魔法仕掛けのアイドル

小高まあな

第1話

 憧れていた。子どものころから、ずっと、ずっと。

 テレビの向こうでキラキラしている、アイドルたちに。

 眠る前、自室の小さな窓から空を眺めるのは、十年続いている習慣だ。五歳の時、アイドルというものをちゃんと認識して、憧れたあの日からの。

 一戸建ての並ぶ住宅街。三階にある私の部屋からは、空がよく見える。

 ダンスのレッスンは、ずっと続けている。歌だって。

 体重が増えないように気をつけている。友達とスィーツ食べに行くのを断って、付き合い悪いよね、なんて陰口叩かれても耐えている。

 最近のアイドルには何か個性が必要、という記事を見て以来、ずっと手品を練習している。

 美少女、っていえるような顔じゃないのはわかっている。だからせめて、と笑顔の練習をしている。にっこり。窓に向かって微笑んだ私の顔は、少なくとも愛嬌がある、とは言われるはずだ。

 なのに、もうずっと、長いことオーディションに受からない。

 最初は協力的だった両親も、積み重なる交通費とか洋服代にうんざりしているのがわかる。

「今回だけ、あと一回だけ、これで駄目なら諦めるから、お願い」

 何度、そう言っただろうか。

 そろそろ、本当にとめられてしまいそう。

「大人になって、自分でお金稼ぐようになってからにしなさい」

 ママはそう言うけれど、それじゃ駄目。それじゃ駄目なんだ。

 私がなりたいのは、ただの芸能人じゃない。アイドルなんだから。ティーンエイジャーにしか、アイドルになれないんだから。

 だから私は、毎晩、夜空にお願いする。月に祈る。

「アイドルになれますように」

 最初は、純粋なお願いとして。

 今は、真摯な祈りとして。

 何か足りないあと一歩の後押し、神頼み。

「どうか、どうか、アイドルになれますように」

 どうか、神様。

「その願い、叶えてやろうか」

 聞こえた声に、祈りのために閉じていた瞳をあける。

「神では、ないがな」

 私の目の前、窓のすぐ外に声の主はいた。ここは、三階なのに。宙に、浮いている?

「悪魔でもいいのなら、手を貸してやろう」

 真っ黒な服を着て、真っ黒な髪をした少年が、赤い唇でニヤリ、と笑った。

「……悪魔?」

 小さく呟くと、少年は一つ頷いた。

「神様はお忙しいからな。あんたら人間の私利私欲にまみれたお願いなんて、叶えている暇がないんだ。悪魔でよければ、条件次第で叶えてやるぜ?」

 ふてぶてしい、言い方。

 宙にあぐらをかくようにして浮いている。でも、それ自体は驚くところではない。何かトリックがあるのかもしれない。手品、かも。私の得意な。

 でも、そんなこと、どうでもいい。

「私のお願い、叶えてくれるの?」

 トリックを用いて、私を騙そうとしているのかもしれない。常識的に考えれば、そちらの可能性の方が高い。本物の悪魔だ、なんてことよりも。

 でも、そんなことで疑って、もしも本物だったら? 本当に、私のお願いを叶えてくれるというのならば?

「ああ、条件付きだがな」

 悪魔が頷く。

 なら、迷うことはない。

「お願い、叶えて!」

 差し出された手を、掴むだけ。

「疑わないのか? 怪しまないのか?」

「疑っているし、怪しんでいるけれども、そんなことよりも、私はアイドルになりたい」

 憧れていたのだ。ずっと、ずっと。テレビの向こうでキラキラ歌ったり、踊ったりしているアイドル達に。ずっと、ずっと。

 ふふっと楽しそうに悪魔が笑う。

「十年ずっと、願っているもんな」

「……知っていたの?」

「ああ。十年ずっと一つのことを願うやつは珍しい。そういうやつは、嫌いじゃない」

 だから、と彼は続けた。

「十年ずっと続けたならば、叶えてやろうと思っていたんだ。気づいてたか? 丁度十年前の今日、あんたは祈りはじめたんだ」

「……ああ」

 小さく口からもれた言葉は、ようやく願いが叶う安堵か、歓喜か。十年もかかってしまった悲しみなのか。自分でもわからない。

 なんでもいい。叶うのならば。

「よし、じゃあ、取引な」

 悪魔は一度、軽く手を叩くと言った。

「俺からの条件は二つ」

 右手の指を二本たてる、ピースサイン。

「一つは、寿命十年分の提供」

「……悪魔の契約、ね」

 命を欲するなんて、漫画にでてくる悪魔みたい。

「だろう? ただ働きをしないのが俺の信条でね。だが、報酬をもらう分、しっかり仕事はするさ」

「なら、構わない」

 躊躇わず答えた。

 アイドルで居られるのは、ティーンエイジャーの時だけだ。それ以降、年を取った私が生きていく期間が短くなるなんてこと、どうでもいい。

 もしも、私の寿命が二十五歳までで、この寿命をあげることで今ここで死んでしまうのならば、それでもいい。アイドルになれないのならば、夢を叶えられないのならば、生きていても仕方ない。

 潔いねぇ、と悪魔が笑った。

「もう一つは、恋をしないこと」

「……恋を?」

 悪魔の口からでた、似つかわしくない言葉に首を傾げる。

「ああ。俺のかける魔法でアイドルにすることはできる。けれども、あんたが恋をしたら、その魔法はとける。あんたは二度と、人を愛することができない、それでもいいか?」

 ああ、何を簡単なことを。

「勿論」

 私は頷く。躊躇わず。だって、

「アイドルは恋愛が禁止だって、昔から決まっているでしょう?」

 恋愛騒動で揉める現役アイドルを見る度に思っていたのだ。せっかくアイドルになれたのに、なんで自分からその地位を棒に振るようなことをするのだろう、と。勿体ない。バカみたい。

「なら、契約成立だな」

 悪魔が右手を伸ばす。

 その手は、窓ガラスを突き抜けて部屋に入っていた。

 人差し指で私の額に触れる。

「改めて、俺の名前はデジーロ。よろしくな、月原夢(つきはらゆめ)」

 ああ、私の名前、知っているのか。さすが悪魔。

 そんなことを思った瞬間、ぴりりと額に痛みが走る。電流のような。

 そうして、私の意識はブラックアウトし。


「さて、続いては、八万人の中から選ばれた一人! 次世代アイドル、月原夢さんです!」

 次に目覚めた時、私はアイドルになっていた。

 私は先日行われたオーディションでデビューしたことになっていた。本当は、二次で落ちたのに。

 本当はデビューしたあの子は、最終選考で落ちたことになっていた。

 魔法だからとか、ずるをしたとか、そんなこと思わない。私は与えられた手を掴んだだけ。使っていいよ、と言われた道具を使っただけ。

「よろしくお願いします!」

 とびっきりの笑顔を作る。カメラに向けて。

 だって私は、ずっとずっとこの場所に立ちたかったのだから。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、十年前から。

 十年祈った努力が実を結んだのだから。

 デジーロが与えてくれたのは、きっかけだけ。

 ここから、トップアイドルにのぼりつめるのは、私のやること。

 ぽっと出のアイドルでは終わらない。大人になったら芸能界から消えてしまうのでもかまわない。ただ、この一瞬、月原夢というアイドルがいたことを、みんなの記憶に刻み付けたい。

 そのために、今まで頑張ってきたんだから。ダンスも、歌も。それから、

「夢ちゃんは、手品が得意、ということだけれども、今日は何か見せてもらえますか?」

「はい!」

 このために練習してきた手品だって。

「定番ですけど、トランプマジックで」

 子どものお遊戯だろ、みたいな顔をしている司会者に一枚選んでもらう。それを山に戻してシャッフル。

「選んだのは、ハートの四ですね?」

 言いながらトランプを、絵柄が見えるようにテーブルの上に滑らせる。

 一番上に、ハートの四。

「すごーい、なんでー」

 わざとらしい声をあげる司会者に、とびっきりの笑顔で告げる。

「顔に書いてありますよ?」

「は?」

 首を傾げた司会者の頬には、ハートの四の絵柄が反転して写っている。プリントに頬をつけて居眠りしてしまったときのように。

「え、え、なんで?」

 頬を押さえて本気で慌てだす司会者を見て微笑み、カメラを見てもう一度笑顔を作った。

 事務所の人には、やりすぎだ、なんて怒られたけれども、これをきっかけに私の名前は売れた。

 歌って、踊れて、ちょっと手品なんかもできちゃって。すっごく可愛いわけじゃないけれども、クラスに一人はいそうな、そこそこ可愛い女の子。手が届きそうな、アイドル。

 そうやって、私は売り出された。

 キラキラとスポットライトを浴びながら、私は笑う。心の底から、嬉しくて。

「ずっとずっと、アイドルになるのが夢だったんです! 叶って嬉しいです!」

「ずっとってどれぐらい?」

「五歳の時から。毎晩、お月様にお願いしていたんです、アイドルにしてください、って。名字の月原にちなんで」

 叶えてくれたのは悪魔だったけれども。

 ここまで来たのは、私の実力だ。

 テレビにラジオにレコーディングに雑誌に。忙しくて忙しくて、とても楽しい毎日。

「辛いことなんてないです! 毎日がとっても楽しくって! できないこともいっぱいあるけれども、もっともっとがんばっていこう、って思います!」

 それらの言葉をいい子ぶっている、なんて一部では言われているらしい。だけれども、本心だ。

 多少、妬まれるぐらいで丁度いい。

 くるくるくるくる、目が回りそうな毎日だけれども、家で自分がでている番組を見たら、そんな疲れ、吹っ飛んでしまう。

 ずっと、ずっと、憧れていた。テレビの向こうのキラキラしたアイドル。

 それが今や、私なのだ。

 忙しい仕事の合間を縫って学校に行くと、みんながテレビを見たよ、雑誌を見たよ、曲ダウンロードしたよ、サインして、なんて言ってくれる。

「月原なら、可愛いからアイドルになると思ってたよ!」

 なんてクラスのお調子者の男子が言う。

 私が、ずっと、ずっと、夢見ていた世界だ。ずっと、ずっと。


 デジーロは、あれから現れない。

 だから、たまにふっと、あれは夢だったのかもしれない、と思う。

 私は私自身の力で、デビューを勝ち取って、この世界にいるんじゃないか、と思う。

 けれども、そんな私を現実に引き止めるものがある。私がデビューしたことになっているオーディションの、不合格通知。世の中の他のものは、テレビも雑誌もネットも、全部私が優勝したことになっている。多分、デジーロの力だろう。

 だけれども、私の手元にある落選通知だけは、真実を物語っている。きっと、デジーロの戒めだろう。

 忘れるなよ、と。お前がそこにいるのは、俺の力があったからだぞ、と。

「だから、なに?」

 デビューしたのは悪魔の力でも、ここまで上り詰めたのは私の努力なのだ。


 ネナトウーラの番組にゲストとして呼ばれたのは、デビューから一年経ったころのことだった。ネナトウーラは四人組の男性アイドルグループで、若い女の子から絶大な支持を得ている。

 実は私も、よくこの番組を見ていた。ゲストを交えてトークしつつ、ゲストに関係あること、例えば料理なんかをしたりするバラエティ。この番組を見ながら、よく想像していた。私がでたら、どうなるだろうか、と。きっと、手品をやることになるんだろうな、とか。

 そして、今回、私がやることになったのは、勿論、

「それじゃあ、手品、やってもらおうかなー」

「いいですよー」

 愛用のトランプを広げる。

「じゃあ、どなたか、一枚選んでください」

「ほら、レン」

「んー、じゃあこれ」

 いつものように手品をする。

 いつもと同じような収録だった。

「月原さん」

 最後に、メンバーの一人、ユウマに呼び止められるまでは。

「ちょっと」

 手招きされて、人のいない方へ。

 これは、なんだろう。告白だったら断らなければいけない。だって、私はアイドルだから。ユウマもだけれども。

 アイドル同士が恋愛だなんて、一大スキャンダルだ。

 密かに断り文句を考えていた私を裏切り、

「手品、教えてもらえませんか?」

 ユウマが言ったのは、意外なことだった。

「……手品?」

「実は、次の三十時間テレビ、俺たちがメインMCなんですけど」

 ユウマが語るところによると、その番組内でメンバー一人一人が、なにかショーを行うことになっているらしい。例えば、高飛び込みだとか、パントマイムだとか。

 運動がそこまで得意ではないユウマはどうしようか悩んでいたところ、テレビで私の手品を見て、手品にしよう、と決めたそうだ。けれども、なかなか上手くいかない。

「専門家に教えてもらえばいいんですけど、最初の時にスタッフ相手に一人で出来る! とか無意味な啖呵切っちゃって、今更紹介してくれとか言いにくくって」

 照れくさそうに頬を掻く。

 それが、テレビで見るクールなユウマと違って見えて、少し可愛いと思った。

 ああ、アイドルの素の顔を見ることができる。これも、私が同じアイドルの立場になったからこそ、だ。

「私でよければ」

 その高揚感から、私は素直に頷いた。ネナトウーラのメンバーに貸しを作っておくのも悪くない。そんな、打算もあったけれども。

「本当!? ありがとう!」

 ユウマは嬉しそうにそう言うと、私の両手を掴んだ。突然のことにあっけにとられる私を見て、自分が何をしたのか理解すると、

「わっ、ごめんなさいっ!!」

 慌ててその手を離す。

 ああ、なんだか、とても、可愛いな。

 くすくすと、なんだかおかしくて笑ってしまった。


 その日以降、スケジュールの合間を見て、テレビ局の一室を借りたりしながら、私はユウマに手品を教えることになった。簡単で、テレビ映えがするもの。

「そうじゃなくて、こっち。こっちをカメラに向けた方が、綺麗に見える」

「はー。さっすが、夢ちゃんはテレビ映えも理解しているんだねー」

 アイドルの先輩であるユウマに感心されると、やっぱり嬉しい。誇らしい。

「ずっと練習してきたんで。アイドルになりたくって、何か特技があるといいかなと思って、ずっと、ずっと」

「そっか」

 にっこりと、柔らかくユウマは微笑んだ。

「がんばったんだね」

 その瞬間、じわり、と涙が浮かんできた。

「えっ」

 滲みはじめた視界で、ユウマが慌てたような顔をする。

「ちが、ごめんなさい」

 慌てて、両手で顔を覆う。

「え、ごめん。なんか、悪いこと言った?」

「そうじゃなくって」

 必死に深呼吸して気持ちを落ち着けると、顔をあげる。

 ユウマの方が、泣きそうな顔をしていた。

「嬉しくって」

 がんばったね、って努力を認めてもらえて。考えてみたら、アイドルになってからそんなこと言われたの、はじめてかもしれない。

 そう、私はがんばったのだ。きっかけは悪魔の力でも、ここまで来たのは私の努力なのだ。そのことを認めてもらえて、嬉しかったのだ。

「そっか」

 私のつたない説明を聞いて、ユウマは納得したように頷いた。そうして、

「アイドルとして人に言えない相談、俺でよかったら聞くからさ。お世話になっているから、それぐらい」

 先輩だし? なんて戯けたように続ける。

 ああ、この人は、なんてキラキラしているのだろう。

 まだ少し不鮮明な視界で、彼を見ながらそう思った。


 ユウマが私の部屋に来たのは、それから一週間後だった。三十時間テレビも目前になって、最後の追い込みの時。けれども、使えるような空いている部屋がなかったのだ。うちならば、元々私が練習に使っていた広めのスペースがあるから、と誘った。

 スキャンダルになるかも、と少しだけ思ったけれども、ユウマとならばスキャンダルになってもいいかな、とも思ったのだ。アイドル同士ならば、それもそれで話題になるはず。

 彼は最初渋っていたけれども、背に腹はかえられない、とやってきた。変装して。

「バレたら大変だからね」

「手品のため、って言ったらみんなわかりますよ」

 言いながら、最後の調整。

 彼の手際はだいぶよくなった。これならきっと、本番も平気だろう。

 本番は、十日後。本番が近づけば、その分そちらの打ち合わせも多くなり、こうやって私がレッスンすることもないだろう。

「夢ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう」

 こうやってユウマと二人になることも、なくなるのだろう。

「……また、会えますか?」

 そう思ったら、そう口走っていた。

「撮影現場とかじゃなくって、こうやって二人で」

 だって、寂し過ぎる。私を認めてくれたこの人と、優しくて誰よりもキラキラしているこの人と、もう会えないなんて。仕事でしか会えないなんて。

 ユウマは驚いたように目を見開いた。それから、ふっと優しく笑う。

「じゃあ、今度デートしよう。今回のお礼に、どこだって連れて行ってあげる。お忍びデートのやり方には詳しいんだ」

 レンからの受け売りだけどね、なんて笑ってくれる。

 この人と、また二人で会える?

「はい!」

 嬉しくて、心の底から嬉しくて、私は頷いた。

 ああ、私、きっと、ユウマのことが、

「好きです」

「ありがとう」

 ユウマは微笑むと、私の頭を軽く撫でた。

 心臓がドキドキする。舞台に立つときよりも。ずっと、ずっと。

 その日は、ユウマが帰ってから、仕事の打ち合わせで事務所に行った。そして、事務所からでたところで、

「月原夢さん!」

 何故か待ち構えていた記者に囲まれた。

「え?」

 なんでだかわからず、マネージャーと二人きょとん、とした顔つきになる。

 なにか、あったっけ? 囲まれるようなこと、したっけ?

「これ、本当ですか?」

 一人が突きつけてきたのは、週刊誌だった。視線をそこに向けると、「オーディションに不正があった!?」の文字が目に飛び込んで来た。

 月原夢は、不合格だったにもかかわらず、不正の手段でデビューした。そのことを断じる記事だった。そして、その雑誌に載っていたのは、私の部屋にあるはずの、不合格通知だった。デジーロが唯一残した、魔法のない世界の痕跡。

「……え? なんで、それが?」

 思わず言葉が滑り落ちた。認めるような、言葉が。

「これはやはり本当なんですか!」

 記者が喰ってかかる。

「ち、違います!」

 マネージャーが私を庇うようにして立つと、否定する。

「ですが、これ、夢さんのですよね?」

「偽造です!」

 そんな声が聞こえる。どこか遠くで。

 なんで、これが、なんで? 引き出しに、隠していたのに。

 ……ユウマ?

 そうだ、私の部屋に入ったことがあるのは、家族を除いて彼しか……。

 ああ、違う。

 彼が帰ったのはついさっきだ。タイミングが合わない。

 そういうことじゃない。これは、私が、

「恋を、してしまったから?」

 だから、魔法が、とけてしまったの?


 逃げ帰るように自宅に閉じ籠る。家の周りには報道陣。パパは仕事にいけなくて、ママもヒステリックに怒鳴り散らしている。

 自分の部屋のテレビをつける。

 特に話題もないときで、ワイドショーは私の話でもちきりだった。

 清純派アイドルの裏の顔、だなんて。

 不合格だったのを不正の手段でデビューした、それは事実かもしれない。けれども、私は別に枕営業も色仕掛けもしていない。ただ、悪魔の手を借りただけで。その悪魔だって、私が祈りを続けていたから助けてくれただけで。その後のことは私の力だったのに、テレビの出演が増えたことすらも、不正な手段によるものだと報道している。そんなの、嘘なのに。

「あいつがアイドルになるなんて、おかしいと思ったんですよー」

 テレビの中、インタビューに答えているのはクラスのお調子者の男子だ。この前は、私ならアイドルになれると思っていたって、言っていたくせにっ!

 残念です、びっくりしました、がっかりです、信じていたのに、裏切られた、そんなファンの声が流される。

 もういやだ!

 テレビを消そうとリモコンを手に取ったところで、

「びっくりしました」

 映ったのは、ユウマだった。

 リモコンを持ったまま、テレビ画面を見つめる。

 貴方なら、なんて言ってくれる?

「手品の練習、付き合ってもらっていたんで、結構仲良くしていたんですけど。いい子だと思っていたのに、残念です」

 そう聞こえた瞬間、テレビを消した。リモコンを投げつける。フレームに当たって、かつんっといい音を立てた。

 残念? なんで、ユウマまでそういうことを言うの? 貴方は、私の努力、認めてくれたじゃないっ! デビューがインチキなら、そのあとのことも全部否定されるの? がんばったね、って言ってくれたじゃない!

 もういやだもういやだもういやだもういやだ。

「月原さーん、いるんでしょー! でてきてくださいよー」

 外から記者の声がする。また、ママが階下でヒステリックに怒鳴っている。

「あの子のせいで!」

 がんばったのに。がんばってたのに。

 もう、いやだ。

 助けて、助けて助けて。

「どうにかしてよっ、デジーロ!!」

 体中でそう叫んだとき、

「呼んだかい?」

 いつかと同じ、ふてぶてしい声が聞こえた。顔をあげると、黒い悪魔が浮いていた。

「お願い! 私を戻してっ! 貴方に会う前の私に戻して!」

 浮いているその姿に、縋り付くようにしてお願いする。

「アイドルは、いいのかい?」

「だってもう、戻れないっ!」

 怖い、怖い怖い怖い。

 あんなにも私を好いていてくれた人達の、侮蔑の視線が、怖い。もう、ステージに立てる気がしない。

 もう全部、無かったことに、してしまいたい。

 もうこれ以上、頑張れない。

「寿命十年」

「構わないっ!」

 ここから逃げられるのならば、なんだって。

「わかった」

 人差し指が額にあてられる。いつかと同じ、痛みが走る。そうして、私の意識はブラックアウトし。


「どうか、アイドルになれますように」

 いつもと同じように、私は祈った。

 眠る前、自室の小さな窓から空を眺めるのは、十年続いている習慣だ。五歳の時、アイドルというものをちゃんと認識して、憧れたあの日からの。

 憧れているのだ。子どものころから、ずっと、ずっと。テレビの向こうでキラキラしている、アイドルたちに。

「その願い、叶えてやろうか」

 聞こえた声に、祈りのために閉じていた瞳をあける。

「神では、ないがな」

 窓の外で、宙に浮いたまま少年が言う。

「叶えて!」

 私は躊躇わずに懇願した。

 だって、ずっとずっと夢見ていたのだから。ずっと、ずっと。

 黒い少年は、ニヤリ、と笑った。

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