外伝6 夏といえば?

※この話の光一は20代前半くらいです。




ずっとくすぶっていた天気がようやく調子を取り戻し、ぎらぎらとした太陽が顔を出した、8月のある日。


外の明るさとは対照的に暗くしめった書斎で、僕は本の整理をしていた。


この前遊びに来たろくちゃんが、盛大に本を床に落としてしまったのだ。


天井まで届く本棚がひっくり返ったなんてことはないし、何をどうやってこうなってしまったのかよくわからない。


『これはこっちで……これは、そっち……と』


一人黙々と作業を続けていると、キィッ、と、ドアの開く音がした。葉音が入ってきたのだ。


「どうしたの?」


尋ねると僕の顔を見上げて、葉音はこう言った。


「夏ね」


いつもの調子で言っているような振りをしているが、目の中がキラキラしているのを隠しきれていない。


「夏といえば、プールね」


「え~、海じゃない?」


本棚の整理を続けながらわざとそう返すと、葉音は床に置いてあった大きな辞典を持ち上げた。


この辞典、なぜか葉音が持つ時だけ軽くなるのである。僕が持つときは重いままだから、移動させるのに苦労する。


それを、大きく振り上げて。


「だめだよ、危ないでしょ」


僕の背中に向かって振り下ろそうとしたので、慌てて辞典を取り上げる。これで殴られたら、かなり痛そうだ。


「私の話をまじめに聞かないからよ」


「は~い。で、プール行きたいの?」


「そう。連れて行きなさい。去年行ったプールに、新しく大きな滑り台が出来たらしいの」


パチンッ。葉音が指を鳴らす音が、静かな書斎に響く。


すると虚空から、ひらりっ、と一枚の紙が下りてきた。


掴んでみると、『ニューオープン!』というでかでかとした文字が目に入る。近くの街にある、大きなプールのチラシだった。


「ホントだ。すっごく長い滑り台出来たんだね」


一組の親子が勢いよく滑っていく様子を写した写真は、とても魅力的で。


「明日にでも、行こっか」


僕も早く行きたくなってしまった。


「そうと決まったら、その作業はさっさと終わらせなさい。私は明日の準備をしてくるわ」


そう言い残し、葉音は書斎から出て行った。その背中がとても楽しそうだったことが、僕にはとても嬉しい。


書斎を、散らかったまま残しておいてくれたことも。


あと少しで終わるところだった作業を、奇跡や魔法で一瞬で片付けられたら達成感も何もあったものじゃない。


微妙な気分が残るだけである。


何度言っても自分の気分で力を使ってしまう葉音に、そのことを覚えて貰えたのは、最近のこと。


「よしっ。じゃあ頑張ろっ」


僕は一人でそうつぶやいて、作業を再開した。

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