代打バッター

「……………………は? いやいやいやいやいや、何アホなこと言ってんスかなるみん先輩。七弥と昇に毒されましたか?」

「いや、本気マジに頼んでる」


 そう言って、なるみん先輩はポケットに突っ込んでた手を出した。


「……これは……気の毒やな……」


 晴は言葉にしたけど、私も先輩も言葉にならなかった。

 ギタリストの命、いや楽器を奏でる人間に共通して命と等価といえる……手。

 なるみん先輩の指先は開閉すらままならないほどに包帯をグルグルに巻かれていた。

 しかも、ピックを持つ右手ではなく、弦を抑えるための左手……。


「しくじった……ライブ前で細心の注意を払ってたのにこのザマだ」

「ライブの準備中、どこぞの馬鹿が雑に積んだ機材類の箱が運悪く鳴海の上に落ちてこうなった。鳴海のせいじゃない……」


 不慮の事故。当事者にはどうしようもない不運。

 けれど……。


「全治一ヶ月、幸い軽い骨折で済んだが、間違いなく今日のライブで俺は――――弾けない」


 冷静を装ってはいるか、同じギタリストとして、いやギタリストとしてだけじゃないみじゅくなりにも曲を手掛ける者としてなるみん先輩がいかに悔しさを耐え忍んでいるかわかる。

 自分が弾き、歌うべくして作った曲を自らの手で奏でられない悔しさ……。


「お前にしか頼めない、だから……」


 そして、自分が奏でるべく手掛けた楽曲を、誰かの手に委ねなければならない歯痒さ。


「私……には…………」


 『出来ません』そう形作ろうとした口を、私は取り崩した。

 なるみん先輩に遠慮して断ろうとした瞬間、わずか目の端に、私が断ろうとした本当の理由が入り込んだから。

 建前だ。

 なるみん先輩だってやりたかったに違いない。だから私がやるのはお門違いだ。遠慮すべきだ。なんてのは。

 確かに、なるみん先輩は無念だろう。それはそうには重すぎるだろう。

 けど、そこじゃない。そこが、私が引こうと理由じゃないんだ。

 本当は晴に言葉で後押ししてほしい。

 わざと渋って「深夜なら出来る」って言ってほしい。

 けど、それじゃあ今までと1ミリだって変わってない。


「いえ、私、引き受けます。私にはNNNのギターを任せてもらえませんか?」


 自分の言葉で応える。

 それが晴を信じた私だから。

 その言葉に、なるみん先輩も七弥も意外そうにキョトンとしていた。

 そしてなにより、その言葉に驚いているのは私自身だった。

 きっと、昨日までの私なら断ってた……いや、もしかしたらそれが目の届くところになかったら今の私でも断ってた。

 晴……。

 私が断ろうとした本当の理由、そんなものは今の自分にはなくなってたんだ。

 昨日まではなかった確かな『自信』が、今は形を成して、確固としたモノとなって私にはある。

 遠慮なんてして何がある?

 何もない、私が逃げたっていう事実が残るだけ。

 なら――――


「やってやります。先輩には悪いけど、これは私にとってチャンスだから!」

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