400字

蜂蜜 最中

本文

 立ち入り禁止。そう書かれた張り紙がトタンの囲いに貼り付けられている。


「――来年の七月までに退去の準備をお願いします」


 一年前、会合でそう切り出したオーナーの苦い顔を見たのが昨日の事のように思い出せる。

 いきなりの退去願いに目が点になったものだが、理由を聞いてみれば納得せざるを得なかった。

 築六十年。五階建てのこじんまりとしたマンションが老朽化するには十分な時間だった。むしろ三十年、四十年という期間で倒壊が危ぶまれるのだから、長く持ったほうだろう。

 直すことが出来ないほど歪み、傷んでしまう程住まわせてくれたのだ。もう休んだって誰も文句言わないだろう。


 このマンションに住み始めて六十年。一人息子はとっくに独り立ちして、妻に先立たれ、家すらも見送った。私は、次に何を見送るのだろう?


「見送るのはもう嫌だなあ……」


 囲いの奥から、何かが崩れる音がした。それは、私の思い出が崩れ落ちた音だったのかもしれない。

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400字 蜂蜜 最中 @houzukisaku0216

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