エピローグ『花燃えゆく』
瞬きの間に、海風を浴びていた。
どうやらクリアすると自動的にここに転送される仕組みらしい。
Hotel・OBOROのすぐそば、バーベキューをしたビーチだ。
周囲には他メンバーもそろっている。ヒースは目で人数を数え、ため息をついた。
パーティーが終わる時は寂しいものだ。
花火があがる。歓声が上がる。さわやかな潮騒と夜風が寂寥感をあおり、空に浮かぶ迎えの飛鯨船が、予感を確信に変える。
楽しかった。楽しいあとの次は、『さて』と立ち上がり、もとの場所へと戻るのだ。
そのとき、剥き出しの肩にぱさりと暖かいものがかかった。
「サリー」
「だいぶ冷えてきたからな」
シャツを掻き合わせ、大輪の花火に照らされる幼馴染を見る。彼は言い訳をするように唇を尖らせていた。
ヒースはぱちくりと瞬きをして、にやぁっと笑った。
「そうだね。冷えてきたかも」
身体の横にぶらんと垂れ下がる左腕に両腕を絡める。「くっつけば暖かいんじゃない? 原始的だけど」
頭ひとつ低い所に頭があるので頬ずりをしたら、「嗅ぐな! 」と怒られてしまった。
「ありがと。元気出た」
「……勝手に元気になったんだろ」
「さよなら言ってくる。これは帰ってもできるしね」
そう言ってヒースはあっさりと離れ、手を振りながら仲間たちのところへ走り去っていった。
「……はぁぁああぁぁあああ~~~」
サリヴァンはしぼんだ浮き輪のように砂浜へしゃがみこんだ。
(あと十秒したら、立ち上がろう)
小説なら最後のページまであと二枚。ヒースが離れたところでぽつんといるから呼びに行ったのに、これでは自分のほうが別れを言うタイミングを逃してしまう。
ドドォ―――――――ン
「……後のこと、頼んだわよ」
後ろから、ぽんと頭を撫でられた。振り返ったその先に、人影はない。
「師匠(せんせい)……? 」
✡
ジョンが、燈とジジのところへとやってきて言った。
「それじゃあ……トモリ。ジジ。ここでお別れだ。今回も奇妙な巡り合わせだったが、君達のおかげで中々楽しい一日だったよ」
「私も、ジョンさんとアネットさんにまた会えて良かったです。それにジョンさんのお友達、ジジさんのお友達とも出会えて……ちょっと騒がしいかったけど、とても楽しい一日でした!」
「こちらこそ。また君達と会う日が来るなら、その時は今回の様に平和な時間を期待するよ……それまでどうか元気で」
「はい!」
ジョンは爽やかに、少女は快活に頷いて、握手を交わす。
ジジは、ジョンにくっついたアネットに、「やぁ」と声をかけた。
ジジはこの、トモリという少女とジョンという男の、それぞれ別の部分を気に入っていたが、気が合うのはやはり自分と少し似た、このアネットという娘だった。
もともと食事なんて必要のない身体なのに、引きづられて、ずいぶん食が進んでしまう。
「食べ物が美味しかったのは悪くなかったね。けっこう面白い場所だったし。今度は、君達の世界の食べ物を賞味してみたいものだよ」
『猫よ、吾らの世界にはこの島では味わえない食が山ほど存在するぞ。人の一生では到底満たせぬほどのな』
アネットは誇らしげに、豊満に突き出た胸を張る。
「へぇ! ますます興味が湧いて来たよ! なおさら行かなきゃねぇ」
『その時は、吾らでフードファイトの大会にでも出てみるか。フフフ……』
「よく分からないけど、なんだか楽しそうだねえ。ヒヒヒッ……」
もう出会うことはないと思っていたのに、二度目があった。ならば三度目もあるだろう。
軽く頭を下げた燈と目が合った。小さく腰を折った彼女にも、ジジは「さよなら」を言わなかった。
✡
船に乗れば気付く。船に乗る前のことを。
旅人たちが去ったあと、舞台は解体されて消えていく。
キキナワ島は、ひとときの夢のための島。本物だったのは、ここにやってきた旅人たちの存在と思い出だけ。
最後に残ったのは浜辺だった。船が消えた先を見届けてもなお、女はそこに立っていた。
「さよならは言わない、ね」
未練がましい、けれど健気なおまじない。この夏に、涙の別れは似合わない。
「あなたって、やっぱり私と似てるのかもね」
潮騒が女の背を撫でる。
星空と海だけが、それを見ていた。
星よ きいてくれ ~コラボだヨ!外伝集~ 陸一 じゅん @rikuiti-june
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