第7話 夢を守る者

「ユキ! 謝らなくていい! 泣かなくていい! ユキは、なんにも悪いことしてないだろ!」


 弟子の声が、凍りつくような冷気を震わせた。

 わたしは顔を上げた。弟子と目を合わせた。

 縛られたままの身体。けれども、その目はさっきとちがう。大きく見開かれ、まっすぐにわたしを見ていた。


「言っただろ。オレが絶対に、お前を守ってやるって」


 身体に力を入れながら、弟子は言う。


「こいつを追っ払って、ユキの記憶を取り戻して、ユキを家までちゃんと送り届けてやる。もしもユキの親に事情があるなら、その時はいっしょに考えてやる。絶対、クリスマスにプレゼントをもらえるようにしてやる。絶対に、プレゼントが届くまで、オレが守ってやるから……」


 わたしの目に映る、とび色のひとみ。うるみを帯びて、キラキラと光っていた。


「だからあきらめるな! ユキ! まだ、なんにも終わってないぜ!!」


 カッコつけて言って、ニッと笑う。

 その顔に、その言葉に、心が震えた。

 まるで暗闇から、手を差し伸べられたみたいに。

 わたしは顔をブンブン振って、涙を振り落とす。


「うんっ!」


 差し伸べられた手を握るように、大きくうなずいた。

 弟子は安心したようにニコッと微笑む。

 そして目を、魔女の使いへ向けた。


「フンッ、マダあらがうつもりかイ?」

「当たり前だ! 言っただろ! お前を追っ払って、クリスマスの幸せは、オレが守ってやるってな!!」


 弟子は身体を激しく左右に振ってあがき、首に絡まる尻尾に噛みついた。


「ウッ……!?」


 魔女の使いが一瞬ひるむ。そのすきをついて、絡まる尻尾から右手を出した。それを天へ、まっすぐに挙げる。


「往生際が悪いネ! 無駄と何度言えばわかるんダイ? 幸せなクリスマスなんて、幻サッ!!」


 魔女の使いは、残り二本の尻尾を弟子へ突っ込ませようとする。

 その直前、弟子の右手が、小気味のよい音を鳴らした。


「〈 Presentプレゼンツ 〉! 〈 Shooting Starシューティング・スター 〉!!」


 弟子の目の前に、一つの大きな箱が現れる。

 パカッとふたが開き、なかからたくさんの星が飛び出してきた。


「いっけぇぇえええええええっ!!」


 星たちがきらめき、四方八方へ、まるで流れ星のように飛び散った。輝く尾を引いて、黒い尻尾をどんどんと切り裂いていく。

 わたしに巻き付いていた尻尾も切れ、縛られていた身体が自由になる。


「……って!? 落ちるーっ、きゃっ!?」


 支えを失ったせいで、身体が下へ落ちていく。けどすぐに、柔らかいなにかがわたしを受け止めた。


「ブルル……」

「カイ!?」


 フカフカの背中でキャッチしてくれたのは、同じく捕まっていたカイ。四本足で宙に浮いている。そっか、サンタさんのトナカイって、空を飛べるのね。

 カイに乗って、わたしは家の前に降り立った。


「おのレ……ッ!? よくもアタシのカラダをッ!!」


 見上げると、魔女の使いが歯をむき出して、弟子をにらみつけていた。

 まだ弟子の身体には一本の尻尾が巻きついている。腰をきつく縛られながらも、弟子はまっすぐに相手を見据えていた。


「お前がさっき言ったとおり、サンタさんはたった一日、街からワザワイを取り除くだけだ。クリスマスに幸せを感じるか、不幸を感じるかは、その人しだいだ。できないことはある。無駄だって思われることもある」


 それでも!

 弟子はちらとわたしを見た。両手を合わせ、祈るわたしを。

 ニッと笑い、再び前を向く。


「だからって、あきらめるわけにはいかねぇだろ!! 子どもたちに、キラキラした夢が届けられるまで! サンタさんは、オレは、お前たちなんかに、夢を奪わせたりはしない!!」


 そう言って、右手を天高く挙げる。


「……クゥッ、コノ、ガキガァッ!!」


 魔女の使いは歯ぎしり、弟子を顔の上へ持ち上げた。

 牙の生えた大きな口を開け、弟子を食べるつもり!?


「ガキじゃねぇ! オレは“夢を守る者サンタさん”の弟子だっ!!」


 臆することなく弟子は叫ぶ。同時に、指を鳴らした。

 

「〈 presentプレゼンツ 〉! 〈 Shining Arrowシャイニング・アロー 〉!!」


 現れた箱から、弓が飛び出す。

 牙が、弟子の目前に迫る。

 左手に弓を、右手に弦を持ち、大きく引く。構えた手と手を結ぶようにして、輝く矢が現れる。


「貫けぇぇぇぇえええええええええええええええっ!!」


 魔女の使いめがけ、弟子は矢を放った。

 光の矢が、魔女の使いの口へ飛び込む。

 頭から尻尾へ、一筋の光が瞬いた。

 次の瞬間。


「ギャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 断末魔の叫びが、あたりに響いた。

 魔女の使いを貫いた軌跡から光が漏れ、黒い身体を蒸発させていく。

 最後に、ホタルのような淡い光の粒を残して、闇は姿を消した。


 その光を見ていた時、ふっと、世界が開けた――。


「ぃよっしゃーっ! ……って、あっ!? 落ちるーっ!?」


 弟子の声で、ハッと我に返る。

 ガッツポーズをしているけど、そこは空中。バタバタともがくかいなく、おしりから下へ落ちていく。

 カイがため息をつくように鳴いて、地面をけり、駆けだした。


「う゛っ……!?」


 荒っぽく、角の曲がった部分で、身体を受け止めた。

 出っ張ったところがおしりに刺さったみたいで、弟子が変な声を上げる。

 そのままカイは、ポイッと弟子を雪のなかに投げ飛ばす。


「ぐふっ!?」


 弟子の頭が、雪のなかへズボリとはまった。


「ぐふっ!? ぐふぐふ!? ぐふぐふぐふーっ!?」


 あっ、もしかしてこれ、息できてない!?

 頭だけ雪に埋まり、手足をじたばたさせる弟子。

 慌ててそばへ行き、右手をつかんで引っ張る。カイものそのそ隣へやってきて、「ぐふぅっ!?」とか弟子に言わせながら左手を噛んで引っ張った。

 やっとのことで雪から抜け出て、弟子はバタリと仰向けに倒れる。


「い……、今、のが、一番、ヤバかった……」


 顔を真っ赤に染めて、息を大きく吸ったり吐いたりしながら弟子が言った。本当に苦しかったみたい。


「……ふふっ」


 でも、弟子には悪いけど、その顔を見て思わず吹き出してしまった。目が合い、ニコッと笑い返してくれた。そしてお互いにこらえきれなくて、お腹を抱えて笑った。さっきとは全然ちがう涙も出てくる。

 しばらく大笑いしてから、弟子は起き上がって言った。


「ごめんな、怖い思いさせて。ケガしてないか?」

「ううん、大丈夫よ。それにね、思いだしたの!」

「思いだしたって、記憶か?」

「うん!」


 返事をして、首を大きく縦に振った。

 弟子が目を丸くする。けどすぐにまゆをゆがめて、顔をうかがってくる。


「心配しないで? ちゃんと、家に帰れるよ」


 わたしがそう言うと、弟子はやっと表情を明るくした。


「そっか! 良かったな!」

「うん! それとね、弟子……」

「なんだ?」


 弟子はキョトンと首を傾げた。

 どうしようかな……。ちょっと迷いながら、言葉を続ける。


「……あ、ありがと」


 言って、顔が熱くなった。照れくさくなって、目をそらす。

 こんなこと言うの、初めてだから。今まで、ずっと言えていなかったから。

 ちらと弟子を見ると、驚いたようにポッカリ口を開け、目をまん丸にしていた。ほおを染め、クシャッと微笑み、


「どういたしまして、ユキ!」


 腕を広げて、こっちへ倒れ込むように傾いてくる。


「ちょっ、ちょっと!? 急に抱きついてこないでよ!?」

「いいだろ? だって……、だって……」


 弟子はそれ以上言葉を継がずに、ぎゅっと身体を抱きしめてきた。黙って頭をなでてくれた。

 もう……。弟子に聞こえないように、ため息を吐いた。でも、なにも言わずに、小さく震える背中をやさしくさすってあげた。

 そして、心のなかでつぶやく。


 ――もう十分、合格よ。ねっ、サンタさん。

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