第3話 ひいちゃんはマッ〇ドッグさんをまず目標とする事にし(ここからは破かれていて読めない
ひいちゃんが母方の祖父母に引き取られて間もない、ある日曜日のお昼の事です。
(一時的にとはいえど、筆談が意思疎通のメインとなった孫を退屈にさせるのもいかがなものだろうか)
と思った祖父は、愛妻と相談の上で、ひいちゃんに全編ガチバトルアクションのプンチャック・シラット映画・『ザ・〇イド』を見せる事にしました。
『どういう映画ですか?』
と、紅葉の様なちみっちゃいおててに鉛筆を握り、筆記で訊ねるひいちゃんに、祖父は言いました。
「それを確かめる為に、自分の目で見るのだよ、ひいちゃん。
あらすじを読む程度ならまだしも、本編を見る前に内容まで事細かに知ろうとするのは、昨今の映画宣伝業界がもたらす悪意によるものだが、自分で見てみる事を忘れてはいけないんだ。
分かるかね?」
ひいちゃんは小首をかしげ、しばし物思いに耽りましたが、やがてまた訊ねました。
『もしかして、映画特番などの構成ははっきり言って見せ過ぎですか?』
「うむ、制作者全てに喧嘩を売っている行為だ」
『映画館に行くのは見てないシーン探しの為、というのがまず大きな間違い?』
「その通りだ。家庭用ソフトにおいてもそれは同じだ」
『映画を見るなら前情報などまず集めちゃ駄目?』
「of couse(もちろん).周囲の噂だけでクラスの知らない子を判断する様なものだね」
『Oh……』
ひいちゃんのお顔に深い陰影が漂います。その後、深いため息をついてから、彼女は記しました。
『私は、社会に洗脳されていました』
「気づけて何よりだ、ひいちゃん」
『では、見てみましょう』
本編の時間はおよそ101分。二人はその間、モニターの前から動く事はありませんでした。
にぎにぎにぎにぎ!
ちみっちゃい拳を握りしめ、興奮をあらわにするひいちゃん。その様子に祖父も確かな満足です。
「大満足の様子だね、ひいちゃん」
『何ですかあれは、何ですかあれは! マッ〇ドッグすごい強いじゃないですか!!
何ですかあれは!』
アクション映画を見た後の人にありがちな、噴き出る暴力衝動。それがひいちゃんに、祖父への掌打ワンツーを放たせる事となりましたが、そこはさすが武術鍛錬を夫婦揃って怠らない祖父、見事にこれを左右に受け流し、言いました。
「ひいちゃん、アクション作品に興奮したからってその様な振る舞いをするのは、作品への冒涜だ。反省を促します」
ハッ、と気付きの表情を浮かべ、
『すみませんでした、師父』
と綴り、自分の前で己の拳を反対の手の平に打ち付けると、がっくりとひいちゃんはうなだれました。ひいちゃんの気分はすっかり、超人〇法を習い始めたばかりのラーメ〇マンそのものです。
「よろしい。
さて、気になった所の感想を述べ合おうじゃないか。作品の一番の楽しみは、恐らくそこなのだから」
『はい。
あの映画は、これまでに見た事があるアクション映画とかなり違う気がしました。アジトの周辺に散らばる雑魚からして、いつまでも食らい付いて来て……』
「いい着眼点だ、ひいちゃん。あの映画の敵組織には、そもそも雑魚がいないのだよ」
『雑魚が、いない……!?』
激しい衝撃がひいちゃんの脳天を貫きます。
『そういえば、常に数人を相手にしていた主人公・ラ〇にもびっくりでしたが、それにしつこく食らい付く彼らも相当強い……確かに雑魚など皆無……!!』
「左様。
あの組織では、そもそも雑魚など雇わないのだ。そして、敵に叩きのめされるイコールなめられるイコール死あるのみなのだ。だから、気絶する事すら許されない。命ある限り、ひいちゃんで言えばおなかが痛かろうが風邪で熱があって気持ち悪かろうが、更に素手だろうが全身複雑骨折していようが色々漏れちゃって大変だろうが、相手が人だろうが熊だろうが、襲わなければならないのだ」
『こわい! こっわ!!』
「と言うか、病気になる様なメンバーもいらないから消されるだろう。いつも元気な子しかいらない運動部みたいな感じです」
『何ですかそれ!?
『なさけむよう』
とか
『タフすぎて そんはない』
って奴ですか!?』
今度は祖父が相手を見定める様に目を細めました。
「その例え……ひいちゃんは、どうやら太〇出版の『超ク〇ゲー』を読んだ事があるみたいだね。まさにその通りだ。
あの世界では、なめられたら生きて行けないのだ。何もかも巻き上げられてしまうから、死んだ方がマシ。そういう世界なのだ」
『国は何をしているのですか?』
「今回の事しか分からないが、ラ〇をメンバーとした決死の特殊部隊を送り込んだりしている」
『警察は?』
「ひいちゃん……S〇ATというのは、
『隊員でい続ける為の試験が定期的にある』
とネットに書いてあった。そんな過酷な訓練を積み続けている特殊部隊ですらあの有り様なのだ。
それなのに、一般警察官が、あの組織の下っ端構成員やマッド〇ックさんに勝てると思うかね?」
祖父の言葉がもたらしたひらめき。ひいちゃんは悪寒に身体を震わせながら、ノートに記しました。
『いのち だいじに』
「その通りだ。警察では相手にすらならん組織。それが今回、マッドドッ〇さんが部下として所属していた組織なのだ」
説明しながら、祖父は
(あの世界の一般警官がどうなるかが良く分かる『ザ・レ〇ドⅡ GOKUDO』も、今度見せよう)
と思いました。
『……組織のボスは微妙でしたね』
「よくある事だ。金持ちか、ボンクラ人脈が豊かなのか、多分両方だろう」
『何故そんな奴の手下に、あのマッ〇ドッグさんが……』
「ひいちゃんから見て、マッド〇ッグさんは何があるから、あんな世界でも生きていると思えたかね?」
『もしかして、ですが』
「言ってごらん」
『組織にいれば、強い奴と戦えるから、でしょうか?』
「恐らくそれが正解だ」
『強い奴とやる為だけに生きている!?
何でですか、強いのに。自分で探しに行けばいいのでは?』
「それだと、本当に強い奴の前に100万人は雑魚を片付けなければならん。マッド〇ッグさんはスタミナも化け物じみていたが、それでも限りはある。ここぞというときに全力が出せないのは、死ぬ程悔しいものだ」
『なるほど、確かに』
「しかし、強い組織にいれば、本当に強いかもしれない奴が、自分から現れてくれる。ただでさえ相当に強い構成員達を叩きのめして、突入して来てくれるんだ。
その辺を考えるくらいにはマッド〇ッグさんは頭がいいね」
『強い人は頭がいいのですか?』
「どれほど強くても、頭も良くなければすぐ騙されて殺されてしまうし、そればかりか、奴隷みたいな扱いを受けるからね。
マッド〇ッグさんはあんなひどい世界で、限りなく周囲に気を遣わずに生き延びている。それが証拠さ」
「敵ながらあっぱれです』
「しかも、ラ〇の最終決戦の前に特殊部隊の隊長と戦っているが、マッド〇ッグさんは身長も低かった。なのに、隊長はああなった。どういう事だろうか?」
『隊長なら、多分ラ〇と同じくらい強いはずですよね。隊長だし。
隊長はみんなとはぐれてしまったから、焦っていたのでしょうか?』
「それもあるかもしれない。
また、隊長は身の回りの物を使おうとしたが、そこにおいても、マッドドッ〇さんの方が一枚上手だった。
マッドドッ〇さんは周囲の物も上手く使って戦う武術を体得しているのだろう」
『しかもスタミナの化け物で、複数の猛者と同時に戦う事も出来る……』
「それが! プンチャック・シラットなのだ……ッ!!」
『恐るべし、シラット……!』
「コンクリートに叩き付けられてもすぐ起き上がって襲いかかれる! それがシラット……!!」
それはどう修行しているのか定かではありませんが、ひいちゃんの脳裏に
『体得するならプンチャック・シラット』
と深く刻み付けたのは確かでした。
『シラット! シラットあるのみ!!
ガンバルゾー! ガンバルゾー!!』
ニンジャが出て殺す作品に登場する歓声を上げて万歳しながら、白目をむいて叫ぶ老人と孫。
図らずも、二人は狂気を操る術まで身に着けてしまった模様でした。
合掌。
ひいちゃんはラスボスになる事を決めました 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969
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せっかくだから/躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)
★35 エッセイ・ノンフィクション 連載中 122話
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