第8話 プレゼント

 魔女の使いを倒し、ユキの記憶が戻った後。


「本当に、一人で大丈夫か?」

「うん、平気よ。すぐそこだから」

「そっか。じゃあ、頼んだぜカイ? 街の入り口まで、ちゃんと送るんだぞ……いてぇっ!?」


 空も晴れて、ユキは帰り道を思いだしたらしく、家に帰ることになった。

 本当は家まで送ってあげたかったが、ワザワイが立て続けに来て、留守にするわけにもいかなかった。サンタさんが来るまで待っているかとも提案したが、ユキは一人で帰れると言ったから、カイに途中まで送らせることにした。

 カイの背中に乗ったユキは、微笑んでオレに言う。


「ふふっ。じゃあね、弟子」

「じゃあな、ユキ。素敵なクリスマスを」


 そう返事をして、オレは手を振った。

 カイがうしろに向き、雪道を歩き出す。

 ユキは一度、こっちに向いて手を振り返してくれた。それから首を戻し、カイに揺られながら、前だけを見つめていた。

 ユキの姿が見えなくなるまで、オレはずっと、手を振り続けた。


 しばらくして、カイだけが家に戻ってきた。

 そして間もなく、サンタさんたちとクロウも無事に帰ってきた。



  *  *  *



 一件落着した、その晩。


「サンタさん! 晩飯、できたぜ!」


 オレは料理がのった皿をダイニングテーブルに並べて、サンタさんを呼んだ。


 大物の魔女の使い相手に一人で戦ったけど、幸いケガは青あざ程度。スノウに頼んで治癒魔法をかけてもらっているから、今は痛みを感じない。

 なによりも、明日大事な仕事があるカイや、ユキがケガをしていなくて良かった。


 ロッキングチェアに座っていたサンタさんが、ゆっくりと立ち上がった。こっちへ来るかと思ったら、奥にある棚からなにかを取り出す。


 白い箱。大きすぎず小さすぎず、中くらいの大きさで、赤いひもが十字に箱を囲い、ふたの真ん中でリボンが結ばれていた。


 サンタさんはそれを両手で持って、オレの前へ来た。


「えっ? オレに……?」


 差し出された箱を見て、サンタさんを見る。

 白いヒゲを蓄えた顔が微笑み、ゆっくりとうなずく。

 オレは戸惑いながら、箱を受け取った。リボンを解き、ふたを開ける。


「……これって!?」


 なかに入っていたのは、縁に白いファーがついた赤い布。

 オレは箱をテーブルに置き、中身を取り出した。

 サンタクロースのマント。それに、とんがり帽子。

 オレはもう一度、サンタさんを見た。

 サンタさんは小さくうなずく。着てみなさいってことかな。


「う、うん……」


 緊張しながら、上着を脱いでマントを羽織る。端についたひもを首もとで結んだ。マントというよりポンチョのような、腰が隠れるくらいの丈。触れている背中が、まるで火のそばにいるかのように温かい。

 続けて、帽子を手に取る。三角の形をして、てっぺんには白い雪玉のようなボンボンがついている。これもかぶると、頭や耳が、毛布にくるまっているみたいに温かくなった。


「で、でも、これって、もらうには試験がいるんじゃないのか!?」


 着てからだと遅いと思うが、オレはサンタさんにいた。

 この二つは、サンタクロースになるために必要な、一番最初の道具。これを着れば、トナカイの引くソリに乗ることができる。いわば、仮免みたいなものだ。

 でも、これを受け取るには、試験に合格する必要があるって……。


「まさか……!?」


 オレは、なにかに気付きかけた。

 その時。


「ふふっ、そう! そのまさかよ!」


 サンタさんの背後から、小さな妖精が、透明な羽を揺らしてオレのそばに来る。


「スノウ!? えっ……、ウ、ウソだろ!?」


 スノウはオレの鼻先をパタパタ飛んで、ニコッと笑う。

 身体は小さくなったけど、覚えている。この笑顔も、この声も、ちょっと意地っ張りな態度も。さっきまでオレのそばにいた女の子と重なる。


「スノウ、お前、人に化けられたのか!?」

「化けるって、嫌な言い方ね。ワタシほどの妖精になれば、姿を変えるくらい簡単にできるのよ?」


 スノウはそう言って、自慢げに手を腰に置いてのけぞった。


「じゃ、じゃあ、記憶がないってのも!?」

「ふふっ、あれは本当よ? リアル感を出したかったから、ワタシからサンタさんにお願いしたの。『一時的にワタシの記憶を消して、雪のなかへ捨ててきてちょうだい?』ってね。それで、カイにワタシを拾わせて、あなたが子どもにどんな態度を示すのか、こっそりサンタさんが試していたのよ?」


 言いながら、楽しそうにオレの周りをくるくると回る。


「まぁ、魔女の使いが来たのは想定外だったけどね。ワタシも記憶がなかったから、ちょっと取り乱しちゃった」


 そう言って顔の前で止まり、肩をすくめて、舌を出す。


「でね、試験結果だけど、いちおう合格よ。敵に注意しすぎて、たまにワタシを放置プレイしたり、詰めが甘いところがあったりしたから、合格点ギリギリってところかしら?」


 つまり、今日のことは全部、オレがサンタクロースのマントと帽子をもらうのにふさわしいかどうかの試験だったってこと。スノウの記憶を消して、ただの女の子に見立てて、オレを試していたってこと。


「なんだよ……それ……」


 明るく笑うスノウから、オレは目をそらし、うつむいた。

 両手を、ギュッと強く握る。


「なんでそんなひどいことするんだよ……! サンタさんっ!!」

「ちょっ、ちょっと、弟子!?」


 オレはスノウを素通りし、サンタさんの胸もとをつかんだ。

 顔を上げ、サンタさんの顔をキッとにらむ。


「一時的でもスノウの記憶を消すなんて、ひどすぎるだろ! スノウは……ユキは怖がってたんだぞ! 泣いてたんだぞ!」


 記憶がなくて不安がっていたユキを、少しだけ思いだして泣き出したユキを、そして、魔女の使いに縛られた時のユキを思い出す。


「オレだって、あんな大きなワザワイが来て、怖くて、震えて、痛くて。もうダメだって、サンタさん助けてって思った……。でも、ユキの顔見たら、ユキのほうがひどい顔してたから……。オレ、守らないとって、思って……だからオレ……、オレ……」


 泣くんじゃねぇって、自分自身に叱咤しったした。ユキを守りたい。笑顔にさせたい。幸せにさせてあげたい。その一心だった。


 気付けば、ほおに涙が伝っていた。上手く声が出なくなった。力が抜け、手がサンタさんからはなれ、その場にひざまずく。


「弟子……。だまして、ごめんね……。でも、記憶を消してってお願いしたのは、ワタシなの。あなたが一人前のサンタクロースになれるように、協力したかったの。それが、サンタさんの望みだから」


 ほおのそばにスノウが来る。流れる涙を、小さな手でそっとぬぐってくれる。

 肩にとまったクロウも、反対側のほおをくちばしでそっとなでてくれる。

 トナとカイもさくを抜け出し、オレのそばへやってきた。


 ふと、身体が温かいものに包まれた。

 オレは顔を前へ向ける。

 サンタさんがひざを折り、オレの身体をそっと抱きしめてくれていた。

 やさしく微笑む顔が、目の前にあった。


「サンタ……さん……っ」


 胸が、苦しいくらいに詰まった。いろんな気持ちがあふれ出て、我慢できなくて。

 サンタさんの胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。

 そんなオレを、サンタさんは黙って、やさしくなでてくれた。


「あなたはまだまだ半人前だけど、心は立派なサンタさんよ」


 耳もとで、スノウのささやく声が聞こえた。



 ――サンタさん。オレ、明日、絶対がんばるから。

   サンタクロースとして、子どもたちの夢を。

   絶対に、守ってみせるから。

   だから、今は……。今だけは……。


   オレの、オレだけのサンタさんで、いてください。




   【終】

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