第4話 決着
「生きてるかノエル」
「うん」
力ない声で返事をするノエル。
二人は冷たい床の上に衰弱し、横たわっていた。
人を閉じ込める為に作られた鉄柵は分厚く、力自慢の大男でもここを抜けることは不可能だろう。
もう何日食べ物を口にしてないだろうか。
ノエルはそんなことを考えながら、ヴェンに方を見た。
目には力が無く、見るだけで弱っているのが分かる。
二人は王族に捕まり、既に一週間が経っていた。
計画が始まって数日経った頃、ノエルの計算通り街の住人たちと王族は持久戦にもつれ込んだ。
食材の確保が安易な住人たちは、少ない食料でありながら分け与え、王族に収める分の食料も全て住民たちに配った。
だがそれだけではさすがに足りず、ノエルとヴェンは若い男たちを集め、森に肉と果実。
そして海には魚を取りに出向いた。それでなんとか一日分の食料を確保出来たものの、やはり贅沢は出来ない。
王族とは言っても、食料には限りがあるし、ましてや王族に収めるべき食料は現在一つも収めていない。
それにタバコの生産を止めたことで、外からの援助はないと考えていい。
向こうが降参してくるのも時間の問題だろう。
誰もがそう期待と希望を胸に抱いて、この辛い毎日を乗り切っていた。
しかし、子供が考えたことなどそう簡単に上手くいくはずが無かった。
王族たちは、裏で若者たちに食べ物を与え、上手く誘惑していたのだ。
街のみんなは満足に食事が出来ない中、この作戦に気付いた王族はまだ食料に余裕がある内から、若者たちを屋敷へと引き抜いていった。
バレないように少しずつ、その度に街から食料が消えていくことをこの時、誰も気づかなかった。
ある時ふと、最近やけに若者の姿が減ったことに気付く。
気付いた時にはもう手遅れだ。
ヴェンが無理やりに説得した反対派の人々は、王族側へと寝返った。
反対派が王族側へ寝返ったことで、勢力図が完全に逆転してしまい、武力での争いを持ち掛けられれば、住民たちに勝ち目はなかった。
全ては王族の手のひらで転がされていたという訳だ。
王族たちは街へ来るなり、降参するように訴える。
兵隊たちの手にはそれぞれ鋭利な武器を持ち、体には鉄の鎧を身に着け戦闘態勢だった。
住民たちも農具を持ち反抗しようとはしているが、老人を始め女、子供では分が悪いのは一目瞭然だ。
「お前たちに勝ち目はない! 今降参したら今までの無礼は許してやる」
住民たちは勝ち目がないことは分かっているのだろう。
絶望したように力の抜けた顔になっている。
「ヴェン。僕たちの負けだ」
ノエルもまたこの状況をよく理解出来ていた。
大人たちの力に、王族の権力に負けたのだ。
子供の二人だけでは立ち向かうことが、どれだけ無謀かすぐに理解出来た。
「聞け! 王族たち!」
突然とヴェンが声を張る。
集団を掻き分け、王族たちの前に立ちはだかるとポケットから何かを取り出す。
取り出した四角い箱のような物を持ち上げ、「これがなにか分かるか?」と尋ねる。
真ん中には赤い丸のボタンがついており、そこを押せと言わんばかりに主張していた。
「オイラがこのボタンを押せば、洞窟は爆発する! お前らもあの洞窟を使えなきゃ困るよな?」
王族たちに向かって交渉を始めだすヴェン。
ノエルは慌てて集団の前に出るとヴェンの右斜め後ろに歩み寄る。
「それがどうした? 子供騙しに引っかかるか」
王の一人が鼻で笑い飛ばし、呆れかえっていた。
二人を蔑むような表情は、勝利を確信した者の典型だ。
「お? なら押しちゃうよ?」
そう言った時にはヴェンはもうボタンを押していた。
三秒ほど無音が続き、王がはっはっはと声を張り笑いだす。
「それみろ。ただのハッタリだ」
王が余裕の表情で笑い、体を大きく後ろに反らした瞬間。
森の方から物凄い爆発音がする。
それも一つではない。
十回ほどの爆発音が街中に響き渡り、その後に何かが崩れ落ちるような音もした。
動揺する人々の顔は不安に駆られ、この先何が起こるのだろうかと動揺を見せる。
その中でヴェンだけは微笑みを浮かべ、王族たちから目を離さなかった。
しばらくすると音も止み、王は数人兵隊に洞窟を確認させに行かせた。
ヴェンは洞窟にいくつも爆弾を仕掛け、最終手段として常に起爆スイッチをポケットに入れていた。
獣を売ったお金でサイにいくつも爆弾を作らせ、予防策を取っていた。
ヴェンにしては珍しい起点の利かせ方だが、その計画を聞かされていなかったノエルは突然のことに驚愕している。
王はヴェンの方を睨み、「捕まえろ!」と怒鳴る。その声を聞いて子供相手に四人もの大人が襲い掛かる。
鎧を着た大人四人相手では、ヴェンは歯向かうことすら出来ない。
捕まるヴェンを助けようとノエルは木の棒で必死に抵抗するが、ヴェンと一緒に捕まえられ、そのまま屋敷の牢屋に閉じ込められたのだ。
牢屋に入れられたヴェンは「これであいつらも終わりだな」と微笑みを浮かべていた。
全ては計画通りだと。
※
ロイは慌てていた。
街は騒がしく、帰り道に使うはずの洞窟は崩壊しており、屋敷までの道のりを塞がれていた。
「一体誰がこんなこと」
ロイは頭の中に森の外のことを探っていたノエルのことを思い浮かべる。
嫌な予感がしたロイは考えるよりも先に、森の中へと走っていた。
木の枝が服に引っかかり、服が破けるのなんて気にせず、飛び跳ねる泥も、どこかで獣の声がしようとも気にしない。
ただ、真っすぐに屋敷に向かって走った。
森を抜けると街中は騒がしかった。
王族たちは老人や女を奴隷のように扱い、そしてまだ小さい子供まで労働させている。
その光景を見たロイは「何をやってる!」と声を荒げた。
ロイの姿を見た一人の兵隊がニヤつた笑顔で「こいつらに働かせてやってるんですよ」と言った。
「今すぐに止めさせろ! 誰の指示だ!」
「王だ」
ロイの怒りと焦りは絶頂に達していた。
ロイが屋敷を留守にしていた間に、反乱が起こり、ノエルとヴェンは捕まり、残された住民たちは奴隷のように働かされていた。
無理やり労働させていた兵士を呼び集め、今すぐに止めさせるように指示し、ロイはすぐに屋敷に向かった。
王の元に向かい、「これはどういうことでしょう」と口調を強めて問う。
「ロイか。少し懲らしめてやっただけだ」
「ですが、街のご老人やまだ幼い子供たちにあのようなことは」
「黙れ! 誰に向かって口を利いている!」
王の顔はみるみる内に赤く染まる。
一連の出来事をロイに伝えた王は、「お前は船から屋敷までの道を何とかしろ」と命じた。
王が屋敷までの道の復旧をロイに急がせたのには理由があった。
タバコの生産が止まったからといって、王族にとってはなんの問題もない。
別に船が来ない訳ではないからだ。
王族からすればしばらくの間、売り上げが下がる。それだけに過ぎなかったのだ。
だが、屋敷までの道を破壊されたとなれば話は変わってくる。
船から食料を調達しようと考えていたのに、これでは船が来ても屋敷まで運ぶことが出来ない。
王もまさかのことに焦りを抑えてはいられなかった。
牢屋には主犯である二人がいることも知らされたが、名前までは言わず「ガキを二匹ぶち込んだ」と吐き捨てた。
ロイはすぐに牢屋に向かう。
牢屋といっても普段は絶対に使わないただの物置みたいなものだ。
薄暗い廊下が続き、空の牢屋が左右に並んである。
そこには人ではなく、いらなくなった物が無造作に投げ込まれていた。
一番奥は行き止まりになっていて、奥に向かって行くに連れて光が少なくなる。
奥の方には殆ど光が入ってこなかった。
左右を確認しながら速足で進むロイは、一番奥の牢屋に横たわる二人を見つけた。
「おい! 大丈夫か! 返事をしろ!」
「……お父さん」
力ない声で返事をするノエル。
すぐに牢屋の鍵を開け、二人を座らせると持っていた水とパンを与える。
「ゆっくりでいい。食べるんだ」
幻でも見ているかの表情をするヴェンと、まだ意識がはっきりしていないノエル。
手に持たされたパンをゆっくりと口に運ぶ。
ノエルの方は噛む力も弱々しかったが、ヴェンの方は一口食べた後はモリモリと口に運んでいる。
「あんたは?」
ヴェンがロイに尋ねる。
二人は初対面でノエルの父であることをヴェンは知らない。
ノエルもまた屋敷に父がいることを黙っていた。
「私か? 私はノエルの父だ」
包み隠さずにそう告げると、ヴェンは口を開けたまま、二人を何度も見比べていた。
「え? あぁ、え?」と戸惑いの仕草を数回繰り返し、最後は何も言わずに「そっか」と頷いた。
「訳は聞いた。子供だけで無茶するんじゃないと言っただろう」
「ノエルの父ちゃん。お願いがあるんだ」
ヴェンは唐突にそう言った。
ロイは「なんだ?」とヴェンの方に顔を向ける。
「オイラたちをここから逃がしてほしい」
二人が話している横でノエルはパンの端をチビチビと食べている。
ヴェンは街で何が起こり、これから何が起ころうとしているか説明していた。
ロイはヴェンの話に時折質問を挟む程度で、基本は黙って聞いていた。
全ての事情を知ったロイは「やっとこの時が来たか」と微笑んでいるようにも見える。
「明日の日が昇る前にまた来る。その時までここで大人しくしていなさい。食べ物は隙を見て持ってきてあげるから」
それだけ言い残しロイは牢屋を出て行く。
怪しまれないように鍵を閉め、コツコツコツと足音が遠くなる。
「なんで父ちゃんが屋敷にいること黙ってたんだ? 父ちゃんが屋敷にいるならもっと簡単にいったのに」
ロイがいなくなったのを確認してからヴェンはノエルに訊いた。
「だって僕は屋敷で働くお父さんは嫌いだから。それに王族はみんな敵だと思ってた。お父さんも同じで」
ヴェンはそれ以上理由を求めてこなかった。
自分の父親も街では災悪と呼ばれ、いい思いをしてこなかった。
ヴェンにはノエルの気持ちが痛い程分かった。
二人はそっと目をつぶり、そのまま眠りについた。
※
気温が静まり返る真夜中のこと。
キャストタウンの海に一隻の船が到着していた。
その船からはゾロゾロと人が下りてきては真夜中にも関わらずワイワイ、ガヤガヤと物音を立てる。
船は人間が何百人も入るほど大きく、それに食べ物や生活に必要な物を大量に積んでやってきた。
普段使う屋敷に繋がる洞窟とは正反対の場所に、知らずの内に小さな港が造られている。
「遅かったな」
船から降りてくる男に声を掛ける。
「まぁこれでも急いだ方さ。許してくれギル」
「そうも言ってられないんだ。子供が二人捕まった。急いでくれ」
ギルは男に状況を伝えると、街で起こった出来事を話した。
事情を理解した男は船の乗員たちに荷下ろしを急ぐよう指示をする。
力自慢の男たちが、スピードを上げて船の中の荷物を砂浜へと運び込む。
全ての荷物を運び終えた時には既に日が昇り始めた頃だった。
※
「おい! 起きろ!」
二人の肩を大きく揺すり、気の抜けた表情をしているヴェンが先に起きた。
続けてまだ夢でも見ているかのように寝とぼけたノエルが目を開ける。
「出るぞ。物音を立てるな。静かに屋敷の外に向かう」
まだ起きてすぐの二人には、ロイの言葉の意味を理解するのに数秒ほど時間がかかる。
やっと状況を理解すると、静かに立ち上げりロイの後を追いかける。
屋敷の中は豪華な照明に高級そうな装飾が施され、見るからに金持ちが住んでいる風だ。
廊下は真っ直ぐに長く続き、赤い模様と黄色の模様が公差し合う絨毯は、靴の音も吸収してくれた。
自分が来た道すらも分からなくなる程、屋敷の中は広かった。
その広さや豪華さには二人もキョロキョロと落ち着かない様子だ。
ロイの歩くスピードは子供の二人からすればかなり速足で、二人は小走りをしなくてはついていけない。
しばらくすると屋敷の出入り口がある大広間に出た。
だがその大きな出入り口ではなく、大広間の階段を下り、横に小さな勝手口のような場所から外に出された。
「ここに行けばある男に会える。そいつは味方だ。あとはそいつの指示に従え」
ロイはそう言うとノエルに場所を示した紙を渡す。
ノエルはその紙を眺めてはすぐにポケットにしまった。
「男の名前はルーク。名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「えっ?」
大声で叫ぶヴェンの口を塞ぐノエル。
ロイは「早く行きなさい」と二人を屋敷から逃がす。
とにかく指示された場所まで走る二人は動揺をしていた。
「どういうことだ? なんで父ちゃんがここに? 生きてたんだ!」
涙を流しながら、笑顔で走るヴェン。
「そうだよ! 僕たちを助けにきてくれたんだ!」
二人の走るスピードはどんどん上がっていく。
街の端までくると、なぜか見知らぬ細い道があった。
それは以前ギルが言っていた海までの道なのかもしれない。
二人はギルとの会話を思い出し、その道を疑うことなく走って行く。
森を抜けるとそこにはギルと話すもう一つの影が見える。
大きく広がる海に、初めて見る港。
そこに浮かぶ一隻の船。
二人が港に着いた時には日が昇り始めていた。
「父ちゃん!」
誰に教えられた訳でもない。
でもヴェンにはそれが自分の父親だと分かった。
理由なんてない。親子だから。
「ヴェン……。ヴェンなのか?」
驚くルークは両手を広げ、その胸にヴェンが勢いよく飛び込む。
親子の感動の再開を邪魔したら悪いとギルは傍から離れ、ノエルの頭をガシガシと撫でた。
「大丈夫だったか? 怪我はしてないか? 腹は減ってないか?」
ノエルは言葉にせず、何度も頷いた。
視線はルークとヴェンから離さず、羨ましそうにその光景を眺めていた。
※
明け方、王族の屋敷には多くの人が囲っていた。
街の住民たちには満足いくほどの食べ物が与えられ、弱っている人たちは手当てを受けた。
ルークが連れてきた人々は、この街を救うべく集まった仲間たち。
キャストタウンの食べ物や歴史、技術に興味を持った色んな街の人たちが協力してくれている。
その代表がヴェンの父であるルーク。
王はルークの姿を見てとても苦い顔をしていた。
勝ち目がないと悟ったのか王族はすぐに降参し、屋敷の中から連れ出された。
住民たちの前で謝罪し、この街から追放を余儀なくされる。
新しい王としてロイが一任されたのは、この街の為に影から支えていたのを皆が知っていたからだろう。
ロイはルークと初めて会ったあの日、この街を変える方法を書いた紙を見えるように落としていた。
それからはキャストタウンの良さを伝える為に、ここでしか取れない果実や作物などをルークに送り、キャストタウン良さをルークに伝えてもらっていた。
ギルは王族にバレないように新たな港の創設と、街から港までの道を弟子のサイと共に造っていた。
ノエルとヴェンがサイと接触することは予想していなかったが、結果的には上手くいったのだろう。
二人がこの件に絡んでいることを知ったギルは、全力で否定するも二人の意思は固く、ギルも渋々納得した。
一週間も牢屋に子供を閉じ込めるのは胸が締め付けられるほど苦しかったが、ギルも自分の使命を全うした。
何よりもルークが到着出来るように港の完成を急いだのだ。
ノエルとヴェンが反乱軍を立ち上げたおかげで、街の真実を住民たちが知ることが出来たのは大きな成果だった。
ルークが王族を一方的に追い出したとしても、街の住民がそれで納得いくかは分からなかった。
王族に対して反対派を集めたことで、この状況を住民たちがすぐに受け入れることが出来たのであろう。
こうしてキャストタウンは王族たちの支配から逃れた。
各街から何隻も船が集まり、いつしかキャストタウンは誰もが憧れる街となりみんな幸せに暮らしている。
あれから数年。
ヴェンはまだ幼い子供たちに自分がしてきたことを語り、多くの子供たちに夢と希望を持つことを伝えた。
学校では教えてくれないことを、ヴェンは誰よりも熱く伝えたのだ。
ヴェンは子供たちにとても評判がよく、持ち前の明るさですぐに街の人気者になった。
あれだけ嫌われていたヴェンは、自分の周りに人が寄り付くことに慣れていないせいか、最初はオドオドしていたが、数日もすればそれがいらぬ心配だということが分かる。
「じゃあ父さん行ってくるね」
「あぁ。気をつけてな。次はいつ戻るんだ?」
「新しいなにかを見つけたら戻ってくるよ」
「ノエル。怪我しないようにな」
満面の笑みを浮かべ、ノエルは今日も海の上へ旅に出る。
父のロイとは何度も言い合いをしてきたが、自由を主張する息子の姿に父のロイが折れた。
子供の頃に自分の敷いたレールの上を走らせていたことを後悔し、頭を下げたこともあった。
ノエルもまた父と母の愛情は理解していたが、素直に受け止めれなかったことを伝え、家族は昔のように仲良く暮らしていた。
好奇心旺盛なノエルは、ヴェンの父であるルークから街の外でのことを細かく聞き出した。
こうなったノエルはもう誰にも止められない。
それからというもの、ルークの後を追っては船に乗り旅に出かけた。
今ではもう自分一人で色んな場所に旅しては、数カ月に一度キャストタウンに戻ってくる。
街では「鉄砲玉のノエル」なんて噂もあったが、ヴェンがそれを訂正して回っていることをノエルは知らないだろう。
「さぁて! 行きますか!」
ノエルと森とヴェン 道端道草 @miyanmiyan
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