第22話 石川に紹介された女
「どなた?」
赤崎と表札のある家から出てきたのは、どう見てもまだ二十代の女だった。
これだけ大きな家に住んでいるのだから、てっきりそれなりの年齢の人間が出てくるものと思っていた界人は、すっかりと驚いてしまい、言葉を失う。
「あー、もしかして悠一の知り合いって人?中村さんだっけ」
悠一と言うのは石川のファーストネームだ。
そして自分の名が出てきたことで、界人は少し警戒を緩める。
「ええ、中村界人です。石川とは友人でしたが」
「そう、話は聞いてるけど、その足大丈夫?車椅子用意する?」
界人が松葉杖をついているのを見て、理恵は心配になったのかとんでもないものを用意しようとする。
いくら大きめの家とは言っても、そんなものが一般家庭にあることが驚きだ。
「あ、いえ……歩く分には特に問題ありませんから」
「そう、まぁ暑いし中入っていきなよ。心配しなくても私一人で暮らしてるし、監禁したりしないから」
そう言って理恵は玄関でスリッパを取り出す。
――石川の知り合いだとは言っても、知らない人の家にいきなり上がり込むなんて、いいんだろうか……というか車で待たせてるゆかりたちに何言われるか……。
そうは思っても界人は基本的に断るのが苦手で、流されるままリビングに通された。
外観からのイメージと、中のイメージはそう違うものでもなく、見たこともない置物なんかが飾ってある。
元々金持ちなのかな、などと考えてしまう。
「悠一のやつ、酷いことしたんだって?あ、私はあいつの従妹なの」
「従妹……」
「そう。元カノかなんかだと思った?いくら私が最近男日照りでも、あんなの相手にしないわ」
理恵はそう言いながらタバコを取り出して、火をつけた。
「あ、ごめんね。タバコ大丈夫?」
「ああ、僕も吸う人間なので……」
「なら良かった」
「あの、随分お若いみたいですけど、ここに一人で?」
「うん、二年くらい前からかな。家族で住んでたんだけど、みんな事故で死んじゃって」
「……何か悪いことを聞いてしまったみたいで、すみません」
「いいって、もう結構経ってるし、元々そんなに仲良かったわけじゃないから。それに、多額の保険金に財産も残してくれたから、私としては生活に困ることもないしね」
「…………」
――生活に困ってた話も多分石川から聞いてるだろうに、割と遠慮のない人だな。
理恵の目には悪意は見えず、それどころか石川の騙しに少々憤りを感じている様ですらあった。
「あ、そうそうそれでこれがあのアホから渡す様言われたお金ね」
理恵が自分のカバンから封筒を取り出して、界人に渡す。
ずしっと重みを感じる封筒を受け取って、界人はどうしたものかと逡巡していた。
「中身、一応確認してね。きっちり入ってるはずだけど」
「…………」
言われるがままに中身を取り出し、一枚ずつ数えていく。
ぴったり二百万、入っている様だった。
「ちなみにこのお金って……」
「悠一からちょっと前に預かったお金で買った銘柄が大当たりしてね。あいつ、自分で私に買わせたくせに忘れてたみたいよ。こんなことなら黙っておけばよかった、って思う」
「あはは……銘柄ってことは株か何かですかね。やっぱり難しいものなんですか?」
「それなりの元手と流れを予想する力は必要だけど、運も重要かな。中村さんはちょっと運の部分で恵まれてなさそうだから、あんまりおすすめしないけど」
「…………」
――ズバズバ切ってくるな、この人……まぁ事実だし否定する気はないけど。
「それより、仕事って今どうしてるの?次は宛て、あるの?」
タバコの火を灰皿で押しつぶしながら、理恵が尋ねてくる。
何故そんなことを、と思ったが世間話くらいなら付き合ってやるか、と界人も答えることにした。
「いや、今は足がこの通りなので……かと言って治ったからと言ってもすぐ見つかる保証はないんですが」
「そうなんだ?じゃあ私の世話係でもしない?給料弾むけど」
「え?」
「私、これでも一応会社経営してるんだ。そこそこ軌道に乗ってきてるんだけど、秘書とかほしくてさ」
「ひ、秘書って」
突拍子もない話に界人はまたも言葉を失う。
考えてもみなかったことだ。
理恵はそこそこに見た目も綺麗にしているらしく、スタイルも悪くない。
今聞いた話を総合すると、所謂若手の女社長というやつだ。
「あ、年下の社長にこき使われるのが嫌だとか、そんなこと考えてる?」
「あ、いえ……大体年齢知りませんし」
「こう見えて私、もう三十になるの。思ったより若くなくて残念?」
理恵の言葉に界人は今日何度目かの驚愕を覚える。
どう見ても三十には見えないが、今の世の中見た目で年齢はわからないことも多い。
かく言う界人だって、見た目で言えば二十代とか言われることがまだあるのだから。
「いや、残念とかそういうのは……」
「まぁ、即答してほしいなんて思ってないからいいんだけどね。元々秘書とか雇う気なかったんだけど、なんか中村さん可愛いから、見てて雇いたくなっちゃった」
「…………」
ちょっと前にも女子高生にそんな評価をされた界人としては、かなり複雑ではある。
だが、仕事がちゃんとあるということならやってみたい、という気持ちもあった。
「えっと……ここってちょっとうちからだと遠いんですけど、足治ってからとか都合のいいのはダメですかね?」
「その足って、いつ治るの?」
「全治三か月って言われてますね。疲労骨折ってやつみたいで」
「へぇ……そんなの本当になる人いるんだね……私の知り合いでは聞いたことないや」
「でしょうね……僕も知り合いでかかった人はいないですし」
話してみると、案外理恵が接しやすい女であることは界人にもわかった。
マイナスな印象を持たれるかもしれないと思っていた界人からしたら、正直おかしな気分だがそれでも悪い気はしない。
「まぁ、怪我は仕方ないよね。連絡先、教えてもらっていい?大して忙しくもないから、たまに暇つぶしに付き合ってほしいんだけど」
「ああ、それくらいならお安い御用で」
「あと、怪我は待ってあげるから。やりたい様なら、言ってくれたらちゃんと内容説明するね」
車に戻ると、少し待たせてしまっていたからかむくれ顔でゆかりたちは界人を車内に招き入れた。
一応それを見越して、近所のコンビニで飲み物とスイーツを買って戻ったのだが、それでもあまり効果はなかった様に見える。
「で、お金戻ってきたの?女の人だったみたいだけど、まさか変なことしてたんじゃないでしょうね」
「んなわけないだろ……そんな風に見えるのか?で、金は戻ってきた」
「まぁ……一応こうして謝意を示してはくれてますから」
「あら、良かったじゃない。明日辺り役所行かないといけないわね」
車内でスイーツという変な構図ではあるが、千夏もまどかもゆかりも一気に平らげてご満悦の様だ。
「先に銀行寄ってもらってもいいかな。現金手元に置いておくのが怖いから」
「もちろんそのつもりよ。あんた、本当に運がないからね」
「あと……時間の都合がつく様なら、だけど日ごろのお礼に夕飯は外食でもと思うんだけど、どうかな」
「またそんな無駄遣いを……って言いたいところだけど、私はご相伴に与ろうかしら。一回由衣を迎えに行かないといけないけど」
「でも、彩が何か作って待ってるとか言ってませんでした?」
「あっ……そうか、先に連絡入れないと。まだ間に合うかな」
「ちょっと電話してみますね」
銀行に向かいながら千夏が彩に連絡を入れ、寸でのところで間に合った様であることが確認される。
無事銀行で預け入れができた界人は、最低限を財布に入れて残りを銀行に入れた。
これでしばらくは生活に困ることはないが、先ほどゆかりが言った通り、役所への申告が必要になる。
「私の作った夕飯、そんなに不安だったの?」
一旦部屋に戻ると、今度は彩がむくれていた。
もちろんそうじゃないことは説明したが、彩は納得していない様だ。
スイーツ作戦は決行したものの、彩に一瞬でスイーツを平らげられてしまい、今度またご馳走になるから、と宥めるも一筋縄では行かない。
「じゃ、じゃあえっと……彩ちゃんが食べたいもの、食べに行こう。こんな風にお世話になった人たちが集まる機会なんてそうそうないからさ、明日にでも彩ちゃんのご飯は食べさせてもらえたら嬉しいんだけど」
「本当に?そう思ってる?」
「も、もちろんだよ。嘘ついてる様に見える?」
「目が濁ってるからよくわかんない」
「…………」
――何気に失礼だよなぁ……本当のことでも、僕だって傷つくことくらいあるんだぞ……。
「私、由衣を迎えに行ってくるわ。またすぐ戻ると思うけど」
彩と界人のやりとりを見かねたのか、ゆかりはそのまま界人の家を出る。
ゆかりが出たのを見計らってか、彩は界人に詰め寄った。
「もう一個条件飲んでくれたら、許してあげる」
「え、条件?」
戸惑う界人に、彩はカバンを開けて中身を見せる。
「これ、何だと思う?」
「……おい、まさか」
「今日はお泊り、させてくれるよね?」
「ちょ、彩……ず、ずるい!私も泊まりたいのに……」
「彩、攻めるなぁ……」
「だ、ダメに決まってんだろ!……何考えてんの。親御さんに何て言うつもりなんだよ」
「え、もう男の家に泊まってくるって言ってあるけど?泊めてくれないなら私、そこら辺で泊めてくれる男の人探すけど」
「……その言い方は卑怯だと思うんだが……」
「中村さん……私も……」
段々と収拾のつかない展開になってきて、これがゆかりの入れ知恵なのであることを界人は確信した。
――さっき刑務所で言ってたことと関連ありそうだな……赤崎さんの家に言ってる間に何か吹き込んだんだろうな、余計なことを……。
「とりあえず、お泊りだけは勘弁してもらえませんかね……」
「何で?エロ動画でも見る予定あるの?」
「そうなんだよ、最近ご無沙汰だからさ」
「昨夜ゆかりさんとエッチなことしてたって証言があるんですけど、しかも本人から」
「…………」
言い逃れできない状況に自ら突っ込んでいった界人。
夕飯も波乱の予感しかしない、という今から憂鬱な気分を、理恵の紹介してくれた仕事に思いをはせることで紛らわせていた。
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