原因で7年付き合った彼氏とも最近になって別れ、


今年も一人寂しいクリスマスイブ。


雰囲気だけでもと、今年は一応ケーキも買ったけれど、


一人で食べるカットケーキ程、特別感の乏しいものはない。


プレゼントだって、私が私に買ってあげるだけ。


ただの買い物。


近所の子供でさえ、幼稚園のサンタクロースからプレゼントを貰っているのに。


そのサンタクロースからさえ、私は何も貰っていない。


サンタクロースなんて、本当は居ない事は知ってるけどさ。


クリスマスイブなんて嫌いだ。


プレゼントをくれないサンタクロースだって。



「サンタなんて嫌いだ・・・」


「今、サンタなんて嫌いだ。そう仰いましたね」


「わー!だ、誰?!どっからどうやって入ってきたの?!」


「これはこれは、レディに、とんだ失礼を。


しかし、このご時世、こんな夜中にインターホンを鳴らした所で、


居留守を使われるのが関の山ですからね。


ベランダの方から、ちょちょいと魔法を使って入りました。


あぁ、申し遅れました。私、サンタの助手をしております、ジャックと申します。


以後、お見知りおきを」


「あ、どうも。じゃなくて、明らかに不審者ですよね。警察呼びますよ」


「呼んで頂いても結構ですが、警察を呼んだところで、


却って貴方が困るだけかと思います。


初めに言いましたよね。私、魔法使えるんですよ?


警察が来たところで、回れ右して帰っていただくだけのことです」


「はあ。もう。その魔法使いさんが一体私に何の用ですか」


「魔法使いではなく、サンタの助手です。


勿論魔法は使いますが、


その辺はちゃんと分かって頂かないと、規約上色々と面倒な事に」


「はいはい!サンタの助手さん!私に一体何の用ですか!」


「先程、貴女はサンタなんて、嫌いだ。そう仰られましたよね」


「あぁ。確かにそう言いましたけど。それが何か?」


「今、そういったネガティブキャンペーンに対して、


我々サンタ業界は非常に、敏感な時期なのですよ」


「ネガティブキャンペーンて」


「私達は元来、


子供達の笑顔や信じる心を糧として魔力を得ている事は、ご存知でしょうか」


「いや、そんな話初めて。そもそもサンタなんていないと思ってたし」


「従来であれば、子供達の笑顔だけで事足りていたのですが、


少子化問題が叫ばれるこの日本地区だけは例外でして、


幾度となく魔力不足に陥っているのです」


「何か電気事業者みたいな話ね」


「そこで、私達日本支部は、大人の笑顔や信じる心も魔力に換えられないかと、


努力を重ねた結果、ついに大人達からも魔力を得ることに成功したのです!」


「お、おめでとうございます」


「どうも、ありがとうございます。


しかし、そこで別の問題が発生しました」


「と言うと?」


「大人達が、サンタを信じる心を無くしてしまっているのです」


「無くした訳じゃなくて、


そもそもサンタなんて初めから居ないって思ってるんだから」


「いいえ。無くしてしまったのですよ。


貴女も子供の頃は信じていらっしゃらなかったですか?サンタの存在を」


「それは、まぁ」


「ね。信じていたんです。


でも、大人になるにつれて、それはお父さんだったりお母さんだったり、


近しい人間だったと知る。それは当たり前の事です。


ですが、それとは別に、心の奥底では信じ続けているのもまた事実なのです。


もしかしたら、本当にサンタはいるのではないか?と」


「うん」


「しかし、悲しいかな、先程の貴女みたいに、信じたくても信じられない、


ましてや嫌いにまでなってしまう。


そんな方が多い世の中になってしまっているのです」


「それは・・・その通りです」


「そこで、私達は考えました。


そんなサンタネガティブキャンペーン実施中な方々に、


サンタが居る事を知って貰えれば、


また心のどこかで信じてもらえるのではないかと!」


「それは、素敵な事ね」


「はい。そこで、本題なのですが」


「な、何よ」


「貴女の欲しいものはなんですか?」


「は?!はい?!」


「聞こえませんでしたか?貴女が欲しいものを仰ってください」


「それをあなたに言ったら、それを私にくれるわけ?」


「はい。勿論、差し上げられる範囲で、ですが。


サンタですからね。私達は。


なんでもかんでも願えば差し上げられるわけではありません」


「きゅ、急に言われても困るわよ」


「それは判ります。


ですが、こちらも準備と、何よりも時間が限られておりますので。


サンタの規約上、クリスマスの朝、貴女にお届けしなくてはいけません。


後5分くらいでお答え頂けると助かります」


「5分?!え、ちょっと待って」


「後、4分55秒でございます」



急かされると余計に何も思い浮かばなくなる。


バッグや時計も欲しいし、財布だって買い換えたい。


ワンピースも新しいのがあれば良いなと思っていた。


今一番欲しいものをこれでもかと絞り出していく。


その時だった。私の口から、勝手に言葉が零れた。


「パンダのぬいぐるみ」



ふと口から漏れた言葉に、私自身が一番驚いた。



「ちが、違うの!」


「はい。承りました。それでは、明日の朝、確実に貴女の元にお届けいたします」


「待って!」



そういい残すと、彼はサッと姿を消してしまった。



小さい頃、ずっと欲しかったものがあった。


平べったくて、ふかふかのパンダのぬいぐるみ。


子供の頃の私が抱きしめるには少し大きいくらいだったけれど、


その優しい顔と抱き心地に惹かれて、


ずっとオモチャ屋さんで強請った事を今でも覚えている。


後、その年のクリスマスプレゼントは、


父が酔っ払って間違えて買ってきた


平べったいライオンのティッシュケースだった事も。



「ああいう所でちゃんと欲しいものが言えないのが、私のダメな所だわ」



でも、パンダのぬいぐるみが明日の朝、


枕元に届けてあるのかなと思うと、少しワクワクした。


私はいつもより少しだけ早く眠りについた。


そして、クリスマスの朝。



「おーい。朝だぞ。起きろー」


私はその声に聞き覚えがあった。


そう!最近別れた彼氏だ。


でも、一体どうして。



「あのさ。こんな朝っぱらから言うのもなんだけど。


もう一回俺と付き合ってくれないかな。このパンダに免じて!」


「あ、これ!!私が子供の時欲しかったパンダ!でも、なんで」


「あ、これ、オモチャ屋で、偶々見かけてさ。


前にお前が話してた事、思い出して。で、返事は?」


「勿論!私で良ければ!私も凄く後悔してたから。


あ、でもどうやって中に入ったの?!」


「俺がマンションのエントランスでどうしようか悩んでたら、


管理人みたいな人が開けてくれたんだよ。


本当はダメだけど、今日は特別、内緒ですよって言って」


「それって」


「あ、後、メリークリスマス、サンタさんからのプレゼントだよ、だってさ。


なんか変だけど、凄く良い人だったよ」


「うん。多分。本当にサンタさんだったんじゃないかな」


私はパンダのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。

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