第23話 決戦の夜

「なぁ、本当に泊まるのか?」

「は?ここまできて何言ってんの?許可も取れてるんだから、どうしようもないでしょ」


まとまったお金も手に入ったことだし、ということで日頃世話になっているみんなへの恩返しという名目で集まった焼き肉屋。

決してお高く品質の良い肉が食べられる様な高級店ではないが、界人からしたら奮発も奮発。

人数から言って、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟だった。


千夏に彩、まどかにゆかり、そして由衣。

元々みんなそこまで食べないことは知っているが、由衣だけはしばらく会っていなかったこともあって、成長していることを考えると未知数だ。

――それなりに財布には入れてあるから、多分大丈夫だと思うけど……。足りなかったらゆかりに頭下げる方向で行くしかないかもしれない。


「お姉ちゃんたち、パパの家にお泊まりするの?いいなぁ、私もお泊まりしたい。ダメ?」

「由衣、ダメよ。今日はお姉ちゃんたち、大事な話があるんだから」

「…………」


――絶対話だけで済まない流れだろ。ドン引きさせて遠ざける為に、エロ動画見るから、なんて言ったけどまさか逆効果だったなんて、誰が想像できるんだよ……。


「そうなんだぁ。でも、お姉ちゃんたち十八歳未満だよね?こういうの、淫行って言うんでしょ?私知ってるよ」

「ゆ……い……そんな言葉、何処で覚えてきた……?」

「私が教えたに決まってるじゃない」


そう言ってニヤニヤと界人や女子高生組を見つめるゆかり。

その視線を受けて女子高生の千夏、まどかは顔を伏せるが、彩だけはニヤリと笑み返す。

――力づくで追い返すって手段もなくはないけど……そうなるともう、どんな報復が待っているか想像もできない。本当にこの子らを泊めるしかないのか……。


考えられるだけのことは考えて、想像できるだけの対策も考えてはみたものの、全くもって良案は浮かんでこない。

このままでは本格的な性犯罪者になってしまう、と思うもここまできたらどうにでもなれ、という気持ちもないではなかった。

――ていうか……ベッドシングルだし三人以上寝るとか無理ゲーじゃないか?どうするつもりでいるんだろ。


先ほどまであれほどどうしよう、とか考えていたにも関わらず、既に寝る時のことに思考が切り替わってしまっていることに、界人は気づいていない。


「由衣、沢山食べなさいね。パパがこんなにご馳走してくれるなんて、一生に何回あるかわからないから」

「おい……失礼だな、本当。一応次の仕事の目途は立ってるんだぞ。そしたら月一くらいでならこういう店にだって……」

「え?そうなんですか?どんな仕事なんです?」


界人の仕事が決まっていると聞いた一同は、その思いもよらない発言に湧きたった。

正直どんな仕事か、という話には至っておらず、界人の足が治る頃にまたその話はする、と理恵からは言われている。

そしてそのことを伝えると、由衣までもががっかりした顔をした。


「それ、本当に大丈夫なの?あの石川の従妹ってだけで何だか怪しさしかないんだけど」

「いや、石川は石川だから。そして赤崎さんは赤崎さん。家行ったときに車椅子まで出してくれようとした、いい人だったぞ」

「ていうか普通の家に車椅子なんて常備してるもんですかね?昔使わざるを得なかったことがあったとか?」

「……そういやそういう話は聞いてないな」


初対面でもあったことから、あまり立ち入ったことを聞くのも失礼かと思ったのと、実際に金が戻ってきたことに頭が舞い上がったこともあって、界人は自発的にそういう事情を聞くことはしなかった。

もっとも話した限りではそれなりに一般的な常識を持ち合わせた人間に見えたし、界人としては特に警戒する様なこともないだろうと、楽天的に考えてしまっているのだが一同はそうは考えていない様だった。


「内臓売られたりとかしない?」

「彩……レバー食べてるときにそういうのはちょっとやめない?」

「臓器売買ねぇ……完全に闇のお仕事って感じね。界人も裏社会の住人になっちゃうのか」

「おいやめてくれ。そういう雰囲気じゃなかったぞ。というか内容聞いてない僕も悪いけど、不安がないわけじゃないんだから、そういうこと言うのはやめてくれ、本当に」

「まぁ、まだ足治るまでに三か月近くあるんですし……その間にもっと近場で見つかるかもしれませんよね。その赤崎さんの仕事に限定して考える必要はないんじゃないですか?」


若いのに、しっかりした考えを持っている。

まどかは比較的まともな意見をくれて、界人としてはこの子が癒しだ、なんて考えていた。


「そういえば中村さんと石川さんって昔仲良かったんですよね?恋愛関係に発展したりしなかったんですか?」


癒しだなんて考えたことを、秒で後悔することになるなんて、界人は思っていなかった。

――こんないい子が、まさかの腐女子……。やっぱり人間って見た目じゃわからないものなんだな……。よりによって食事中にそんな話題出すなよ……。


「……あいつと仲良かったころは、まだゆかりと夫婦だったから。それだと偽装結婚みたいじゃないか」

「いやー、だから離婚したのかな、って。あんたみたいなクソの匂いがする男はごめんよ!みたいな」

「……あのねぇ、食事中だし小学生もいるのよ?一番大人しそうでいい子そうなのに、まさか一番下品な子だったなんて……」


ゆかりがげんなりしているが、由衣はそういう話がおかしい年ごろなのか、ゲラゲラ笑っている。

そんな由衣を見て、界人としては複雑な心境だった。

――ここは怒るべきところじゃなかろうか。いや、しかし由衣は楽しそうだしな……空気悪くしても……それに事実上僕の娘じゃないわけだし。いや、別に悪いのは由衣じゃないか。だと怒る対象はまどかちゃん……何となく怒りにくい……。


「あれ、千夏まどかが腐ってるってこと、中村さんに言ってなかったの?」

「……どうやって説明するの……。そのうちバレるだろうと思って放置してたんだけど、まさかこんなところで自らバラすなんて、誰が想像するの」

「界人の周りはバラエティ豊かでいいわね。その調子なら、楽しめるんじゃないの?もう覚悟決めなさいよ」

「お姉ちゃんたちといるの、パパ楽しそうだもんね」

「…………」


――他人事だと思って……!大体、あんたは私のもの、とか言って散々あんなことしたくせに、どういうことだよ全く……。

しかしゆかりが言った通り、途中から自分でも調子に乗ってしまったという事実がある手前強いことは言えない。

そもそも由衣もいることだし、さすがにそういう話そのものがご法度だ。


一通り歓談に花が咲いて、大人数での食事は大いに盛り上がった。



「さて、ご馳走様でした。人数多いと、食事って楽しいわね。由衣、ちゃんとご馳走様は?」

「パパ、ご馳走様でした」

「あ、ああ……お粗末様でした」

「本当に粗末だったよなぁ……もうちょい柔らかい肉食えるかと思ったのに」

「ちょっと彩!!」

「まぁ私もその辺は同意だけど、今の界人じゃこのくらいが限界でしょ。残りは体でお支払いしてもらいなさいよ」

「…………」


――何でこう煽る様なことばっか言うんだよこいつ……。そんなに僕を性犯罪の道にいざないたいのか。

店を出ていきなりこの後のことを考えないといけない現状。

界人は早くも逃げ出したいと思っていた。


「お姉ちゃんたち、パパをよろしくね。由衣も夜更かししてみたかったけど、我慢する」

「…………」


小学生の、それも実の娘から高校生の女の子に父を任されるという情けなさ。

由衣の言葉を受けて、界人は改めて自分の甘さを思い知った。


「じゃあ界人、しっかりね。千夏ちゃんたち、こいつのことよろしく」

「はーい、また!」


彩が応えて、ゆかりと由衣はそれぞれ車に乗り込んでいった。

時刻は夜の八時半。

女子高生三人組は期待の眼差しで界人を見ていた。


「そんな顔で見られても、僕はあくまで一般的な男でしかないんだが」

「そうかなぁ?成り行きとは言ってもゆかりさん含めて四人も女囲ってるんだったら、それはもう一般的とは言い難いんじゃない?」

「…………」

「まぁ、それはいいとして自分で自分を悪く言うのは良くないと思います。私たちに対して失礼です」


――別にお願いした覚えはないんだけどな……。

そう言ってしまえたらどんなに楽か、と思う界人だったがさすがに年頃の娘に言う言葉ではないと自制した。


「わかった、悪かったよ。僕が間違ってた。それより本当に泊まるつもりでいるんだったら、必要なものとかあるんじゃないのか?買って帰るなら付き合うけど」

「それはゴム製品的な?中村さん男なんだから用意してよ」

「そっちじゃない!……歯ブラシとか。まさか一日くらい歯磨きしなくても大丈夫、なんて思ってないだろうな。そんな不潔な子はさすがに嫌だぞ」

「ああ、それなら持ってきてますけど……シャンプーとかはお借りしてもいいですか?」

「別に構わないけど……」


界人の家までの道すがら他愛もない会話に花が咲く。

この雰囲気なら、今からでも遅くないから帰れ、とか言ってもいいんじゃないかと界人は考えた。


「……今から帰れなんて言ったら、私たちその足で警察とか行っちゃうかもね」

「…………」

「中村さん、いい加減覚悟決めましょうよ」


――簡単に言ってくれるなよ。これからしようとしていることは、誰がどう見たって……どんな言い訳をしたところで、法律上性犯罪であることに違いはないんだぞ……。


「まだウダウダ考えてるんだ?まぁ中村さんらしいとは思うけど」

「大事にされてるってことだと思うよ。そうでしょ、中村さん」

「……言ってろ。それより僕は買いたいものがあるから、やっぱりコンビニ寄りたいんだけどいいかな」


界人の言葉に反対する者もおらず、三人は夜のコンビニに立ち寄ってから界人の家へ帰って行く。


そしてその晩……三人の少女が、その純潔を散らした。

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