緊張と鳴き声

「うっ……! おう”ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 多大な緊張の前に、昼間の晴さんとのデートで食したものは劇的な変貌を遂げて再び外気に触れる機会を得ていた。

 鏡に映る洗面台で洗った私の顔は、メタルバンドのメイクのように真っ白かつ青ざめていた。




「って、出番がトリなんて聞いてないんッスけど!?」

「あ? 知ってて引き受けたんじゃねぇのかよ」


 ライブは既に開演しており、すでにトップバッターのバンドの演奏が始まっている最中。私達は控え室でリハーサルをしていた。

 そこで私は初めてNNNの出番が最終番トリであることを知ったのだ。


「今更怖気づくなよ、一度引き受けたオファーを断るやつの信頼なんて一瞬でなくなるのはどこの業界でも一緒だかんな」


 七弥がだるそうにぼやくが、急にハードルが高くなったことで私の最初の威勢はどこかに飛んでいってしまっていた。


「んなこと、分かっるッスよ! けどセットリスト的には中盤だったじゃないッスか!」

「リハーサルの時間確保するために後ろに回してもらったんだよ。それともろくにリハーサルしないで本番の方が良かったか?」

「究極の選択過ぎるッス!」

「まあまあ、落ち着いて、水でも飲みなよ、深夜ちゃ――」

「昇は黙ってろ。……すいません、少し取り乱しました……とりあえず吐いてきます」

「お、おう……ほんとプレッシャーに弱いな……」

「そう? デリケートな女の子って可愛いと俺は思――」

「お前の頭を吐瀉物状にひき潰すぞ……」



 ということがあって私はトイレに来ていた。

 太○胃酸でも買ってくるか? そんな時間あるなら、リハーサルに費やしたほうがいい気がするけど……。

 気合だけでなんとかやることを決意したはいいけど、トリで演奏とか、実際に本番が近づいてくるごとに憂鬱で胃が苦しくなってくる。

 弱気になるな……私、折角勇気を出して掴んだチャンスだぞ……。


「はぁ……とりあえずもどろ」


「ふぅ〜〜今日はウチら、かなり調子良かったんじゃないか? ん?」


 げっそりとした顔でトイレを出ると、出番の終わった他のバンドの人たちとばったり出くわしてしまった。


「なんだ、アンタ見ない顔だな?」


 思わず一瞬立ち止まったのが運の尽きだった。


「ひっ……!」


 思わずコミュ障が発症してしまう。

 5人組の女の子たち、私とそう歳も変わらそうな、けど、ウチの学校じゃいないクール系メイクバッチしの派手めで少し不良っぽい子たち。先程、演奏を終えたのかほんのり汗ばんでいる。

 私のコミュ障は特に同年代同性に強く働く、話題が合わない、センスが合わない、貞操観念が合わない、その他モロモロの理由により彼女たちの見た目を問わず、私は同い年女子に萎縮してしまう。


「ここは、関係者以外立入禁止のハズだが。新人のスタッフって感じでもねぇよな」

「今日は顔見知りしかいないはずだしね」


 あわてふためく不審人物を見るような目で見られ、怖じ気づきながらもなんとか説明する。


「えっと……あの……なるみ……先輩にすけ、っ人を頼まれた者、で、して」


 噛まずに事情を説明できたが、しどろもどろが過ぎるぞ!


「鳴海? そういやアイツ、手ぇ怪我してたな、っつうことはアンタがNNNの代打ギターか」

「はい、そうッス……へへへっ」


 簡単な説明だったが、それで納得してもらえたみたいで、鋭い目つきの(私が言えたことではない)リーダーっぽい女子の少し声色が和らいでくれた。そのおかげで、私もなんとか平静を取り戻せた。


「そっか、ってことは今リハーサル中か、引き止めて悪かったな」

「へへっ、それじゃあ」


 完全に三下ムーブである。

 今日のライブは全員顔見知り、ってことはなるみん先輩や七弥の知り合い、多分見た目はともかく怖い人たちじゃないはず。


「なあ、アンタ」


 そそくさとその場から立ち去ろうとする私をリーダーっぽい子が呼び止める。


「NNNのギターやんだろ、にしちゃあ、ちょっと地味過ぎんじゃねえか……? 顔色悪ィし」

「うぇっ?」


 なになになに? ちょっとビビり過ぎた? 違うんです、初対面の女子に対してはだれでもこうなんです!


「まあ、そうビビんなって、ちょっと面貸してくれや。少しはマシな顔にしてやっからよ」


 マシな顔って何? 私ぼっこぼこにされんの!?


「いやいや、遠慮し――」

「ウチらの出番はもう終わってんだ気にすんな、ほら行くぞ」


 慌てて去ろうとした私の首根っこを掴み、割りかし体格差があるにも関わらず軽々と引っ張られる。


「うぇ、う"ぇアァァァァァァァァァァァァ!!」

「どんな鳴き声だよ……」

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