ムッシュ・カサンドラと1ぴきのねこ(後編)




「こびと達は」と、須美が聞いた。「何のお歌を歌っていたの?」

「それがわからないんだよ」

「どうして?」

「こびと達はね、こびと言葉でしかお歌を歌えないからさ」

?」

「そう、こびとの間だけで使われる言葉のことだよ」

「シュウちゃんは、こびと言葉を使えるの?」

「どう思う?」

 突然投げかけられた質問に、須美はすこし言い淀んだ。それから、ちょっと考えて、

「使えると思うよ」。

 彼はニッと笑うと、抱きかかえていた須美を、防波堤の上におろした。

 ふたりは防波堤の突端まで来ていたから、彼はその端に腰を下ろした。その膝の上に須美を座らせると、歌い始めた。

 まずは指を鳴らして、そこにハイ・ノートのコーラスを交えた。四分音符のビートにかかる長音符、メイジャーコードのコーラスは、それだけでいまの空気にとても似合う浮遊感を、ふたりの間に漂わせた。








 as we stroll along together

(ぼくたちは一緒に散歩する)

 holding hands, walkin' all alone

(手を取り合って、ふたりきり)

 so in love, are we two

(ふたりはともに愛し合って)

 that we don't know what to do

(もうどうしたらいいかわからないくらいだ)

 so in love a world of our own

(ふたりだけの愛の世界)


 as we stroll by the sea together

(海のそばを散歩する)

 under stars twinking high above

(星降る空の下)

 so in love, are we two

(ふたりはともに愛し合って)

 no one else bue me and you

(きみとぼくだけの世界)

 so in love, so much in love

(とても愛しているよ)

 so in love, so much in love

(とても愛しているよ)


     (The Tymes, So much in love)



 ムッシュ・カサンドラと1ぴきのねこには歌詞の意味はさっぱり分からなかったけど、それでもその歌の持つ倖せな雰囲気は十分にくみ取ることができた。

 だって、歌が歌われているあいだ、押さえがたいような胸のワクワクがあり、腰から下の身体が、うねるようなリズムに乗ってくるのだから。

 やがてこびと達の歌が終わると、ふたりは我慢できなかったように拍手した。ムッシュ・カサンドラの大きな手のひらからは割れんばかりの拍手が。1ぴきのねこは肉球を合わせて、音のない拍手を、それぞれに惜しみなく贈った。

 こびと達は照れくさそうに何かを言うのだけど、1人と1ぴきにはそれがなんのことやらさっぱり判らない。

 ただ、彼らが口々に言った、こんな言葉だけは、耳に残った。

 だから森をでて、市場に行った後も、にこにこ顔のムッシュ・カサンドラと1ぴきのねこは、とうもろこし売りのおばさんにも、牛乳売りのおじさんにも、みんなにその倖せを分けてあげたくて、意味も分からずにその言葉を繰り返しつづけた。

 市場のみんなも、1人と1ぴきの言うこびと言葉の意味は分からなかったけれど、でもその笑顔に引き込まれて、にこにこと笑いながら、牛乳をおまけしてくれたりした。

 え?

 ムッシュ・カサンドラと1ぴきのねこが一体、どんなこびと言葉を覚えたかって?



 ●



「メリー・クリスマス」、と彼は言った。

「それ、どういう意味?」怪訝な顔で、須美は質問する。

「あなたにも倖せを、って意味さ」と彼。「須美も言ってごらん。一度口にしたら、この言葉の魔法が須美にもわかるから」

 自信なさそうに、須美は言った。「…めりー・くりすます」

「メリー・クリスマス!」彼は大きな声でそう答えた。

 その言葉に、須美は確信を持ったように、もう一度言った。

「メリー・クリスマス!」

 胸の中が、ほかほかとあたたまるようなこころ持ちがした。

「さぁ、おうちへ帰ろう。帰ってママにもこびと言葉を教えてあげよう」

 うん、と須美は力強くうなずくと、彼の膝から立ち上がった。

 防波堤を陸へ向かって歩きながら、握りかえす須美の手の力強さはそのまま、自分の力強さなんだと、彼は思った。

 須美に、メリー・クリスマス。

 自分にも、メリー・クリスマス。

 そして、ムッシュ・カサンドラと1ぴきのねこにも、メリー・クリスマス、と彼は思った。

 






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Christmas special 2018 フカイ @fukai

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