和泉海

第1話 箱



箱のなか。

みんなは箱のなかで箱を見ている。




 この世には箱がたくさんある。みんなはそんな考えおかしいと言うが、僕には箱がたくさんあってそのほとんどが同じに見える。


 僕も前は箱の中にいた。僕のいた箱には大切な人がいて、その人は面白い箱を持っていた。僕にはその箱だけが違うものに見えた。


 今もその人が見ていた箱と同じ形の箱を見ている人がたくさんいる。僕は灰色の大きな箱がたくさんある町の歩道橋の上にいる。だけど、この町の人が見ている箱とその人と見た箱は全然違う。

 灰色の箱の中でたくさんの人が見ている箱はたくさんの文字が並んでいて、目まぐるしく動くそれは、生き物にも見えるけど、冷たい感じもする。


 僕とその人が見ていた箱。それは誰でも好きなことをして人と関わり、お話しできる楽しい箱だった。その人は自分のことを”ダメな人間”と言っていたけど、僕はそんなことないと思っていた。僕も箱の中のたくさんの友達も、みんな彼が大好きだった。




 僕は灰色の町で、グレーの服を着たメガネの男を見つけた。そういう服をきた人は少なくない。皆せわしなく動いたり、難しい顔で箱を見つめたりと大変そうだ。


 けれど僕が見つけた男は大変さよりも嬉しさの方が強く見えた。人間が生きて行くとき、苦しい事や大変なことが楽しいことにつながると聞いたことがある。

 その男は苦しいことを乗り越えたのだろうか。


 僕は気になったのでついて行ってみた。





 その男は一日にいくつもの大きな箱に入っていった。オシャレな箱、シンプルな箱、強そうな箱。出てきたときは疲れが出ていたけれど、すぐに笑顔に戻ってまた次の箱へ向かう。


 僕は男が何をしているのかよくわからなかった。


 



 そんな男が最後に行きついた場所―僕も似たようなところにいたことがある。

 箱というには三角の部分とかもあるから少し違うけれど、今日見た中で一番暖かそうな箱だった。


 男が箱の扉を開けると、小さな子どもが出てきて彼に抱き着いた。男も宝物を扱うように優しく抱き上げた。今日ついてきて見た中でも最高の笑顔で。


 僕は何だか懐かしいような悲しいような気持ちになって、前にいた箱のことを思い出した。


「また戻りたい……」


 そう思っても、もう戻ることはないだろうと分かっている。



 箱からあふれる光は暗くて寒い夜を暖かく照らした。

 

 僕は木の上で羽をたたみ、目を閉じた。そうしたらあの頃のことが少し思い出せそうな気がしたから。












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和泉海 @kai-5963

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