後編
「つまりね、私って男性の気を喰っちゃうんだと思うんだよね。気が強いってそういうことだと思うの。そんじょそこらの男だと私の方が気が強いから男性の気が負けちゃうんだよきっと。だから可愛げがないって言われるし自分でもそう思うんだ。良縁に恵まれないのはそういうことなんだと思う」
奥宮へと続く道は、想定していたより平坦だった。
こんな山中にある神社の奥宮だと、長野の戸隠神社のように登山になるのではないかと思っていたが、意外だった。
だけど、ずっと似たような景色が続くため、道に迷ったらアウトだな〜なんて思ったりする。
そんな山道を二人で奥宮を目指して歩きつつ、私の「縁」についてのトークが炸裂する。
「それは、違うな」
この道に入ってから、誰ともすれ違うことがない。
それはそれでいいんだけど、少し不安にもなる。
そんなことを意にかいした様子もなく、隣の男が私の与太話を聞いてはまともに返してくる。
こころなしか、少し雰囲気がくだけたような気もする……
「どうしてそう言えるの」
「そなたのハレのケは月に属す。……あてようか?そなたが外に出ると、昼間に晴れるより夜に晴れることが多いのではないか?月が雲を散らすかのごとく晴れあがるのではないか?」
「考えたこともなかったけど、どちらかというとそうかも……」
「君の気は確かに強い。しかし、その強さゆえに陰なるものが集まってくる。そなたは近づく有象無象のもの正邪の違いがわからない。それゆえせっかくのハレのケが実は喰われており、己が身を守らんとして縁が切れる……」
「もしかして、霊感が強い人ですか??」
「霊感が強いというか……」
黒服の男性がつと歩みをとめる。
つられて私も立ち止まる。顔をあげると、先ほどからちっとも大きさが変わらない奥宮の社の屋根がみえた。
「きみは、先ほどから口にしている『良縁』とやらに何を求む?」
「そ、それは……安らぎとか、癒しとか……ううん、私を軽んじることなくきちんと扱ってくれることとか……?」
「そのようなもの、このまま俗世にいてもえられんぞ」
なに言ってんだ?この人……
思わず男をふりむいて、目を見開いてしまう。
先ほどまで来ていた黒のダウンコートはどこへやら、見たこともないような白い衣装に身をつつんでいた。歴史の教科書でみた飛鳥時代の服に似ていなくもないけど違うようにも思う。
高身長ではあったが、いまやそれ以上に高い。
衣装のすきまから、ムッキムキの胸板がみえた。細マッチョだったか〜と思ったのはほんの一瞬だったけど。
まじまじとみると鼻筋が先ほどよりのび、頭のあたりには大きい獣のような耳がはえていた。
きわめつけは、お尻のあたりからやたらモフモフとした大きな尻尾がみえていたことだ。
思わず、一歩後ずさる。
「あなたは、何者ですか??」
そんな私をあざ笑うかのように、男が不敵な笑みを浮かべた。私の問いに答えることもせず、男がゆったりと私にむけて手を差し伸べる。
「さぁ、私の手をとれ。さすればそなたは望む縁とやらをえられよう」
そういって、ケモ耳男がじっと私をみつめてきた。
何か、抗いがたい力でぐいっと引き寄せられる感じがした。私をじっと見つめてくるその視線から目をそらすことができず、私の足が一歩男へと近づく。
頭の奥がなんだか痺れている感じがする。
一歩分また足が動き、男へと近づく。自分の体じゃない感覚のまま、私の手がゆっくりと男の手へと動いていく。
何か変だ、どうしたんだ?この状況はなんだ、と一生懸命考えを巡らす私がいる。
この人、人間じゃない。
妖怪??
え?ここ神社なんだけど?そしたら神様??いやいやそんな神様いるか??
でもどうしてこんなことに??
この手をとったらどうなるんだろう??
私、人間じゃなくなっちゃうのかな??
そしたら消えてしまうのかな?それがいわゆる『神隠し』ってやつになるのかしら??
……私。私、どうなってしまうんだろう??……私は本当は何を望んでいるの???
ってなことがすさまじい勢いで脳内を駆け巡っていく。その間、コンマ3秒。
ハッとなって思わず、差し伸べられた手を払いのけた。
「嫌っ!!」
そして、本能でそうしたとしか言えないほど、私の体は素早く後ずさり身構えた。
「あなたが何者かは知らないけど、私は人間をやめてまで良縁を得たいなんて思ってない!!人として生きている中で得られる縁だからこそ、それに価値があるのよ。それに私、望むものは誰かから与えられるものではなく自分で切り開いて得ていくものだって思ってる。私はここに、神頼みをしにきたんじゃない。背中をおしてほしくてきたの!自分の考えは間違っていない、私の直感は間違っていないってことを神様に後押ししてほしくてきたの。誰かに甘えたり依存したりするためにきたんじゃない!!!」
こんな大声を出したことは、ひさしぶりだった。
言い終えて、私がどうしてここにきたのかがはっきりした。
そうか私、背中を押してほしかったんだと思った。
ときにくじけそうになり、ときに自分の信念を疑いそうになったとき、道に迷っていないかを確認したくなる。だから私はここにきたんだ。
私の反論で驚いた顔をしていた怪しげな男が再びニヤリと笑った。
「惜しいことを。そなたにはその資格があるというのに……」
そういったかと思うと、あたりの木の葉を撒き散らすかのような強風が吹いてきた。あまりの強さに目を開けられなくなり、両腕で顔を覆った。
木の葉を散らす風が私の体すらも吹き飛ばさんほどに吹いてきた。それに必死にたえていたとき、不意に風がとまった。それと同時に恐ろしいまでの静寂があたりを包んだ。
おそるおそる目を見開くと、そこは、遥拝殿の中だった。
静寂を破くように、階段の下から賑やかな話し声が聞こえてくる。
まさに狐につままれたような心地で、私はその場に立ち尽くしてしまった。
階段から現れた人間の集団が、遥拝殿からの景色の歓声をあげ、わらわらと入ってくる。その集団に場所をあけようとして、ふと、何を握りしめていることに気づいた。
みるとそれは、最後に買おうと思っていた「おみくじ」だった。
慌ててかじかむ手で開く。
そこに書かれている言葉に、私は思わず泣きそうになった。
『人生を紡ぐのは縁
留まり続けるも縁
離れるもまた縁である
ただの一度話した縁にも誠を尽くしてみよ
運とは一瞬の夢のようなもの
縁とは未来に繋いでいくもの』
おみくじのその言葉をかみしめるようにつぶやき、私は再び、三峯のお山を見上げた。
「ありがとうございます」
誰にも聞かれないほどの小さな声でそっと呟く。
あとはもう振り返ることなく、私はそこを後にした。
どこか遠くで、狼の遠吠えを聞いたような気がしたけれど、きっとそれは風の音にちがいない。
(完)
神様とクリスマスデート 樹 風珠 @tatukihuju
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