第2話 ひいちゃんは筋肉〇女帯にハマって行きそ(ここからは破かれていて読めない

 突然の両親の死。

 様々な事がまたたく間に収まるべき所に収まって行く中、警察に保護されたひいちゃんを心配して駆け付けたのは、母方の祖父母でした。その有り様はまさに『駆け付けた』の言葉通りであり、彼らの娘、つまりひいちゃんの母親でしたが、結構早い内に彼女がお嫁さんに行ってから寂しい思いをしていた二人は、それまでの、武道と学業に引き続き勤しむ事に加え、肉体と精神の鍛錬に励んでいたのです。

 おかげ様で健康診断では

『レベルとしては30代の肉体を保っている稀有な方々』

と評判でした。言うなれば、元・公安の警察官でその当時から琉球空手などの武道も嗜み、今は防犯関係の様々な著書も出されている作家、北〇健さんがここにも二人いる様な感じです。

 それはさておき、

「ひいちゃん、久しぶり」

「私らが来たからにはもう大丈夫だぞ、ひいちゃん!」

と二人が声をかけます。が、ひいちゃんは、例えますと風邪をこじらせてひきつけを起こしている人の様にきちんと喋る事が出来ません。

 人生経験の豊富な二人も、彼女の手をそれぞれ優しくつまんだまま、言葉に詰まりました。

 何か尋常でない事が起きている、と感じ取ったのです。

 警察病院の担当の医師は、彼らを別室に招くと、こう言いました。

「彼女は今、ショックで口が利けなくなっているのです」




 先生によれば、ひいちゃんはそれまでの当たり前の、両親がいて、自分がいて、何があろうとも家に帰って来られる状況が根底から覆ってしまった事で、ひどく心が弱っている。失語症も恐らくは一時的なものだろうが、今は彼女を優しく包んでくれる人達が必要だ、と教えてくれました。

 二人はひいちゃんを自分達の家に連れて帰ると、言いました。

「私らが、もっと早くに、ひいちゃんのお父さんやお母さんを助けていられれば、こんな事にはならなかったのかもしれないわ」

「実は、ひいちゃんの誕生を喜びはしたものの、ひいちゃんのお母さんが結婚すると言い出した頃は、お祖父ちゃん達は悲しくて、ひいちゃんのお父さん宛てに、桜〇吉先生の漫画・『しあわせの〇ねみ』風に言うと『いやはが〇』を毎日の様に送っていたんだ。ひいちゃんのお父さんに元ネタである漫画を見せた時、彼は苦虫を噛み潰した様な顔をよく私らに見せたもんじゃったよ。

 今からお父さん本人に謝る事はかなわない。なのでひいちゃんに謝ろう。

 ひいちゃん、すまなかった」

いやはが〇』というのは、はがきの裏に

『嫌』

と一文字記し、その時の桜〇吉先生の作品の展開に異を唱えるもので、実際に募集され、そこそこ数が集まった様子です。

 説明終わり。

 さておき、ひいちゃんは、すっ、と祖母の手を取りますと、そこに指で文字を書きました。

『メモ下さい』

「ああ、ああ! 当分は書き文字で私達と会話してくれるのね?」

 ひいちゃんは頷きました。

「うむ、そうと決まれば善は急げだ」

 祖父は往年のゲーマーバイブル的コミックス・『ゲームセンターあら〇』を思ってか唐突に逆立ちしますと、スマートフォンを目にもとまらぬ速さでタップ&フリック入力し、ほぼ何でも買えるネットマーケット・密林さんで

『持ち運びには向かないし、翌年には値下がりし過ぎて制作メーカー自身が処分の為に燃やす様な代物だし、最早頭がおかしいレベル』

と庶民には勘定されるハイブランド物のノートとペンを注文しようとしました。が、ひいちゃんによる鮮やかなツッコミ平手チョップを食らうと我に返り、手を止めました。危うくその指は注文を確定しようとタップする所でしたが、そんな怪奇逆立ち爺さんの背中に、彼女はこう書きました。

『普通の大学ノートでいい!』

と。

「何て出来た子なのかしら! それに比べて『嫌はが〇』(達筆)などをしたためていた私達と来たら!!」

 天然物の美魔女の祖母はひいちゃんをひっしと抱きしめ、おいおいと泣いたのでした。

 祖父は手近にあったノートとペンを彼女に渡すと、ひいちゃんは

『あるやんけ』

と記しつつ、強烈な一瞥をくれてました。

 更にさらさらとペンを走らせるひいちゃんの言葉に見入る祖父母。そこには

『お父さんの持っていた本やCDやDVDを全部引き取って下さい。あれは私とお父さんの思い出ですし、私にとっての教科書なのです』

とありました。

「なるほど、ひいちゃんにとっての安心毛布みたいなものか!」

『その例えのお返事は今しばらく時間を下さい』

 見事に言い当てられ、プリティーに頬を染めて照れるひいちゃんです。

 合点承知の助、とばかりに揃って乗るは、整備を怠らず本日までバリバリ現役の祖父愛用の一台のCar。鮮やかなハンドルテクニックで向かうはひいちゃん‘s Houseです。

 幸いな事に教団の連中はそう言った文化的媒体に関しては節穴アイ。つまり価値など微塵も分からぬ、BADな意味でつるがまるまるむし的な者達だった為、全て無事でした。

 なかなかの量ではありましたがそれらを段ボールに詰め、まだ開いていた宅配便の荷物受付所に預けますと、数日後には届けてくれるとの事。

 こうしてひいちゃんの魂のバイブルの安全は保障されたのでした。


 再びひいちゃん‘s Houseへ戻ったのは、祖母が

「ねえ、ひいちゃん。お母さんの思い出の品物とかは持って行かなくていいの?」

と訊ねたからです。

 ひいちゃんははっとしました。確かに祖母の言う通りです。

 ですが、人間、それまで当たり前に過ごして来た相手との思い出の品、と急に言われても、ピンと来ない事があるもの。大事な相手なら尚更でしょう。

『どげすんべ』

 父の遺した蔵書の漫画『レベ〇E』に登場する宇宙人の疑問の一句を大学ノートに綴るひいちゃんを、祖父母はとても哀れに感じました。

「ここで決めても、後で心残りはきっと生じるだろう。

 ノリコさん、あの子の荷物は、うちの蔵にまとめて置いておくというのはどうだろうか」

「シューヤくん……」

 祖父母は互いを名前で呼び合う中でした。

 そんなLoveはさておき、ひいちゃんはふと一方を見やると、すたすたと歩み寄り、そして、あるものを掴んだのです。


 それは、貧しくとも心を病んでも、どうにか、世間に対してそれ相応に正しい人であろうとした、彼女の母親のブラジャーでありました。


「……ん?」

 可愛い孫の謎のチョイスに額に、汗を滲ませ、展開を見守る祖父母。

『これにします』

「ひいちゃん、お母さんのおっぱいが恋しいのかね?」

 思わずデリカシー無添加の台詞を投げ付けてしまう祖父。まあ無理はありません。

 ひいちゃんは慌てて大学ノートにペンを走らせました。

『ち、違うんだからね! これは

『いつかお母さんみたいなロケットおっぱいになってやるんだから』

っていう決意表明なんだからね!! お母さんのおっぱいは大好きだけれど、勘違いしないでよねっ!』

「アッハイ」

 声を揃えて告げる祖父母。これは

『明らかに触れてはいけないタイプに出くわしてしまい、それを察して説得を諦めた人』

の生返事を表すネットスラングでもあります。

 そんな現実に直面して心の距離を感じつつも、ひいちゃんはそれを大事に畳み、ノートに綴ります。

『そうと決まれば長居は無用。

 帰ろう、私達のおうちに』

「おうち……」


 ひいちゃんが自分達の家を『おうち』と呼んでくれた。

 再会したのはほんの数日前だというのにこの心の開き具合……果たしてこの少女、神か魔か?

 いやいやゲフン、この子は自分達を信じてくれたのだ。

 ならば、祖父母として、それに応えなければなるまい!


「帰ろう、ひいちゃん。私達のおうちに」

「そうね、ひいちゃん」

 祖父母に手を引かれ、玄関を出て行くひいちゃん。

 彼女はその時、一度も振り返らなかったのです。

 ハードボイルドです。


 帰宅の途に就く車の中で流れるナンバーは『SUICIDE SPORTS CA〇』の『バックシート・〇タフライ』。

 ミッションをしくじったスパイが、馴染みの女に一夜の夢を乞う一曲です。

 これも父親の部屋で良く聞いた一曲であり、ひいちゃんなりの両親への鎮魂歌でありました。

 歌詞を聞いて祖父母はハッとし、

(まだ小さいのに、この子は渋さを体得している……)

と思いましたが、それはそっと胸の内に留める事にしたのでした。




 驚愕の展開が連続した事からか、30代の肉体を維持している祖父母はその夜、ついつい『筋肉〇女帯』の『スラッシュ禅〇答』をBGMに激しく燃え上がってしまったのですが、まあそれについては、読者の胸にどうか留めておいて頂きたい所存です。

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