聞けずじまいの問いへの答えは

水居舞

聞けずじまいの問いへの答えは

―――あら、あの方について、ですか? いえ、お話しする分には構いませんが、きっと長くなると思います。それでもよろしいですか?


―――まあ、うふふ。それではお付き合いくださいな。

 さあどうお話ししたものでしょうか。では、実はあの方は本来私の殿方の好みとは違っていた、というお話はご存知かしら? ……ふふ、驚いてくださって嬉しいです。

 あの方と出会う前は都の貴公子然とした方に憧れを抱いておりましたから。あの方はたくさんの美徳をお持ちですが、そういった性質とは異なっていることは貴方もお判りでしょう? でも、実際にお会いして分かりました。「一目で恋に落ちる」とはああいった感覚のことを言うのですね。初めて目にした時の凛々しい若武者ぶりは今でも思い出すことができます。まあ、あの方の美点は歳を重ねても変わることはありませんでしたけれど。ええ、そうです、今ではあの方が理想の殿方ですわ。


―――あの方の好きなところ、についてですね。あの……すべて、という訳には……ええ、その通りですね。きちんとお答えします。

 一番は、そう、傍にいるととても安心できるところでしょうか。あの方の腕の中ではいつも安らぐことができました。何しろ「この世で最も安全な場所」でしたから。私にとっては。

 あとは繊細な心配りをされるところですね。戦さ場においては苛烈な働きをされる方ですし、いつも堂々として居られるので意外に思われるかと思いますが、私に対しては細やかに心を砕いてくださいます。あの方を恐ろしいと思ったことは一度もありません。むしろ壊れ物か何かのように触れられるので、少し心配性過ぎるのではと思ったくらいですから。

 私に見せていた面だけがすべてではないのでしょうが、どちらもあの方であることに変わりありません。


―――反対に、嫌いなところですか? ここはありません、とお答えしたいところですが実はございます。

 あら、意外ですか? まあ、私の普段の有り様を見ればその驚きも無理からぬことですけれど。

 あの方の嫌いと言いますか、困ったところはご自分を大切になさらないところです。あの方はまるでご自分が何人にも傷つけられない超人であるかのように振舞われますが、とんでもないことです。ご自身が傷ついていることに気付かれないから、あんな無理をなさるのです。私がどんなに心を痛めているかご存知でないから、そんな風にできるのでしょうね。

 ……いえ、言葉が過ぎました。申し訳ありません。

 あの方の理想が高いことも、その理想を叶えるだけのお力があることもよく存じておりますが、無理を押して道理を通そうとなさらないでほしい、これが偽らざる本心です。


―――次は、今の生活は辛くはないか? 先程とは少し毛色の違う質問ですね。

 答えは「いいえ」です。いえ、初めこそ慣れぬことも多く苦労はしましたが、有難いことに方々からの手助けもありますので、今は何とかやっています。ほら、私は裁縫が得意でしたでしょう? 私がつくろったものは前よりも丈夫になって良いと評判なのです。

 正直に申し上げまして、未熟な私に今更自給自足の生活ができるのかと不安でした。けれど、今までさほど難儀せずに済んだのは、あの方が生きるための知恵を長い時間をかけて少しずつ教えてくれたからですね。だから、頼りとするものを取り上げられても、今日まで生きてこられた。私はあの方に生かされているのだと日々感じています。

 あら、気が付いたら惚気話ばかりになってしまいました。こんな問答で良いのでしょうか。ああ、そうですか、それなら良かったです。


―――え? あの方への恨み言はないのかですって? まあ。例えば私を置いていったことについて仰っておられるのかしら。もしかして、これが一番お聞きになりたかったことですか?

 ならば、お答えいたしますが「ありません」

 まあ、なぜそんなに驚きになられるの? そんなこと、ある訳がないではありませんか。


―――前にお約束したでしょう。「あなたが『生きよ』と仰せならばなんとしてでも生き延びます」と。私はその約定通りにしたまでのことです。

 あなたが私の手の届かないところまで駆けていってしまったときからずっと。

 まさか、気にしておられたのですか。だから、こんな手の込んだことをなされたの?

 え? いつから気づいていたか、ですか? ふふ、急に質問攻めになさるのですね。最初からです。私とあなたが離れ離れになってから随分と時が経ちましたけれど、そのお声を聞き違えることなどあり得ませんもの。

 それなのに、あなたが他人を装って色々とお聞きになるものだから、可笑しくて。

 私も歳をとって少しだけ意地が悪くなりましたから、気付かないフリをしてしまいました。申し訳ありません。

 いいえ、先程も申し上げましたが、ちっとも恨みに思っていません。少なくとも、あなたが選んだ道に関しては。取りうる限りの最上の選択だったと思います。言いたいことは山ほどもありますけれど。

 やはり怒っているではないか? ええ、そうですね、そうかもしれません。けれど、今思いの丈を申し上げる気はございません。私たちの本当の再会まで大切に楽しみに、とっておくつもりでおりますので。


―――あら、もうお時間ですか。名残惜しいことです。

 では、最後に一つだけ。

 あなたとこうしてお会いして、お声を聞くことができて、本当に、嬉しく、思います。もはや今生では叶わぬことと、思っておりました。

 私はもう少しこの世を見てからそちらに参りますので、どうか気長にお待ちくださいね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聞けずじまいの問いへの答えは 水居舞 @mizui-mai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ