ひいちゃんはラスボスになる事を決めました

躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)

第1話 ひいちゃんの両親は人生にしくじってしまい(ここからは破かれていて読めない)

 ひいちゃんという子の話をしましょう。

『リ〇ンの騎士』を描かれていた頃の手塚治〇先生の画風の様な愛らしい少女が、『ベアゲル〇ー』に登場する沙村広〇先生の描く様なド迫力系ボイン美人になるまでのひいちゃんの話を。




 お父さんが持っている漫画『無限の〇人』の登場人物である乙橘おとのたちばな〇絵(その経緯からか、後に読んだ『波よ聞いてく〇』の城華たちばなマキ〇のファンでもありました)、そしてうっかり読んだら読破してしまってその晩ひどくうなされた『バトル・ロワイア〇』の杉〇弘樹(キャラクター造形は原作派。コミックス版もカッコ良かったので許容範囲)を心の師と仰ぐひいちゃんは、苦労の多い子でした。

 若い頃はチョイ悪風ながらもばりばりと企業勤めをこなしていた父親はその果てに心を病み、仲間の裏切りに遭って会社もクビになりました。

 美しくて、一児の母だというのにナンパされまくり系美人だった母親はそれを支えるのに疲れ果ててしまいました。何故ならパート勤めの彼女を暇つぶしの愛人(ラ・マン)にしようと、妻子持ちの上司らが言い寄って、それをひたすらにかわし続けていたからです。

 そこに手を差し伸べたのが怪しい新興宗教でした。

 彼らの、特に具体的かつ将来的なビジョンを指し示す訳でもない語り口は、先の事を考えるのにくたびれ果てたひいちゃんのご両親には効果てきめんでした。

 ひいちゃんの大学卒業分までの学費をどうにかこうにか用意していたのに、それはあっという間に彼らに巻き上げられ、残されたのは新たな信者をゲット出来た時にくれる成功報酬のみとなりました。

 これではとてもじゃありませんが、ひいちゃん達は生活出来ません。

 教団が彼らの担当として回した男は、暗い色気を放つタイプとなったひいちゃんの母親をたらし込むチャンスを、よりによって父親とひいちゃんのいる前でそれとなく伺いながらも

『苦しいのはあなた達の行いと信仰心が以下略』

という決まり文句を残すだけでした。そのくせ、

『生活保護の申請が下りたか』

という質問を繰り返して来るのでした。生活を安定させつつ、新しい信者を集めろという手口です。これは割とその辺の会社もやっている事でした。

 両親ともに心を病んでいた事、子供を抱えている事などを考慮して、それは認められたのですが、

『家賃は安めの所を選ぶ様に』

と言われますから、ひいちゃん達は住んでいたおうちから家族用のハイツ、とぎりぎり呼べる住まいへ引っ越していました。

 さて、信者獲得にまい進しろと言われても、ひいちゃんのご両親は営業に関しては『超』が付くレベルのド素人。

 それに、教団の言葉はありがたくても、知人友人親戚その他を巻き添えにしたいとは思えませんでした。


 例えばひいちゃんが、昭和80年代のパトカーも平気で燃やす様な超アウトロー系スケバン姉さんだったとしたなら、『時計仕掛けのオレン〇』でいう所のウルトラバイオレンスで彼らを蹴散らす事が出来たかもしれません。

 また、数多の実力行使系組織、例えば『西部警〇』の大〇軍団や『男たちの挽〇』のマー〇と〇ーの兄貴達とかなら、同じ様に武力で彼ら一家を保護してくれたかもしれません。

 が、そんな夢の様な展開はひいちゃん達の身近にはありませんでしたし、ヒーロー達はとかく去りゆくものです。

 それ以前に彼女はまだ、恋も知らぬちびっ子でした。ウルトラバイオレンスなどとんでもない、ランドセルがお似合いの、読書とお子様ランチの旗集めが密かな趣味のプリティー系おちびなのです。

 そんな彼女は両親が、帰り道の途中にある薬局の前に貼られて怖い思いをしている難病治療の使用前使用後の写真みたいになって行く事に、大変心を痛めていました。

 ひいちゃんがそんな生活の最中、書ける様になった難しい漢字は

『無念』

でした。

 その事実と単語のチョイスを知って、彼女の母親は

「そう言えば、ひいちゃんはおっぱいの吸い方も、一味違う子だったわ……」

と、友人への手紙にしたためた事が、後年になって分かっています。




「お父さん、あのうちに来るおじさん、お母さんの事、好きなのかもしれないよ」

 ある日、

『たまには公園でも行こうか』

という父親の誘いで出かけたひいちゃんは、公園でジャングルジムから両足だけでぶら下がりつつ、腕組みをして腹筋をしながら、ぽつりと言いました。

 変な所がタフネスな彼女が落ちない様にその前で構えていた父親は、はっとした顔で聞きました。

「ひいちゃん、お父さんのいない間に、あのおじさんは何かしたのか?」

 思わずストレートに訊ねてしまうダディーでしたが、ひいちゃんは年相応の無関心さを発揮しながら言いました。

「だって、うちに来る時、お父さんがいないと、あのおじさん、お母さんにいちいち付いて行くんだもの」

「な、何だって!?」

「後、私達に何か言う時に、すぐお母さんの手を握ったり、肩に腕を回したりします」

「あの野郎、わたくしの妻によくも!」

「そこは泣く泣く認めますが、お母さんのけしからんおっぱいは私のものでもある事はお忘れなく。あまり言うのも何だから黙ってますけれどね、まだまだガンガン甘えて行きますよ、私は」

「は、はい……ひいちゃんはどんどん、大人になって行くね」

 お父さんの言葉と横顔に、哀愁が漂います。

「ああ、おっぱいで思い出したけど、あのおじさん、お母さんが慌ててしまおうとした洗濯物からブラジャーを引っ張り出して、嫌がるお母さんの前で匂いを嗅ぎました」

「ひいちゃんの見ている前でかい!?」

「うん、それで返してもらおうとするお母さんを抱きしめようとして……思わず

『おう、それ私のママンやぞ』

って思いながら睨んだらやめたけど、お酒臭かったから、飲んで来たのかもしれませんね」

「泥酔して人のお宅に闖入の上、子供の見ている前で奥方兼ママンに狼藉とは……あの男、許せん!」

『お父さんも昔はお母さんにああいう事したんですか? だんしってそういういきものなの?』

と真顔と真摯なまなざしを向けて来るひいちゃんを渾身の気力でスルーして、父親はそう叫ぶと、決意した様に拳を固めました。


 教団の男は、その日、何と夜に、ひいちゃんのお宅に訪問予定でした。

 近くの駐車場に車を止め、ほくほくしながらひいちゃんの母親を脳裏に描きます。あの、例えるならサスペンスドラマのセクシーシーン担当的な雰囲気を無自覚にまき散らす、ふくよかな胸とおヒップの持ち主である母親が、男は大好きでした。

『あえてAVではなく、地上波ドラマでそういうのを見るのがいいのだ』

という思考で、常にひいちゃんの母親を見ていたのです。一度その思考に入り込みますと、男は傍に誰がいようと気にならなくなるのでした。

 やがて、男はひいちゃんの家の玄関に辿り着きました、

(今日こそはいい事があるかもしれん。いや、それは自分で掴みに行くものなのだ!)

 謎のやる気が、男を社会的に後戻り出来ない感じにしていきます。

 しかし、男のバックには教団がいます。そのおかげではありますが、男はほぼ『無敵の人』でした。

 そして、出迎えたのはいつもの様にひいちゃんの母親でした。

 父親もいるのは面倒でしたが、どうせ何も出来ない駄目な奴。男は彼をそう見下して、出されたお茶をすんなり飲んでしまったのです。




 目が覚めると、男は自分が縛られている事に気付きました。

 そして、口にはガムテープを貼られており、下半身が丸裸な事にも。

 山々の間に月が隠れつつある、夜の森でした。

 どこからか響く虫の声。後頭部の感じと匂いから、どうやら樹木にくくり付けられている様子です。

「んん……」

 男がうめくと、明かりがともされましたが、そこで彼は目をむきました。

 松明の代わりにされているのが自分の左腕だったからです。

 手首から先はなくなっており、油紙らしきものを幾重にも巻いたその腕が燃え上がっています。

「んん! んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!」

 臭いと激痛に声を上げた彼の視界が捉えたのは、一組の作業服姿の男女の姿。養蜂業者の被る様な網付きの帽子を彼らは付けていました。

「よう、俺だよ。覚えてるか」

 映画『オールナイトロン〇』第一作の主人公の一人風に、片方が声をかけました。

「ん……」

 その声で、教団の男は、彼がひいちゃんの父親だと気付きました。

(すると……もう一人の、作業服の上からでも隠し切れないスタイルの良さを持つ人物は)

 男がそう思った時、その人影は、彼の真珠入りの一物を洗いもの用のゴム手越しにむんずと掴むと、錆びたカッターナイフで一閃したのです。

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」

 刃物の冷たさと自身の血液の生暖かさが交錯すると共に、男の獣の様な雄叫びがガムテープの下から洩れ、揺れた腕松明のあかりが照らしたその顔は、ひいちゃんの母親、その人でありました。

 それには構わず、彼女は切れ味の悪いカッターナイフでの切断行為を続け、父親は男の膝に手回しドリルを当てると、穴を開け始めました。


 後戻り出来ない泥沼に落ちた事を自覚し、覚悟を決めた二人の胸元から下げられた小型カメラが、その惨劇を静かに録画し続けたのです。


 ひいちゃんの両親に協力したのは、男によって破滅に追いやられた、もしくは現在進行形で追いやられつつある被害者の会の人達、そして教団内で彼を潰したいと思う連中でした。

 警察の公安部が以前から教団をマークしている事や、一斉摘発に動き出した事も、その人達が教えてくれました。


 教団が潰れても、男は生きている限りは自分達に付きまとい続ける可能性がある。

 そんな人物がいる限り、ひいちゃんにもこの先、危険が及ぶ可能性がある。


 そう考えた両親は、この夜、遂に計画を実行に移したのでした。


 血肉や骨や色々な物をまき散らし、四肢と腹部を、時間をかけて潰された男は、その沙汰が始まる前に行われた得体の知れない薬物投与のおかげで、ほぼ正気を失いかけながらも、まだ意識があったのです。

 ロープを外され、仰向けに転がされると、ひいちゃんの父親によって塗りたくられた甘ったるいべとべとした液体に、何かがたかり始めるのを感じました。

 そして、金属音がした方へ目を向けますと、そこに何かが勢いよく齧り付いたのです。

 様子と音からするに、溝鼠の様でした。

 目が見えなくても、耳が聞こえなくても、身体は必死に彼を活かそうとします。

 全身が黒炭こくたんの様に焼けてしまっても、ぐちゃぐちゃに脳が潰れても意識があった人もいる程です。

 それが生み出す、壮絶な苦痛。


 どうすれば死に至れるのか。

 第二ラウンドの始まりです。




 二人は、男の様子を撮影し続ける必要がありました。これはこれで、買い取り先があったのです。

 そのお金は、ひいちゃんの為に作った口座に振り込まれる様に、両親は手続きを済ませていました。


 小型カメラを固定し、撮影している事を確認すると、二人はへたり込みました。

 別に暴力や拷問のプロでもない二人がこれを成し遂げるには、途方もない精神力が必要でした。

 男に対する怒りや憎しみだけでは、どうしても限界があったのです。

 何しろ、人を解体するのの何と大変な事か。

 汚いし、臭いし、何度も二人は戻してしまいましたが、それでもどうにかこうにか、撮影はし続けました。

 それをどうにか成し遂げた事。

 そして、ひいちゃんの成長を見るのが叶わない事。

 それを口にし、二人は肩を寄せ合って、泣きじゃくりました。




 やがて泣き止んだ二人は、これまた用意していた拳銃の銃口を互いの口にくわえさせました。

 向けるは相手の後頭部。

 失敗すれば、植物人間状態で生き永らえる事もあり得ます。

 二人は、これ以上ひいちゃんに辛い思いをさせるのは嫌でした。

 だから、そうならない様に、相手に自分を撃たせる方法を選んだのです。




(ひいちゃん、お願いだから、幸せを掴んでおくれ)




 深夜、突然の山々に轟く破裂音からの通報で警察が彼らを発見した時、教団の男を食っていた溝鼠以外に、餌を求めて集まった野生動物や虫達によって、二人の遺体も、それはひどく、損壊していたのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る