アルカディア王国

第32話 いざ、アルカディア王国!

 それから時間は一瞬の如く過ぎて行き、気付けば渡航するその日となっていた。


 現在俺は、キラ、ニャーちゃん、朝倉姉妹、そしてアリスと共に何故かプライベートジェットというものに乗り、ここ数日の疲れを解消させるべく眠ろうとしているのだが――


「なあ、眠れないのだが……」


 右に座るニャーちゃんには右腕に抱き付かれて暑苦しい思いをし、左に座るキラにはそれに対する嫉妬から頻りに、というか常に左肘を抓られていた。とは言え、肘の皮というのは基本的にはめっちゃ伸びるもの。なので痛みは殆ど感じないわけだが、それでも触れられている感触はあるわけで、正直こそばゆいし、そもそも鬱陶しいのでなかなか眠れない。


 それ故に先程から何度も二人に止めろと言っているのだが、どちらも一向に現在の行動を止めてくれない。何ともまあ、迷惑極まりない二人である。


「ニャーちゃんはマスコット。だからご主人様にご奉仕するのは当然の事。故にこうして抱き付くのも当然の事なのニャ!」


 ――マスコットというのは世間様に癒しを与えるもの。だがお前が俺に与えているのはその真逆とも言えるストレスという害厄だ。それは分かってい……ないんだろうなぁ、コイツ。いや、まあ、普段の俺なら癒されると思う。それは否めない。でもこの状況でこれをされるのはちょっと……と、言いたい所だがニャーちゃんのこの無邪気な笑顔を見ているとさすがに言えないな、うん。となれば……


「キラ、いくらお兄ちゃんの事が好きだからと言っても、この嫉妬の表現はちょっと鬱陶しいかなぁー、とお兄ちゃんは思うな?思うな?」

「はあ?あたしがあんたを?馬鹿じゃないの?殺されたい?」


 どれだけ俺が好きだとしても対面だけは必ず気にするキラの事だ。本当はニャーちゃんに対抗して抱き付きたいのだろうが、朝倉姉妹がいるからそれが出来ず、でもこちらの気は引きたいから取り敢えず俺が騒がないであろう肘を抓っているのだと思われる。しかし、そろそろ限界なのかもしれない。貧乏揺すりが始まっている。


 ――ここはキラの体面を守る為にも我慢してやるしかないかな。


「紫乃!あんた負けてるわよ!ここは一思いにキス!キスしなさい!」


 ――で、碧乃は碧乃で火に油を注ごうとしているし。紫乃の事を思って言っているのだろうが、それだけは本当に止めて欲しい。てか――


「本っ当に寝かせてくれぇー!!」








 それから俺の故郷であるアルカディア王国に到着したのはおよそ四時間半程後の事だった。


 まず、空港を降りると荷物を取る。それから尿意を催したのでトイレを探す。で、一分ほど歩いてやっと見付ける事が出来ると、駆け込むようにそこへ入る。が、すぐに後戻りする。それはトイレに入ってもニャーちゃんが俺の後ろをぴったり付いて来ていたからだ。


「おい、どうしてお前まで一緒に入ろうとするんだ?」

「ニャーちゃんはご主人様のボディーガードだニャ!それはトイレに入る時も同じ。だからだニャ!それに幸いながらニャーちゃんの体は幼児と言っても良い程幼いニャ!」

「ほう、つまり一緒に入っても怪しまれたりはしないという事か?」

「はい!」


 ニャーちゃんは、それはもう満面の笑みで答える。まるで名案を思い付き、それを察して自ら行動できた自分を褒めて欲しいとでも言いたげである。


「ニャーちゃん、アウトー!」

「ニャんですとぅ!?」

「そもそも俺が恥ずかしいの!だから君はここでステイ!お座りはしないで良いので待っていなさい!分かりましたね?」

「うぅ~、それは承服しかねるのニャ……」


 寧ろ不服だと言うかのように唇を尖らせるニャーちゃん。そんな彼女の頭頂部に軽いチョップを食らわせて――


「分・か・り・ま・し・た・ね?」


 と再度忠告する。するとニャーちゃんは仕方なげに「……分かりましたニャ」と答えて入口の壁に背を付け視線を斜め下へと落とした。


 それを確認して俺はやっとの事、トイレに入り小便器の前に立つ。直後、背後に小さな人の気配がしたので『マジかコイツ』と思いながら溜め息を吐く。


「ニャーちゃん?」


 怒りではなく呆れから少しだけ語気を荒げながら振り返る。が、そこにいたのはニャーちゃんではなかった。いたのはニャーちゃんと同じ身長と性別ではあるが、全くの別人。しかもその右手にはリボルバー拳銃が装備されていて、既に引き金に指を掛けていた。


「……だ、誰か――」

「動くな。声を出すのも禁止だ。もしいずれかの行動を取ったら即座に引き金を引く。分かったら小さく頷け」

「…………」


 少し考えた後、言われた通り、小さく頷いて答える。


「お前、名前は?」

「……み、宮平龍」

「そうか、じゃあ帰国して早速で悪いが死んでもらうぞ」


 女の子は引き金を引く指に力を入れた。どんどん沈んでゆく引き金。そしてもういつ発砲があってもおかしくないという所まで沈んだ所で――


「なっ!?お前は――あぐぅっ……」


 急にそんな驚愕のような声を出したかと思ったらそのまま倒れて気絶した。


 ――何だ?一体何が起きた?


 そう思いながら恐る恐る振り返ると、そこには少しだけ息を切らしたニャーちゃんの姿があった。


「ニャーちゃん……ありがとう、助かっ――」

「それどころじゃないのニャ!今すぐここから逃げるのニャ!」


 なるべく声は小さく。でも焦っているのか語気は粗めに言うと、ニャーちゃんは近くにあった小窓を開けた。そして俺の背中を押す。


「早くするニャ!」

「えっ、ちょっ!てかここから外に出るのか?」

「ご主人様は死にたいのかニャ!?そうじゃないのなら早くするニャ!」

「ま、待ってくれ!急にどうしたって言うんだよ?訳ぐらいは話してくれても――」


 説明を求めようとしたら突然トイレに黒スーツの大柄な男性が二人入ってきた。その手にはいずれも拳銃が握られている。


「ご主人様!すぐに追いかけるニャ!だから早く逃げるのニャ!」

「あー、もう!分かったよ!」


 男達がこちらへ銃口を向けた。直後、発砲されると思ったら何故か男性の悲鳴が聞こえる。何事かと振り返って確認すると、ニャーちゃんが男の一人の股間を蹴り上げている所だった。


「うひぇ~……痛そう……」 


 そう思いながらやっとの事で外へ出る。


「ニャーちゃん、出たぞ!お前も早く来い!」

「分かりました……ニャ!!」


 もう一人の股間も蹴り上げるとニャーちゃんは脱兎の如く勢いで小窓から外へ出た。そして勢いそのままで俺をお姫様抱っこしながら空港の人混みを縫うように駆け回る。


「しまった!ニャーちゃん、このままじゃキラ達とはぐれてしまう!」

「それについては問題無いのニャ!」

「何でだよ?」

「信用できるお方にお願いしたのニャ!だから今はとにかく……」


 背後から発砲音が聞こえ始めたかと思った直後、無数の銃弾が襲い掛かって来た。


「逃げて逃げて逃げるのニャー!!」

「ですよねぇー!!」


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オレ、マジ天使たちを篭絡しないといけないらしい スーザン @Su-zan

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