第24話 祭りのあと

「おはようございます」

「…………」


翌朝。

界人と女子高生三人組はいつもと違う朝を迎える。

見るものすべてが美しい、などと言うことはないものの、取り返しのつかないことをしてしまったと言う激しい後悔。


夜の間はそれはもう盛り上がってしまっていたこともあって考えていなかった様なことを、冷静になった今荒波が押し寄せる様に考える様になってしまった。

――そもそも何で三人も一遍に相手しないといけなかったんだろう。

とても贅沢な悩みであることは重々承知している界人だったが、どう考えても身の丈に合っていないとも思っている。


「寝てる間って、男はやっぱああなるもんなんだな」

「…………」


睡眠中でもあったことだし仕方ないとはいえ、生理現象までもがっつりと見られてしまってもう引き返せないのだということを改めて思い知る。


「あの……今更なお願いがあるんだけど」


姿勢を正して、界人は三人を見る。

きょとんとした表情で三人は界人を見て、再度界人は三人を見た。


「どうしたんですか?もう一回、とか?」

「……違う。それも魅力的な提案だけど、そうじゃないんだ」

「何だよ、改まって……別に昨夜のことなら気にしなくていいんだけど」

「いや、そういうわけにはいかない。こうなってしまった以上、僕は然るべき責任をきちんととるべきだと思うんだ」

「律儀ですねぇ……」


界人はこの日、既に覚悟を決めていた。

折角石川から金をとり返すことが出来て、仮にではあるが仕事も半分決まっているところではあるが、まず一人目である千夏、その両親への挨拶をしなければ、と思い立っていた。

自分がやってしまったことはもう引き返すことも元に戻すこともできないが、それならばせめて形だけでもきちんとするのが男の務め、というやや古い考えの元、界人は千夏の両親との会合を申し出る。


「ええっと……それは別に、私個人としては構わないんですけど……昨日の今日だし、お父さん何て言うかな……」

「いや、もうこの際だからもう殴られても蹴られても仕方ないだろ。それだけのことをしたんだから。そしてその後彩ちゃんやまどかちゃんの両親にも……」

「いや、うちはいいよ……元々放任だし、とっとと男作れなんて言ってたくらいなんだから」

「うちも別に問題ないですね。それに私個人としては別に嫌な経験ではなかったですし、寧ろ定期的に致してくれるんであれば、逆にこっちからお願いしたいくらいなので」


千夏だけは親の対応を心配していたが、彩とまどかに関しては寧ろややノリノリな感じで、界人としては肩透かしを食った気分になる。

こうなってくると界人としては、千夏の両親への対応のみが心配の種ではあるが、母親とは元々面識がある。

というよりも元々は母親が客で、千夏が付き添いだったのだ。


そこでたまたま鉢合わせて千夏が一目惚れした、というのが正しい。

そして千夏としては、昨夜のことに関しては千夏自身もずっと待ち焦がれていたことでもあって、漸くその念願が叶ったというものでもある。

責任を感じてくれているというのは嬉しくないわけでもないが、こんな風に重く受け止められるのは心外だった。


「まぁ、そのことはとにかく……まずは顔洗ってきませんか?何ならシャワーでも」

「ともかくって……」

「私、確かにそう言う風に真面目に真剣に考えてくれてることは嬉しいですけど……重く受け止められるとちょっと、恐縮しちゃいますから」

「…………」

「千夏本人がそれでいいって言ってるんだから別によくね?私だって昨日結構盛り上がっちゃったし」

「そうですね、中村さんってインドアなのに割とタフだってこともわかりましたし。私としては怪我が治ったら、って期待値の方が高いんですよ?」


彩とまどかのフォローが口だけでないのは聞いていて何となくわかるが、それはこの先もまたああいうことがある、と言う暗示でもあるということを界人は予感する。


「大体一回やったらもうさ、十回でも百回でも変わらないって。心配しないでも警察なんか行かないし、誰にも言ったりしないよ?」

「そんなことになったらもう、中村さんに抱いてもらえなくなっちゃうじゃないですか。それにしてもゆかりさん、毎晩あんないいことしてたのかぁ……これはこれから私たちにも挽回してもらわないと」

「…………」


彼女たちの言っていることが本音なのであれば、界人は特に何も気にすることはない。

しかし、千夏に関してだけは別だ。

母親だけとは言っても親との面識があって、今日ここに泊まっているということも知っているはずだ。


となれば、やはり邂逅は免れない。


「二人の言い分はわかった。千夏ちゃんは?僕は千夏ちゃんのお母さんとも面識がある。このままってわけにはいかないと思うんだけど、どうだろう」

「……仕方ないですね。まぁ、そういう真面目なところも、私は好きになったんですから。一応お父さんは止めるつもりでいますけど、覚悟だけはしておいてくださいね?」


ひとまず界人は一人シャワーを浴びて、昨夜の痕跡を洗い流す。

世間からしたら贅沢者め、なんて言われそうなことではあるが、このままでいるというのはさすがに界人としては看過できなかった。


「ねぇ、私たちもシャワー借りていい?」


界人がシャワーから出て、頭を拭いていると彩から声がかかる。

もちろん使って構わない、と伝えて彩がバスルームに消えていくと、残された三人は微妙な雰囲気になった。


「そういえば聞いたことなかったけど……まどかちゃんのご両親って健在なのか?」

「もちろん、二人とも元気ですよ。ただ私は一人っ子ですけどね。親に、こうなるかもってことは伝えてあって、そしたら父はほー、女にしてもらってこいよ、なんて乗り気でしたけど」

「…………」


――放任っていうか何て言うか……僕みたいなおっさんとこうなっても平気なのか……?


「うち、兄弟多いですから。もうとっくに成人してるのもいるし、一番下は中学生ですからね。割とそういうの大らかなんです」

「なるほど……」

「私はもしかしたら妹に根掘り葉掘り聞かれるかも……全部言っちゃっていいですか?」

「いや、それはやめとこう?そもそも人に話す様なことじゃないだろ?」

「まぁ、中村さんがちょっとだけ特殊な性癖持ってるっていうのはネタになりそうですけど、中村さんの名誉の為ですもんね、黙っておきます」

「そ、そう……ありがとう」


――当たり前だと思っていたのに、あれは特殊だったのか……ゆかりのせいだ。どうしてくれるんだあいつ……!

この日女子高生三人はご機嫌で明日また来ると言い残して午前中に帰って行った。

女子だけで話したいこともあるから、とのことだった。


「なら僕はたまには部屋の掃除でもしておくか……」


そう思い立って掃除機を取り出すも、千夏やまどかがほとんど毎日の様にきて掃除をしてくれているおかげで汚れはほとんどない。

あるとしたら布団の汚れくらいなもので、見ているとおかしな気分になってしまいそうなことから界人は黙って布団からシーツを剥がして洗濯機に放り込んで、洗濯機を回すことにした。


「何て言うか現実とは思えない様な出来事だな……」


思い出して悶々としてしまいそうな気持ちを必死で押し殺して、界人は昼食の支度にとりかかる。

考えてみたら一人で食事をとるのは久しぶりな気がした。

そんな時、携帯にメッセージが入っているのを確認する。


「……?」


差出人は理恵で、内容は世間話的なものだった。


『今何してるの?』

『いや、暇だったんで掃除とか』


ありのまま返すが、もちろん昨夜のことには触れない。

何処から情報が洩れて身に危険が迫るかわからない。

それも昨日今日会ったばかりの相手に話す様なことでもないと判断して、界人は無難に返事をしておくことにした。


『そうなんだ?私も今日休みで暇なんだけど、遊びに行ってもいい?』


理恵から送られてきたメッセージに、界人の心臓が飛び跳ねる。

――いやまさかな……とは言っても昨日の今日で……。いや、ありえないだろ。どうせ仕事のことでも説明したいんだろうし……いやそれならメッセージで良くないか?

しばし考えて、界人は結局了承してしまった。


「……何ももてなせる物がないな。茶くらいは買っておくべきか」


そう考えて界人は杖を突いて近所のスーパーまで出向くことにする。

洗濯機が止まるまではまだ三十分近くあることだし、いくらけが人であっても三十分あれば買い物して戻るくらいは大丈夫だと判断した。

しかし界人はこの時、まだ気づいていなかった。


出向いた先のスーパーで思いもよらない相手に遭遇してしまうことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正しい後悔の仕方 スカーレット @scarlet1003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ