略称MCP:後日談あるいは次回予告

「で、結局この有様か」

 窓という窓をブラインドで閉ざした会議室。楕円形に並べられたテーブルには、それぞれスーツ姿の男たちが腰掛けていた。

 会議室の明かりが灯る。スクリーンが巻き上げられる。そうして、それぞれの男たちの姿がようやくあらわになる。

 男たちはバラバラの印象を持っていた。体格からして恰幅良く腹の出ているものから中肉中背、筋肉質からもやしをさらに削いだような体まで様々である。目元も年相応に皺の寄って穏健そうなものから、周囲を睨むように見回すものもある。

 そんな男たちの共通する特徴は先ほども言った通りスーツ姿であるということ。それから、年齢がおおよそ中高年から、若くとも壮年であるということ。

 そしてもうひとつ。

 彼らの持つ辞書を紐解けば、「謙虚」の字が墨で塗りつぶされていそうだということだけだった。

「もとより…………」

 そんな会議室の中でひとり、異彩を放つ男がいる。白衣姿で立っているからだ。

 その男が口を開く。

「北花加護中学での実験は、当該教育プログラムの拡張試験でした」

 会議室に集う男たちは誰も、白衣の男など見ていない。それでも言葉は続けられた。

「ゆとり教育…………今ではさとり教育とすら呼ばれる少年少女たちを育成するため、完全犯罪の立案と実行、捜査と解決を奨励する教育プログラム。そのルール調整と、拡張試験。すなわち不登校児や素行不良児にも当該プログラムが有効であるか否かを確認するための試験でした。が、結果は既にご報告の通り」

「一年を通じ、発生した事件は十二件」

 誰かが口を挟む。

 それを合図に、堰を切ったかのように会議室の男たちは喋りだす。

「そのすべてがプログラム参加生徒たちに阻止され、誰一人完全犯罪は達成されず、か」

「参加生徒は三十三名。途中、転校生を含めて三十四名。しかし生存者は六名か」

「加害者となった生徒はどうしたのだったか?」

「口封じに殺したよ。当然だ」

「生き残った生徒は?」

「口止め料に大金を支払った。さすがにガキだ。それでことは済んだ」

「問題は…………」

 男たちの中で、一番老齢らしい者が重い口を開く。

「実験そのものや経過ではなく、実験がある私怨によって利用されたということだ」

 老人の目線の先には、一枚の資料がある。

 いちじく無花果。六名の生存者のうちのひとり。

「私はこの無花果という少年を高く評価するよ。あれだけ私怨にまみれたプログラムを生き抜いたのだからね。だが…………」

 ぎろり、と。

 老人は白衣を睨んだ。

「これから本格的に指導する教育プログラムでは、このようなことはなしにしてもらいたいね。プログラム運営者が、私怨で生徒と関わるなど」

「それは、ご安心を」

 白衣が応える。

「今回の事態は、舞台を北花加護中学に限定したがゆえの結果です。これからのプログラムでは多くの学校が対象になりますし、派遣される管理官も選定に選定を重ねます」

「頼むよ」

 ブラインドが上げられる。辺りは真っ暗闇で、窓ガラスには自分たちが映るだけだった。

「そういえば」

 また男がひとり、言葉を発する。

「今回のプログラムへの参加校を募ったんだが、鉄黒高校がいの一番に手を上げてね。こちらからまだ便宜などは口にしていないのに、熱心なものだ」

「熱心でいいじゃないか」

 老人は満面の笑みで答え、それから少し険しい顔をした。

「しかし鉄黒高校と……なんだ? 分離状態にあったとかいうよく分からん女子高があったな」

「白花女学院ですね。名目上は鉄黒高校ですが、教育上や運営上では実質別の学校となっているとかいう……」

「なんでも切り離しを画策しているらしい」

 老人の言葉に、会議室は少なからず動揺した。

「切り離し?」

「名目上どころか実質上でも別の学校にしようと?」

「つまり…………」

「プログラムから逃げる気かっ!」

 男たちが気焔を上げる。その気焔の団結具合たるや、「あなたがたの家族が誘拐されました。協力して救助してください」と言われてもそうはならないのではないかと思わせるくらいのものだった。

「白花女学院を実験校に入れておけ。絶対だ」

「は、はい」

 老人の言葉に白衣が応える。

「しかし管理官の選定が間に合わない危険性も……」

「構わん。当分は鉄黒高校に送る予定だった管理官を使え」

「承知しました」

 それで会議が終了したのか、室内の空気が弛緩する。男たちは各々立ち上がって、それぞれに部屋を出た。

 部屋に残ったのは、白衣の男と老人だけだった。老人はただのんびりとしているだけとして、白衣の男には機材の片づけなどの仕事があったのだ。

「ところで」

 老人が口を開く。

「はい」

「例のプログラム。正式名称は決まったかね。なんでも二転三転して、しかもカタカナ語では老いぼれにはちと覚えにくくてな」

「ああ、それでしたら、ちょうど昨日さくじつ決定いたしました」

 白衣の男が、機材を片付けながら何の気なしに言う。

「マーダー・チャレンジ・プログラム。長いので、我々は略称MCPと呼んでいます」

「MCP、か」

 老人は、いくども反芻するように呟いた。

 MCP。

 MCP。

 MCP。

「これで若者が、ちっとはマシになるだろうな」


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赤ペン先生は「人を殺せ」と言った 紅藍 @akaai5555

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