変身

「おう、ようやっと戻ってきたか、てっきり逃げたんじゃ――ってどうしたお前その顔」


 戻ってきた私の顔を見てなるみん先輩が目を丸くした。

 それはそうだろう、この三十分で私は恐ろしく変貌していた。

 とは言っても、顔中傷だらけのぼっこぼこのぼこってわけではなく――。


「何々? 深夜ちゃんがどうしたって……おぉ、これは中々……女の子って変身するものだね」

「様になってんじゃないか? まさにロックバンドのギタリストって感じで」


 私はパンキッシュな彼女らに引っ張っていかれた場所は、彼女らの控室。

 そこで私は十余年に渡る生命活動の終焉を直感していたが、どうやらその危機は免れたようだった。

 代わりに私は彼女らに良いように弄ばれた……。


「メッシュって短時間で生えてくるもんなんだな」

「これはエクステ、借りた」


 エクステだけではない、私自身が触ったこともないメイク道具であれよあれよ、と言う間におめかしされてしまったのだ。


「ずいぶんと可愛くなったんじゃない?」

「かち殺すぞ、昇」

「いつもよりキレが足らんが、本当に大丈夫か……?」


 なるみん先輩に心配をかけてしまっているが、実際のところ元気がないのも確かだ。その証拠に実はさっきから指先が震えている。

「どうする、やっぱ降りるか? 最悪オケはCD使う」

「そんなの、駄目!」


 思わず自分の雑な敬語すら吹き飛ぶくらい反射で叫んでいた。

「ライブは生でやらないと駄目……ッスよ」


 多分、私はそう言う意味で「駄目」と言ったわけじゃない……と思う。

 けど、なんで私がそんなことを言ったのか、自分でも分からない。

 誰かの代役で、しかもトリのメインギター、失敗を考えているつもりは無いけど……ただでさえ人と向き合えない私が多数の他人の目に耐えられるか。失敗せずとも、なるみん先輩の出番を期待していた先輩たちの顔見知りやファンはどう思うだろうか。

 そんな考えが頭の中を渦巻いているのに、溢れんばかりの不安とせめぎ合う様に「このチャンスを物にしたい」そんな野心が膨れ上がっていく。

 これまでの味わったことのない感情への戸惑いが、私の身体を強張らせている。


「わかった、だが、一つだけ言わせてもらう……」


 珍しく、なるみん先輩が私に目線を合わせるように少し膝を屈め、正面に立つ。


「ステージの上でも、そんな不細工な顔してたら演奏中だろうがハッ倒す。引き受けた以上は半端な気持ちは、持っていようが表に出すな」

「なるみんさぁ~、それミヤちゃん励ましてるつもり?」

「茶化すな。真剣な話だ。それができないなら、お前を立たせる気はない」


 言葉の通り、なるみん先輩の眼差しは大真面目だ。

 なるみん先輩たちにとっては、今回のライブは定期的に開催している、言ってしまえば、何ら特別でない日常的なこと。例え、今日のライブがしょっぱくなろうが、なるみん先輩たちに大きな痛手になることはない。

ここまで真剣である必要なんてない……つまるところ……。


「……わかりました。なら、一つお願いしたいことが――」


 言いたいことはわかった。

 けど、折角なんだ。

 だったら、このライブ、ただの代役なんかで終わらせたりしない。


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ハレルヤ×ハーモナイズ 文月イツキ @0513toma

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