第4話 嚆矢濫觴
「人の部屋の前で和気藹々とお喋りしやがって。お前には女の子の部屋の前にいるって自覚は無かったのかよ。特に意味もなくドキドキしろよ! 思春期ど真ん中の男子高校生だろうが!」
予想外のリアクションだ。文字通り、文字面以上にボクは目を丸くした。学校にめったに来ない彼女とは当然のことながら口をきいたことも無く、面識は皆無と言ってもいい。したがってボクはプリントを渡しすぐさま帰るつもりだった。会話なんてするつもりは無かったし、まさか彼女の方からこんなにフレンドリーに話かけてくるとは思いもよらなかった。
「そんなことより、お前誰と喋ってたんだよ。どことなくエロさを感じるしゃべり方だったじゃねーか、お前もそう思うだろ?」
まさか、こんな男友達みたいなノリで話しかけてくるなんて完全に予想の範囲外だった。ベットにもたれているセラさんはボクの顔を見上げる形になり彼女の表情がよく見える。初めて彼女のできた友達を茶化す男子高校生みたいな顔したセラさんだったがボクの顔を覗き込むと、その表情は不思議そうな表情に変わった。
「ああ?お前泣いてたのか。どうしたよ、お姉さんにちょっと話してみろよ。
んん?」
「お姉さんって、セラさん同級生でしょう。さっきショッキングな事件に巻き込まれただけですよ。かなりの恐怖体験でしたけど、多分もう大丈夫です。あとこれ、進路希望調査票です。明日までらしいですよ」
女の子の手前かなり強がって見せたが内心、3号とかたる女について回られている現状はあまり大丈夫とは言えない状況であることは明白であるし、彼女にまつわる恐怖もこれっぽっちも安らいでいない。こんな風に空元気な態度を取れたのは
彼女、セラさんの予想の斜め上を棒高跳びで超えてくるような態度のおかげと言っても過言ではない。もしかすると、病室に入ってきたボクの憔悴した顔色から何かを察し彼女なりに気を使ってくれたのかもしれない。そう考えると、もしかすると、ひょっとしてボクが彼女のことをあまり知らないだけで話してみれば案外話せる奴なのかもしれない。
彼女はボクからプリントを受け取ると、ボクに近くにあった椅子に座るように促した。そして、プリントに目にさっと目を通すとベットのすぐ脇に設置されている簡易的なテーブルに放り投げた。それとほぼ同時に、病室の扉がなめらかな音を立てて開き、3号さんが申し訳なさそうにうつむいて入ってきた。
「どうしたんですか?ボクは待っていてくれと…」
「わ、私は我慢したんですよ。新田さんとの約束を守りたい一心で、できる限り精一杯の我慢をしたんです。けど新田さんが、あまりに遅いから…」
彼女はそんなようなことをボクの質問を食い気味に話した。ちなみにボクがこの病室に入ってから今に至るまで、時間にして5分と経っていない。せいぜい3分がいいとこだ。彼女はその時間を待てなかったと言う。驚愕の事実に唖然としているボクを追い越すような勢いで口を開いたのは、意外なことにセラさんだった。
「お前、屋上の自殺女じゃねぇか。その様子だとあの後、結局止めたんだな。
てっきり意思は固いもんだと思ってたんだがよ。そうか、それはよかった…」
セラさん嬉しそうな顔を浮かべていたが、すぐにその口調に警戒の色が強まっていく。
「そのワンピースの赤色、どこで染めてきた」
血で前半分を真っ赤に染めたワンピースを見たその口調は脅迫と言って差し支えないほどに強いものになっていた。しかし、一方の3号さんはそんなことは関せずといった様子でボクの方に歩き始めていた。それも、かなりの笑顔で。それを見たセラさんの口調にはさらなる熱がこもる。
「おい、無視してくれるなよ。私が尋ねているだろ。お前に質問しているんだけど。その、立派な赤色はどこで入れてきたのかって聞てるんだけど」
ここまで言われてようやく3号さんはセラさんに意識を向けた。
「なんですか、無粋な方ですね。私が今新田さんとの逢瀬に忙しいことなど見ればわかると思うのですけど。服の染みなど、今は取るに足らない事柄でなくて?」
互いに黙りこんでいるが、一触即発といった雰囲気だった。いくらか時間がたったと思う。無限に続くかと思われた気まずい沈黙を破ったのはセラさんだった。
「チッ、埒が明かねぇな。
ほぼ初対面の、しかも異性にいきなりアダ名で呼ばれたことには驚きを隠せないがここでボクが黙り込んでしまっては、またあの沈黙に逆戻りなので何も把握してないなりに事のあらましを語ることにした。彼女が降ってきたこと。一度間違いなく死んだこと。そして、蘇ったこと。文字通り、黄泉返ったこと。
不完全なあなたに 夏目宗一 @greed017894
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